第44話 秘密の部屋

 青い空に、赤い翼を羽ばたかせ悠々と飛ぶのは、紛れもないレッドドラゴンだった。宰吾を拘束し、高速飛行によって何度も絶命させた、ほとんどトラウマ的存在。


「勘弁してくれ……」


 何の恨みか知らないが、自分自身をそんな目に合わせた挙句、遥か上空から落下死させられたことを思い出し、宰吾は溜息を吐いた。


「あの竜野郎となんかあったのか?」


 アイザックが問うた。

 宰吾は、レッドドラゴンから受けた仕打ちをアイザックとコスモに話す。


「そりゃあ災難だったな、死ねねぇってのも難儀なもんだ」


 同情しているのかしてないのか分からない口調で、アイザックは腕組みをしながら言う。コスモというと、顎に手を当て何か考えているようだった。


「……あのドラゴンは十年ほど前から王都上空に度々飛来するようになったんだが、これまで人に危害を加えることはなかった。なのになぜ今になってサイゴくんにそんなことを……」


「十年前っていうと、勇者一行がオルトレアドを救った年だな。無関係でもなさそうじゃねぇか?」


「……そうだね、そうかもしれない」


 コスモは数秒、考え込むようにしてから、おもむろに店の中へと戻っていく。


「あの様子なら、レッドドラゴンは地上を脅かすことはないだろう」


 歩きながらコスモが指さした上空の赤いドラゴンは、何をするでもなく、規則的に飛び回っているだけだった。


「ひとまず、ここにいてはサイゴくんを捕えたい刺客がやってきて、話どころではないだろう。場所を変えようか」


 宰吾とアイザックも、コスモに続いて店へと入った。

 外の明るさから、店内の薄暗さに戻ると、一層店の異様さが際立つ。コスモは杖をひと振りして、宰吾の腕が入った古めかしい壺を手元へと引き寄せた。


「この壺は、入っているものをそのままの状態で維持させる魔法が施されているんだ。ゆえに、サイゴくんの両腕は、ここに入っている限り永遠に腐ることなく、私の実験に活用できる」


 恍惚とした表情を浮かべたコスモに、宰吾は苦笑いを浮かべるしかなかった。コスモはその趣味の悪い壺を大事そうに抱えながら、店の奥にある何もない壁へ向かう。


「俺の前でその腕出すなよ、気持ち悪ぃから」


 アイザックは悪態をつきながらコスモの後ろへついて行く。

 コスモと対面したその壁はよく見ると天井付近と床付近に文字列が書かれていた。コスモは右手に持つ大きな杖を蒼く光らせ、その文字列に近づける。


「略式魔法陣で閉じられた扉だ。私以上の魔力量を持った者しか開くことのできない、強力な扉だから、誰にも邪魔されないよ」


 コスモが言い終わるか終わらないかの瞬間、何もなかった壁からまさしく魔法のように扉が現れた。造りは一般的な扉ではあるが、デザインが独特である。地下で見たルーナを閉じ込めていた門にも通ずる雰囲気だな、と宰吾は思った。


「ちゃんと出られるんだろうな?」


 訝しげな目のアイザックに、「もちろん」とにこやかに返したコスモは、宰吾とアイザックを先に入るよう促した。続いて、自分も部屋に入ると、役目は終わったと言わんばかりに扉はその姿を消したのだった。

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