第38話 時間の違和感

「おい、大丈夫か?」


 アイザックの声に、宰吾は我に返る。


「あ、ああ……ただ、厄介なことになって……」


 どう言おうか。自分が不死身の能力者であることをアイザックに伝えたとして、彼に疑われてしまうのではないか、と思案する。

 気づけば、周りが騒がしくなってきた。『不死身の殺人鬼』の手配書を読んだ群衆の騒ぎが本格的になったのか、人々は興奮し始めたようだ。


「おい! 金貨一〇〇枚だってよ! やべえって!」


「探しに行くぞ! これで俺も金持ちに……!」


「ねぇ! 一緒に協力しない? 賞金は山分けで」


 欲に眩む声が至るところから上がってくる。群衆の数はみるみる増え、身動きが取りづらくなってきた。こんなところで怪我でも負ったら大変なことになる。

 そう思った宰吾は、目に入った路地に向かって歩き出した。


「アイザック、とりあえず静かな場所に行こう! 話はそれからだ!」


 なんとかその声はアイザックに届いたようで、二人は人混みを縫い歩き始める。

 そのときだった。


「なぁこれ、言葉が通じないってあるけど、もしかして例の異世界から来た異世界人なんじゃないか?」


 誰かの疑問符が、一瞬の静寂の狭間に響いたのを宰吾は聞いた。その言葉は連鎖を始め、次々と伝言ゲームになっていく。


「手配犯は異世界人なのか!」


「異世界人が人を殺したの?」


「ほら、だから言ったろ? “神”の言う通り、戦争するべきなんだって」


「異世界人って野蛮なんだ。見つけたら殺した方がいいんじゃないか?」


「こっちの世界にこっそり入ってきてるってことは、異世界人は戦争スパイだ。見つけたら殺すべきだ」


「異世界人は殺せ」


「異世界人は殺せ!」


「異世界人は殺せ!!」


 街中がそういった論調に変わるまで、それほど時間は要さなかった。こういう論調に変わったということは、『不死身』という部分を本当に信じている人は少ないのかもしれない。それでも、不死身の能力は隠すべきではあるだろうが。

 人のごった返す大通りは避け、路地裏を歩く二人。街中が騒がしく、まるでお祭り状態だった。


「サイゴ。お前じゃ、ねぇんだよな? 言葉も通じてるし」


 宰吾のことを異世界人だと知っているアイザックは、それでもついてきてくれた。

 ……もしかしたら、彼には不死身の能力のことを話しても……? と思ったが、宰吾は言葉を飲み込んだ。


「ああ、誓って俺は誰も殺してない。……言葉については、ルーナって魔法使いが翻訳魔法をかけてくれたんだ」


「ルーナ?」


 アイザックがその名前に反応を示す。


「知ってるのか?」


 アイザックは頷き、腕を組んで思い出しながら話す。


「ルーナって、大魔法使いコスモ・クラークの一番弟子、ルーナ・ハワードのことだろ?」


「そういえば、そんな風に名乗ってたような?」


 おいおいおいおい、と声を荒げながら、アイザックは宰吾の手を引き、街の大通りの方へと向かった。手配書を片手に走り回る人々でごった返すそこは、どうやら城門前の広場のようだった。

 そこには立派な噴水があり、中央に石像がある。五人の人物が誇らしげに佇むその石像は、まるで英雄のようだった。そして、一番端にいるのが――。


「ルーナ……?」


 宰吾が地下の禁書庫で出会った、小さな魔法使いの女の子の姿が、精巧に形作られていた。


「ああ、十年前、魔王討伐の勇者一行と一緒に、当時魔王の支配下にあったこの国を救った嬢ちゃんだ。当時十八歳っていう若さで、既に師匠のコスモを超えちまってたって噂だったらしいが……」


 アイザックの表情が曇る。そして、ゆっくりと口を開いた。


「……そのとき、ルーナは命を落としちまったんだとよ。せっかく国を救った英雄になって、勇者一行と一緒に行ければ世界を救った名誉だって得られたのにな」


「そんなにすごい人だったのか……あの子」


「ああ。その後、勇者一行はルーナの遺志を胸に、五年前ついに魔王討伐に成功して無事英雄になったって話だ」


 ……いや、待て。何かおかしい。

 彼女が禁書庫に閉じ込められたのって、二〇〇年以上前のことなんじゃなかったか? たしか、年齢が二五八歳って……。


「アイザック、ルーナは十年前にいなくなったのか?」


「え、ああ。十年前に死んだって聞いたが」


 じゃあ、別人なのか……? いや、本人の名前や肩書、それに師匠の名前までまったく同じなんてことが果たしてあり得るのだろうか。


「本当に、間違いないんだな?」


 宰吾は念を入れて聞く。


「だから言ってんだろ! 師匠本人に確認したんだから間違いねぇって!」


 困惑しながらもはっきりと、アイザックはそう言った。

 師匠本人、と。


「それって、コスモ・クラークのことか!?」


「そうだよ! 今はこの近くで魔導書専門店をやってる――」


 もしかしたら、そのコスモ・クラークに会えばルーナを救い出す方法が分かるかもしれない。

 自分のの中に、希望のようなものが生まれるのを宰吾は感じた。

 ルーナを、救い出すことができるかもしれない。


「今すぐその、コスモ・クラークに会わせてくれ」


 宰吾はアイザックの両肩に手を置き、彼の目を真っ直ぐ見てそう言ったのだった。

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