第39話 大魔法使いコスモ・クラーク

 ルーナは、十年前に死んだことになっている。しかし、実際は地下の禁書庫で監禁されているのだ。しかも、そこで彼女は恐らく二四〇年ほど過ごしている。

 明らかにおかしい。

 時間が歪む、という現象がこの魔法の存在するオルトレアドではあり得ることなのだろうか。アイザックに聞いてみても、魔法のことはそこまで詳しいわけではないようで、やはりコスモ・クラークを訪ねるほかないようだった。

 大魔法使い、なんて肩書の人間だ。何か情報を持っていてもおかしくない。

 宰吾はアイザックの後ろを歩きながら、ぐるぐる考えていた。


「なぁサイゴ、ルーナに会ったってマジのマジなのか? 魔法でも死者は甦らんぜ? 起きるとすれば、それはもう“奇跡”だろ」


「……そうなのか」


「もしかしてサイゴの世界では普通に死者が甦るのか!?」


「んなわけあるか! 甦らない」


 少なくとも、アイザックの知る限りでは自分と同じ不死身の人間は存在しないんだな、と改めて思った。

 そんな会話をして、しばらくすると薄暗い路地裏に見るからに異質な扉が見えた。普通の住宅とか商店とは思えない、異世界人の宰吾でさえ違和感を覚えるそれは、不気味な雰囲気を放っている。看板さえ出ていない。


「おっさん、いる?」


 扉を開けて中を覗き込みながら、アイザックは声を張って言った。


「アイザック君か。まぁ入りたまえよ」


 奥から聞こえてきた声を合図に、二人は中へ入る。薄暗い店内は、少し前まで宰吾が彷徨った地下に比べればマシなものの、陰鬱な気持ちになるようだった。


「おや、今日はお連れ様も一緒かな?」


 男は長身で細身の六十歳くらいの男だった。白髪混じりの髪は綺麗に整えられており、服装も清潔で礼儀正しい感じである。


「おう、こいつぁサイゴ。さっき知り合ったばかりだが、多分悪い奴じゃあねぇ」


「ほぉ、アイザック君にそう言わせるとはね。サイゴ君……。私はコスモ・クラーク。この魔導書専門店を営んでいる。よろしくね」


 コスモに差し出された右手を握る宰吾。


「よ、よろしくお願いします」


 まさかとは思ったが、この男がコスモ・クラークなのか、と宰吾は少し驚いた。


「大魔法使いなんて言うので、もっと長老みたいな人なのかと思ってました」


 なかなか握手をほどかないコスモに、宰吾は少し焦る。

 この世界の文化では握手は長いものなのか?


「大魔法使いなんてとんでもない。ただの魔法オタクってやつさ。ただ、年齢としては長老で合っているよ。魔法薬で少しばかり寿命を伸ばしているからね」


 ふふ、と微笑みコスモは右手の握力をぐっと強めた。そういえば、ルーナが魔法薬で寿命を伸ばす人もいるとか言っていたような。


「おい、いつまで手握ってんだよ変態」


 アイザックの言葉に、コスモは純粋に驚いて「失敬」と手を解いた。ただの変人かもしれない。というか、実際に近づいてみるとかなり背が高いな、と宰吾は思った。一九〇センチはありそうである。


「……それで、何か私に用事があるのかな? ただの買い物ってわけでもないんだろう?」


 コスモは振り返り、二人を店の奥に案内しながら言った。

 店主の雰囲気に圧倒されて気づかなかったが、店内も癖が強い。壁一面に本や巻物のようなものがぎっしり並べられており、壁や天井にはよく分からない装飾品が所狭しと飾られている。店奥のカウンターの後ろには、壺やガラスが並べられており、中には様々な動植物が生きていない状態で入れられていた。それら全てに一貫性はなく、雑多としている。

 店の一角にある椅子に案内された二人の目の前に、紅茶のようなものが運ばれてきた。


「アルラウネのハーブティーだよ。珍しいだろう?」


 アルラウネ……?

 首を傾げる宰吾に、アイザックが顔を青くしながら言う。


「植物系の人形魔物……趣味が悪いぜまったく……人に近い形の魔物を口に入れようなんて奴、コスモ以外に見たことねぇ」


 人形……。

 宰吾は想像するだけで背中に冷たいものが走るのを感じた。

 それって……じゃあこれ体液ってことじゃないのか……?


「さぁ、召し上がれ?」


 コスモのにこやかな表情に、宰吾は動揺する。


「えと……その……」


「アルラウネの葉はなかなか手に入らない貴重なものなんだ。せっかく淹れたんだけどな」


 飲まなければならない圧を感じる。アイザックは……まったく口を付けずに平然としていた。慣れてるな、と思った。


「アイザック君はこの通り飲んでくれないし、ほら!」


 ……これは、今後のことも考えて、飲むしか……。

 ええい! こちとら不死身の体じゃ!

 と、宰吾は腹をくくりぐいっとアルラウネのハーブティーを口に含んだ。


「うわ!? 飲みやがった!?」


 アイザックの顔が歪む。


「どうだい!? どうだい!?」


 なんだ、この味……?

 舌が痺れるような……。これ飲んで大丈夫なやつか……? 苦いし酸っぱいし甘いし辛い……。


「……お、おいしい……です……」


 それを聞いたコスモは表情を曇らせた。

 何かマズいことを言ってしまったのだろうか。


「そうか、失敗だな。実はそれ、麻痺効果のある薬の試作品だったんだけど、ダメみたいだね」


「えっ」


 なんと、実験台にさせられていたのか……。初対面の人間になんてことを……。


「大丈夫大丈夫、命に関わるようなものではないから。でもおかしいな。完璧な調合のはずだったんだけど」


 手を顎にあて、首を傾げるコスモ。

 これは、不死身だから効かなかったのかもしれませんと伝えるべきか――?


「あ、えっと……俺――」


「なぁおいおっさん。誰彼構わず実験台にするの、やめた方がいいぜ?」


 アイザックの大きい声に宰吾の声は掻き消されてしまった。


「てか、さっさと本題に入るぜ。いいだろ、サイゴ」


 アイザックの真剣な声に、宰吾は頷いた。場の空気が、一気に重たくなるのを感じた。


「のっぴきならない話のようだね。聞こうじゃないか」


 コスモも椅子に座り、右ひじをついてにこりと笑った。

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