第19話 ずぶ濡れの犬
「あの、リジェとシェパは……」
宰吾の声が洞穴内に響いた。
猪巻は目を伏せ、アリーは「あー……」と頭を掻く。
「ま、まさか……二人とも」
「ち、違うの! その、宰吾くんが囮になってくれてる間、私たちは何とか逃げ身を隠そうとしたんだけど、どういうわけかまたスライムが襲ってきて……それも数えきれない数の」
やっぱり、と宰吾は“死に際”に見た光景が見間違いじゃなかったと確信した。この森には、無数のスライムが生息しているようだ。
「それで、そのときにリジェくんが……スライムたちに奪われて、その……行方不明に……」
行方不明……こんな未知の森で……?
宰吾は右手で口元を覆い、息を吐いた。
「今、シェパはリジェを探しに出ている。止めたんだが、全く聞く耳を持たなくてな。……まぁもしかしたら、彼なら見つけられるかもしれないが」
猪巻は小石を弄びながら、いつもより一層低い声で言った。部下を一度に三人も失い、流石に堪えているようだった。
宰吾は二人の遺体の前に跪き、項垂れた。
「……すみません、俺のせいで」
力なく、つぶやく。
「違う。君のせいじゃない。ここにいる、誰の責任でもない。こんな未知の場所で、退位した装備も渡されずに来てしまったんだ。…………仕方が、ない。……いや、違うな。全ては現場の責任者である――私の責任だ」
これまで気丈に振舞っていた猪巻のその表情は、とても頼りないように見えた。いたたまれない空気に、たまらずアリーが口を開く。
「や、やめましょー! 猪巻隊長も、宰吾くんも! リジェくん強いし、きっと無事なはず……!」
その言葉がむしろ心に痛くて、宰吾と猪巻は黙りこくってしまった。
それから、少しの間誰も喋らず、ただ気持ちを整理する時間が流れた。途中、宰吾は鈴木の遺体を洞穴まで運んできて、横たわらせた。三人の遺体が並ぶ様は、イケブクロのことを思い出させる。父と母もこんな風に、大勢の遺体の中、並んで横たわらせていた。思わず、宰吾は動かなくなった彼らから目を逸らす。
「……あ、雨」
一時間ほど経過しただろうか。洞穴の外には雨が降り始め、その雨足は次第に強くなっていった。シェパはどこまで行ってしまったんだろう。
そう思ったときだった。
洞穴の入り口に人影が入り込んだ。
「……シェパ、濡れてる」
アリーが呟き、彼に駆け寄って自分の上着を羽織らせる。濡れた子犬のようなシェパは、小さくこくりと頷いて、乾いた上着の袖で顔を拭った。
「リジェは……見つかったか」
猪巻が、俯いたまま問う。
シェパはビクッとして、少しだけ間を置いてから、口を開いた。
「……雨で臭いが途切れたから、分からなくなりました。で、でも雨が上がったらまた探しに行きます! 遠くなければ臭いが風に乗ってきて分かるかも――」
「シェパ。何か痕跡とかが見つかったのか?」
明らかに焦っているシェパに、猪巻は言い方を変えて問うた。
「あ、えっと……有力な……ものは…………何も……」
シェパの答えは消え入りそうなくらい弱く、雨の音に掻き消されそうだった。
そして、シェパは手に持っている何かを両手に抱え、差し出した。
「ただ……これが見つかりました」
それは、リジェが普段から身に付けているゴーグルだった。特殊部隊が装着しているような迷彩柄のそれは、面の部分が割れて穴が開いてしまっている。
「……そうか」
猪巻は深く息を吐き、そして少し考え込んで、言った。
「…………トーキョー本部へ撤退しよう」
その言葉に、この場全員が息を吞んだ。
いや、頭にはずっとあった。装備もほとんど使い果たし、食糧も十分ではない。それに軽いものの全員何かしらの怪我を負っている。宰吾以外は。
撤退するほかないだろう。
だが。
だが、リジェを置いていくという選択が、果たしてできるのだろうか。特に、昔から一緒に戦ってきた彼――シェパに。
宰吾は、シェパの方を見た。
今にも泣き出しそうな彼はの手はふるふると震え、その手はやがて握り拳となった。
「……嫌です」
シェパの絞り出したような言葉が、洞穴に木霊した。
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