第42話 床を汚した罪
宰吾の両腕は、即座に再生を始めた。血が止まり、断面はかさぶたのような皮膚で覆われる。その様子を、コスモは物珍しそうな目で見つめる。
お陰で、コスモ・クラーク魔導書専門店は血飛沫にまみれることなく済んだ。
「店が汚れてしまった」
コスモにそう呟かせる程度の出血量であった。大きく太い、足の悪い老人が持つタイプの杖を手に取ったコスモは、宰吾の肘から先を抱えて尻餅をついている兵士を、触れることなく持ち上げた。杖を動かすのと同じように、兵士も動く。
「その肉片、私に貰えないだろうか?」
もう一人の兵士に杖を向けられていること、そしてその兵士に剣を向けているアイザックのことなどお構いなしに、コスモは短剣の兵士に尋ねる。
得も言われぬ威圧感と、その場の緊張感から、彼は思わず自分の両手から宰吾の両手を滑り落とした。
「ありがとう」
腕を拾い上げ、近くにあった古めかしい壺に入れたコスモは、宰吾を庇うように立ち位置を取る。アイザックもゆっくりと二人の元へ近づき、店内で完全に三対二の構図が出来上がった。一人の兵士は、浮き上がったままで。
「さて。何をしているんだい?」
咳払いをひとつして、コスモはまるで道を尋ねるように二人の兵士に問う。
「……手配犯と思しき人物を発見したので、捕らえなければなりません」
地に足のついた兵士が、地に足のついた答えを言った。コスモは不服そうに首を横に振って返す。
「そういうことを聞いてるんじゃない。なぜまだ私の店にいるんだ。出ていってくれ。と言ってるんだ」
二人の兵士は、当惑して互いの顔を見る。
刹那。
地に足のついた兵士も、浮かされた兵士と同じく宙に浮きあがり、小さく悲鳴を上げた。
「君たちはつい先ほどから、歓迎されない客になった。金輪際、この店の敷居を跨ぐことは許さない。理由は、そうだな。――床を汚したからだ」
コスモの朗々とした声が響く。
「い、いえ、床を汚したのは彼ら――」
言い終わる前に、浮いた二人は勢いよく後方へ吹き飛んでいき、扉を自らの体で突き破って店から姿を消した。店の外から、魔法による浮力のなくなった二人の落下する音と悲鳴が聞こえた。
「……さて、邪魔者は消え失せた。二人とも、すまないね。腰掛けてくれたまえ」
言いながら、倒れた椅子が二脚、魔法で起き上がらせるコスモ。ついでに、店の片隅の雑巾が、まるで意思を持ったかのように床の血痕を掃除し始める。
「あ、ありがとうございます」
宰吾は、やっと出た声で、色んな意味での感謝を伝えた。
「危なかったぜ畜生……。サイゴ、腕、悪かった」
徐々に再生し、手首まである宰吾の腕を見て、アイザックはぶっきらぼうに謝った。そして、今度はコスモに文句を垂れる。
「つーかコスモ。なんだったんださっきの! お前に名前を呼ばれた途端、一瞬で一時間分の説教を聞いた気分になったぜ。お陰で、明らかに不死身で怪しいこの男を信じるって決心しちまった」
「ただの魔法さ。気にしないことだよ」
涼しい顔のコスモに、アイザックは何か言いたげだったが、無意味だと悟って口をつぐんだ。
「そんなことより、私はサイゴくんに驚いているんだ」
急に二段階くらい声のトーンを上げ、両手を合わせたコスモは興味津々といった瞳で、宰吾の親指まで再生した腕を見た。
まぁ、元来この世界に不死身の人間などいないだろうし、物珍しいと思うのも無理はない。特に、コスモのような人物には。と宰吾は思ったが、それは少し違った。
「さっきの膨大なマナは一体なんだったんだい?」
「……え?」
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