第41話 暴かれる
スーパーヒーローの能力は、基本的に制御が難しい。特に、意識することのできないような生理現象に近いことほど。例えば、訓練を積んだシェパでさえ、嗅覚を普通の人間レベルに抑えることは不可能だ。普通の人間が、臭いの嗅ぎ方を制御できないように。
つまり、傷を治すなどという到底、意識でどうにもならない再生能力など、制御できっこないのだ。宰吾の体は傷を受けようものなら有無も言わさずみるみるうちに傷口は再生する。
したがって、この状況は非常にマズい。
コスモ・クラークの魔導書専門店にて、宰吾の再生能力を知るは宰吾自身のみ。そして、それに近い能力を持ったリジェが、指名手配中。どちらも異世界人。
「では、手をこちらに」
兵士二人の片方が、短剣を持って近づいてい来る。もう片方は、小さな杖を構えている。
アイザックは腕まくりをして余裕の表情で手を差し出した。宰吾もゆっくりと手を出す。
「おっと、私も手を差し出したほうがいいかな?」
コスモが宰吾たちの背中を眺めながら、気づいたように提案する。飄々としたその言い方は、本気で言っているのか、場を和ませようとしているのか、まったく解せない。
「結構です、クラークさん。今回の件であなたを疑う人など誰一人としていませんから」
かしこまった表情で、杖の兵士が答えた。
「そうか。残念だ」
何が残念なのだ、とその場の全員がひっそりと頭の中で突っ込んだだろう、と宰吾は思った。ほんの少しだけ、緊張が解れる。本当に微々たるものではあったが。
「さて、ではそちらの黒いキミから」
短剣の兵士がアイザックの左手を掴んだ。
「少し痛みますが、再生しないことが確認できたらすぐに彼が回復魔法をかけますので」
杖の兵士が軽く頷く。
「私の店に血痕なんて残さないでくれよ?」
再びコスモが口を挟む。
雑多とした店内だが、衛生観念はしっかりしているようだ。
「では、始めます」
そこから、流れるように事が進んだ短剣の兵士の「三、二、一」という合図で、アイザックの手の甲に赤い筋が刻まれ、血が滲む。
そのまま何秒経ったか、血が床に落ちないよう、白い布で傷口を抑えながら、兵士たちは傷口を見守った。
もう十分ではないか、と誰もが思ったのと同時に、短剣の兵士が「よし」と声を上げる。
「痛えから早くしてくれ」
アイザックが言い終わるのと同時に、杖の兵士が回復魔法を唱えた。
「麗しき自然の女神よ。我が杖に癒しの源を宿し給え。
杖が蒼く光り、アイザックの手の甲も共鳴するように蒼く輝く。みるみるうちに赤い筋は閉じ、滲む血も浄化されるように消え失せる。
手を離されたアイザックは、傷口だった部分を右手で軽くさすった。
「問題ありませんでした。次、隣のキミ。いいですか?」
間髪入れず、兵士たちは宰吾の方に向く。まあ、それはそうだろう。これが彼らの仕事だ。宰吾の左手が、短剣の兵士に掴まれる。
アイザックは治った左手を多少気にしながらも、こちらの様子を見ている。
どうするべきか。
この状況をどう打破するか、決して頭脳派とは言えない脳で、宰吾は必死に考えた。古いビデオの巻き戻しのように、これまでの出来事が脳裏に駆け巡る。
その中で引っかかった記憶があった。ルーナの話をしたときのコスモの表情。――あれは、何かあるような気がする。
「コスモさん!」
咄嗟に、声を上げた。
コスモが軽く首を傾げ、こちらを見据える。
一か八か。何かあるのだとしたら、大魔法使い様が、自分を助けてくれるかもしれない。一縷の望みをかけて、宰吾は言った。
「ルーナは、コスモさんの秘密を知っていると言っていました」
コスモの眉が、ピクリと動く。
同時に、鋭く光る短剣が、宰吾の手の甲に当てられる。
アイザックにも、何か言っておきたい。
「アイザック。出会って数時間しか経ってないけど、お前を信じる」
アイザックの余裕だった表情が、曇った。一日、一緒に行動して、ここまで神妙な顔を見たのは初めてな気がする。
ナイフが、宰吾の皮膚を切り裂いた。
赤い筋、広がる赤。
そして、短剣の切っ先がなぞったのと同じ線を辿って、まるでファスナーを閉じるように、皮膚が閉じていく。血が、体内に戻っていく。皮膚が、何事もなかったかのように、そこにある。
先程の沈黙よりも、より長く、深く感じたその数秒は、瞬く間に破られた。
「おッお前! 不死身の殺人鬼だな……ッ!?」
杖の兵士が、即座に呪文を唱えると、瞬く間に宰吾の両腕に手枷がはめられた。無理やり束ねられた腕から、鈍い音が鳴る。
宰吾はアイザックの目を見た。深い理由はない。ただ、気になってしまった。どんな反応をするのか。
見開いたアイザックのその目の奥は、様々な思考が渦巻いているように見えた。上着に隠れた腰元の剣に手が添えられている。
「サイゴ……お前……」
アイザックが呟くのと同時に、コスモが一歩前へ出る。
その姿は、不穏で、不快で、潔く、凛々しい。
「アイザック」
その言葉は、他のどんな言葉よりも意味が込められているように響いた。そして、たった五文字の名を呼ぶ声に込められた意味は、アイザックに着実に、伝わったようだ。これも、大魔法使いコスモ・クラークの魔法なのであろうか。
刹那。
宰吾は気づくと自分の肘から先が無くなっていた。
短剣の兵士が、宰吾の拘束された肘から先を掴んだまま、後ろにバランスを崩している。
アイザックの剣が、目の前に振り下ろされている。
噴き出す血の向こうに、覚悟を決めた男の顔が垣間見えた。
「分かった、信じてやる」
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