第52話 年齢の誤差
王都オルトレアド。
ぐっすり睡眠を取ることのできた宰吾とアイザックは、朝からルーナの幼馴染だというレイラの自宅へと向かった。
「ルーナちゃ――様は、紛れもない天才だったわ」
綺麗に着飾った育ちのよさそうなその女性は、はっきりとそう言った。
ルーナと幼馴染だというのに、彼女はルーナより一回り程度年上のように見えた。
丁寧に手入れされた庭は、コスモの店内と対極を成すようで、まるでお城の庭園を家庭用に凝縮したようだった。そんな背景にとてもよく似合う彼女――レイラは、とても庶民とは思えなかった。だが、これで庶民階級なんだという。庶民にもまた、細かいカーストがありそうだ。
「レイラさん。ルーナはどんな風に天才だったんですか?」
どんな風に、と問われ一瞬考え込んだレイラは、何かを思いついたかのように口を開く。
「ルーナちゃ――様は、たった七歳で無詠唱魔法の使い手だったの」
無詠唱魔法……?
宰吾とアイザックは顔を見合わせた。
「普通、魔法って呪文を詠唱して初めて発動するものでしょ?」
でしょ? と言われても、この世界に来て間もない宰吾にとって、それは常識でもなんでもない。
「だけどルーナちゃ――様は、呪文を口にすることなく、魔法を発動させることができた。これは歴史上、ルーナちゃ――様の師匠である大魔法使いコスモ・クラーク様以来のことよ」
以来って……コスモはまだ生きているし、変な物言いだな。
と、宰吾は思った。
「コスモ様が無詠唱魔法を確立させて早八〇年。一人だって扱えた者はいなかったんだから」
レイラの懐かしそうな表情の奥に、どこか自慢げな笑みが混じっている気がした。
というか、コスモって一体何歳なんだ……?
「コスモの野郎、相当若作りしてやがんな」
アイザックは軽く悪態をつき、腕を組んだ。
「……それで」
レイラの表情が凛とした雰囲気に戻る。
「お二方はどうして今更ルーナちゃ――様のことを聞きに来たのかしら?」
そういえば、ルーナについて教えてもらいたい理由までは話してなかったな、と宰吾思い至る。果たして、この人にルーナが生きていることを伝えてしまっていいものか。
「……もしかして」
その場の空気が一瞬にして詰まるのを感じた。
「……生きてるの? ルーナちゃ――様」
聞かれてしまった。なんて答えるべきなのだろうか。
と、逡巡する間がわざとらしかったのだろう、レイラの顔が期待に満ちる。
「やっぱり! 生きてるんでしょ! あのルーナちゃんが簡単に死ぬわけがないわ!」
子供のような笑顔でそう言うレイラに嘘を吐くのは忍びないと思った宰吾は、仕方なく肯定した。
「そうよね、そうよね! ルーナちゃん、どんな大人になってるのかしら……」
大人……?
「……あの、それが、ルーナは見るからに十代の見た目だったんです……本人は二五八歳だと言い張ってますが」
「そんなはずないわ。私は今二八歳で、ルーナちゃ――様と同い年だもの」
レイラは間違いない、といった表情で宰吾を見る。
「客観的に見りゃあ――」
宰吾とレイラのやり取りを傍から見ていたアイザックが、わざとらしい声で口を挟んだ。
「ルーナは何者かに封印され、魔法の結界内に取り残された。結界内では外見的加齢ってのはねえが、代わりに体感時間が異常に早えってことなんじゃねえのか?」
……なるほど。
それならば、今の状況に説明がつく。当事者でないところから見ると、違う発見があるものだ。
「……ふう、いん?」
レイラの声が三人の間に落ちる。
「……そうなんです。ルーナ、生きてはいるんですが、魔法で封印されていて……」
宰吾の説明に、レイラの表情が一気に緊張する。
「一体……誰に……?」
そういえば、誰に、というのは聞いていなかった。
「わ、分かりません。でも、助け出す術はあるかもしれない」
それを聞いて、レイラは何かを考え込むように俯いた。よく見えないが、宰吾にはその瞳に何か仄暗いものが映っているような気がしてならなかった。
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