第51話 やる理由
部隊は前回、惨劇を生んだ森の手前へと到着した。
シェパがトーキョーに戻ってから、二日。まだ戦闘の爪痕が残っている。軍用車両の太い轍、銃撃に削れた木々。だが、それ以外に生物の気配は一切なかった。
『察知能力のあるヒーロー諸君は、周囲を警戒。逐一報告せよ』
左耳の小型イヤホンから、今回の指揮を執る隊長の野太い声が聞こえた。シェパは風上から何か臭いがないか探る。前回、判断を誤ってスライムの奇襲を許してしまったことを思い出し、注意深く鼻を利かせる。
「……この臭い」
「何か分かったのか?」
てんぷらがシェパの後方から声をかけた。立ち上がってみると、身長が高いのがよく分かる。一八〇センチは超えていそうだ。
「……はい。――隊長、前回“
報告書に記載してある内容だが、念のため伝える。同じく臭いによる察知能力を持つヒーローからも報告があがった。そして――。
『隊長。彼らが言う方角から……強い超エネ反応も確認できました』
超エネを察知する能力のヒーローもいるのか、とシェパは感心した。今回、およそ三〇人のヒーローを動員した作戦となっている。その全てを把握してはいない。
「……超エネ? なんで……? あれは私たちスーパーヒーローの能力元で、私たちの世界のものでしょ?」
てんぷらの後ろに隠れながら、レンは震えた声で言った。こちらは長身のてんぷらと比べるまでもなく、小さい。一四〇センチ台しかないのではないか。
「……分からない。考えられるのは、奴らの超能力のようなものを使う可能性があるってことだけだ」
そう、てんぷらの言う通りである。異世界のことなど、我々に予測できるはずがない。あらゆる可能性を考えて進むほかないのだ。
「なぜ、じゃなく、どう対処するかを考えましょう。少なくとも、超エネを察知する能力者に引っかかるんですから、ラッキーかと」
シェパは力強く言った。
「……頼りになるじゃねぇか。ワンちゃん」
「うるさいです。揚げ物って呼びますよ? ……僕には、やらなくちゃいけないことがあるんです。二度目の挑戦くらい、超えないと」
てんぷらの言葉を跳ねのけ、シェパは言い切った。それを聞いたてんぷらは溜息を吐き、口を開く。
「だから私情を持ち込むと――」
「いいんです」
シェパは言い切る。
ここに来る直前、シェパはアリーと会話をしていた。
トーキョー本部の廊下、いよいよ作戦開始という状況で、今回は本部に残るアリーがシェパに声を掛けたのだ。
「いい? シェパくん。周りのみんなはプロとして、軍人として出撃する。……戦争だからね」
俯きながら、シェパはそれを聞いた。
「分かってます……私情は持ち込まずに――むごぉ」
急に喋りにくくなったシェパは混乱して顔を上げる。アリーの右手がシェパの方をむぎゅっと潰していた。おちょぼ口の間抜け面を美人に見られて、シェパは赤くなる。
「あら、恥ずかしがらなくていいのに。可愛いよ、その顔も」
「うるさいです」
シェパはぴしゃりと言った。文字通りなんでも見透かされるのは、やはり慣れないものである。
「いい? 聞いて。軍人って人たちはね、どうせ『作戦に私情を持ち込むな~』とかこわ~い顔で言うだろうけど、実際は私情ばっかりの集まりだから」
アリーは訳知り顔で言う。
「家族、恋人、仲間、居場所。誰もが個人的に守りたいものを思いながら戦ってるものなの。故郷に残してきた大切な何かのために戦ってる。それが戦場での心の支え。みんながみんなそうだから、“私情”じゃなく“任務”になってるだけ。実際、国民の平和を守るのが任務だしね。でも――」
アリーがずいっとシェパに距離を詰め、指さす。
「シェパくん、キミが一番大事なものは、今向こう側にいる。それを取り戻そうとすることが、他の軍人たちと本質的に何が違うっていうんだろうね」
「アリーさん……」
「とにかく、私情だろうがなんだろうが、自分の中で大事なものを持って、それを支えに頑張る! それしかなんだからね? ……シェパくんには、リジェくんしかいないでしょ?」
後半、アリーは物凄く寂しそうな顔をしていた。
そうだ、この人には分かってしまうんだ。分かりたくなくても。人の考えが、過去が、――思いが。
「はい……! 頑張ります」
だから、シェパは今、目の前にいるてんぷらに言い放った。
「僕はそれでいいんです。私情でもなんでも。それがやる理由なので」
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