第40話 言うべきか否か

 大魔法使いコスモ・クラークは、ゆっくりと目を閉じ、そして開いて、宰吾が口を開くのを待っていた。

 宰吾はというと、何をどこから話そうかと口をもごもごさせ、そしてアイザックに視線を配る。それに気づいたアイザックは、はぁと溜息をつき、そしてコスモに向かってはっきりとこう言った。


「サイゴは異世界人なんだ」


 背筋が凍る。

 最初からそんなカミングアウトして大丈夫なのか……!? と宰吾アイザックに耳打ちした。


「後々まで隠してる方が印象悪いだろ、こういうのは」


 それを聞いて、まだ自分が不死身であることを隠している宰吾は苦笑いを浮かべるしかなかった。


「異世界人……」


 一段と低い声で唸ったコスモは、鋭い眼光で宰吾を見つめる。その視線に耐え切れず、宰吾は思わず目を逸らしてしまった。

 嫌な沈黙が店内に充満する。その空気は、宰吾の呼吸を邪魔するようで、生きた心地がしなかった。


「……手配書の件は知っているよ。私ほどの魔法使いになると、家を出なくとも街中の情報くらいは集まってくる」


 やはり、知っているか。

 宰吾は自分の背中にびっしょりと汗をかいているのを感じた。


「それによると、手配犯は言葉が通じないとあるみたいだね。少なくとも、今のキミとはこうしてお話ができている。だから、今ここでキミを殺したりすることはないよ。安心したまえ」


 ……少しだけ、肩の力が抜けた。応なしに瞬殺されるのも仕方ないと思っていたので、想像していたよりは話の分かる人なのかもしれないと宰吾は安心する。

 殺されても生き返るが、それはそれでことをややこしくするだろう。手配書の最も目につく特徴と完全に一致することになってしまう。


「ただし。その手配犯――不死身の殺人鬼と通じている可能性も捨てきれない。したがって――話だけは聞いてやろう、といったところかな」


 心臓の鼓動が再び早くなるのを感じた。

 もちろん、殺人に加担した覚えなど一切ない。だが、信じたくないがもし、その手配犯がリジェだったとしたら、グルだと疑われるのも無理はないだろう。

 宰吾は軽く息を吐いて、気持ちを整え、そしてコスモを見て口を開いた。


「あなたの一番弟子、ルーナ・ハワードは生きてます」


 ……怪しい言い方だったろうか。この言い方で取り合ってもらえるだろうか。

 思わず脳内で反省会が始まってしまったが、それも束の間だった。

 ――なんだその表情は。

 コスモはここにきて始めて、動揺したように見えた。今まで分厚い仮面を付けているかのように見透かせない心の奥が、ちらりと覗き見えたような、一瞬だった。

 だが、すぐに表情が戻り、取り繕うという風でもなくただただ返答する。


「まさか。彼女は十年前に亡くなったよ。この大魔法使いコスモ・クラークでさえも、死者を甦らせるだなんて不可能なんだ。あり得ない」


 肩をすくめ、顔に笑みを張り付けるコスモ。

 まぁ、無理もない。大切に育ててきた一番弟子が亡くなって、きっとやっとの思いでそれを受け入れることができたであろうところに、こんな話を持ってきたのだ。

 だが、ここで引き下がるわけにもいかない。


「いえ、生きてるんです。俺はこの目で見ました。あの、城の地下で、会ったんです」


「旧魔王軍の廃城だ。よく冒険者が金稼ぎに出入りする」


 アイザックが補足説明を入れる。


「あそこの地下は、水路と禁書庫しかないはずだよ。もう何十年も立ち入りが禁じられている」


「その禁書庫に、ルーナは閉じ込められているんです!」


 宰吾は力いっぱいに言った。

 そして、異世界人の自分がこっちの言葉を話せる理由や、ルーナが二百年以上も囚われていると話していたことを説明する。


「……仮にだ。それが本当だったとして、どうしてサイゴくんはそこから出てこられた? 禁書庫は檻のような形ではないだろうから、魔法をかけてもらうには分厚い扉を開けてキミも中に入ったはずだろう?」


「……それはッ」


 ……言うのか? 不死身だからと。

 ここで言っても、大丈夫だろうか。殺人鬼と判断され、信用を失う可能性も大いにある。だが、ルーナを助けるために……。


「………………俺が、ふ」


「クラークさん」


 宰吾の言葉を遮ったその言葉は、たった今店に入ってきた二人組の兵士のものだった。


「……おや、騎士団の方がこの私に何の用かな?」


 コスモは入口の方へ歩いていき、二人の兵士の目の前に立って、自分より十数センチも低い彼らを見下ろす。


「市民から、怪しい二人組がこちらの店に入っていくのを見たとの通報を受けまして参りました」


「ああ、そうか。そういうことなら思う存分、見て回るといい。丁度そこに二人組の客人もいることだし」


 コスモは先程までの威圧感を消し去り、簡単に兵士たちを中に招き入れた。


「おいおい! なんだってんだよ! 俺らのどこが怪しいって?」


 アイザックが声を荒げ抗議をするも、兵士たちは構わず二人の前に立ちはだかる。

 まぁ、黒ずくめの剣士とボロボロの服の男は、怪しいだろ。と宰吾は心の中で呟いた。


「不死身の殺人鬼を捜索中でして、お二人にひとつ確認を取らせていただけませんか?」


「確認~?」


 アイザックが訝しげに二人を見る。


「不死身の殺人鬼は、傷を受けると魔法を使う間もなくみるみる再生するそうなのです。ですので、こちらの短剣でお二人の体に少しばかり切り傷をつけて確認させていただけませんか? もちろん、傷の処置はこちらでいたしますので」


 宰吾の背中に、生温い嫌な汗が伝う。言葉が出ない宰吾の横で、アイザックは余裕の表情を浮かべていた。


「なんだ、そんなことか、いいぜ?」


 ……はじめから、アイザックに不死身のことを伝えておけばよかった、と宰吾は強く後悔した。

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