第31話 宰吾の中の正義感
「不死身? 何言ってんの……?」
ルーナの声色は、先ほどまでの茶化す感じと相違なかったが、表情は全く違った。口角は上がっているが笑えていない。目の奥に渦巻く不安が隠しきれていない。
それを見て、宰吾は気づいた。
この子は、出られないのだ。
これからずっと。そして、これまでもずっと――。
「ご、ごめ――」
「謝らないでよ。本当に出られるかなんて分からないし」
震える声。
考えれば分かることだった。
ルーナの年齢。二五八歳。きっと彼女は、二〇〇年以上もの間、この書庫に監禁され続けているのだろう。反応を見るに、きっと宰吾が唯一か久しぶりかに入ってきた人物。
きっと心底嬉しかったのではないだろうか。安心したのではないだろうか。
宰吾は想像する。
二〇〇年を超える孤独。
延々生きるか、いっそ死ぬかを考え続ける毎日。
そして、やっと現れた人物が……自分がずっと出られなかったこの部屋から、いとも簡単に出られるという現実。
「………………すぐ出ていくつもり?」
ソファの上で膝を抱えてルーナは問うた。表情は見えない。
目の前の女の子と、美蕾を重ねる。
「急ぐ理由が――…………ある」
ルーナの膝を抱える腕が、ぎゅっと締まった。
そして絞り出すように、続ける。
「聞いてもいい?」
話すべきか否か。
作戦内容を打ち明ける相手は慎重に見極めるべきだろう。だが……。
何か月もベッドで眠り、周りから置いて行かれていた美蕾の姿と、二〇〇年以上監禁され、人との繋がりを絶たれていたルーナを、再び重ねる。
ここで話さないのは、不誠実だ。
「俺の任務は――」
宰吾は、“神”が話したこと、ロキが話したこと、神殺し作戦と自分の任務について包み隠さず話した。
「……本当に……?」
「本当だ」
目を丸くして、ルーナはソファから立ち上がった。
「かつての魔王軍なんて可愛く思えるわね……」
魔王軍……? やはりこういう世界にはそういう勢力があったりするのだろうか。
いや、今は余計なことを考えている場合じゃない。
「そう、だから俺は最強のチームを作るために急がないと、いけない」
「そっか。それなら、仕方ないわね……」
下唇を噛み、ルーナは俯く。
小さな小さなその体は、まるで捨てられた子猫のようで宰吾は思わず口にしそうになる。
この子を、助けてあげたい。助けてやる。
……いや、そんな時間があるだろうか。今にも戦争は始まるだろう。急いで作戦を進めなければ。
「なあ、ルーナ」
この場を去って、この世界の最強の戦士を――。
「俺と一緒に行かないか?」
彼女のことは、見捨てて――……? 俺今なんて?
「キミは気高き大魔法使いの一番弟子なんだろ?」
違う、この子をここから救い出す術なんてないじゃないか。
「こんなすごいところに監禁されてるなんて、きっと誰かから恐れられるくらい強いからなんだろきっと。だったら、条件に当てはまる」
……これが、本心か。
宰吾は自分を制することなどできなかった。宰吾の中の正義感が、それを拒否した。本物のヒーローになる。家族を見捨てた奴らとは、違う。
「俺がどうにかしてキミを外に出してやる。ルーナ。もちろん、生きたまま」
ルーナの目が潤むのが見えた。ぽかんとした表情で、宰吾を見る。
「だから、キミの力を見込んで、仲間にならないか? 一緒に“神”を倒そう」
宰吾は右手をルーナに差し出す。
ルーナは、それを掴もうと、腕を上げた。
――が。
止まった。
「……? どうした?」
ルーナの右手はぶらりと下がった。下を向いたルーナの顔は、大きなとんがり帽子の鍔で見ることができない。
「………………ごめん、それは……無理」
二人の間に、沈黙が降りた。
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