第18話 群れ

 十分距離は取っただろう。この辺で、スライムどもを迎え撃つ。やってやる。

 宰吾は倒木の陰に一度隠れ、深呼吸をした。再び拳銃と握る。遠くから悲鳴や銃声は聞こえない。きっと自分の言うとおりに行動してくれているのだろう、と宰吾は少しばかり安心した。代わりに、スライムたちがこちらへ這ってくる音が近い。


「よし、行くぞ……三、二、一ッ!」


 飛び出た宰吾は、威嚇射撃をしたあと、拳銃をしまい、叫びながらスライムたちに突撃した。瞬間、こちらに何かが飛んできたと思ったら、体のバランスが崩れた。鈍い痛みが右足から全身に走る。


「ッッ……!?」


 何が起きたと思い自分の右足を見た宰吾は、目を丸くした。そこにあるはずの右足が、なくなっていたのだ。厳密には膝から下が消え、血が溢れ出ている。再生を試みようと傷口がボコボコと動き出した。

 振り返ると、二メートルほど後ろに自分の右足が転がっているのが見えた。スライムの粘液にまみれ、肌色が失われていく。


「くそッ」


 早速機動力を失った宰吾に、スライムたちは次々と飛び掛かっていった。一匹目は頭に。呼吸ができなくなる。二匹目は左腕に。藻掻くことが難しくなる。三匹目は右腕に。反撃の術がなくなる。四匹目は右足の傷口に。回復が阻害される。五匹目は左足に。完全に自由を失う。六匹目は、七匹目は、八匹目は――。

 朦朧とした意識の中、宰吾は違和感に気づいた。

 最初は五匹しかいなかったはずのスライムが、増えている。エメラルドグリーンの半透明な視界に、スライムは数えきれないほどいた。さっきまでは追ってくる五匹を見て、囮になれたと思っていたが、もしかしたらそれは間違いだったかもしれない。

 まさかこの森には、リジェを一撃で戦闘不能にしたあのスライムが、無数に生息している――? だとしたら、かなりマズい……。はやく、み

 そこで、宰吾の意識は途切れた。


 何時間経っただろうか。分からない。

 宰吾の瞼が、ピクリと動いた。周囲にスライムの姿はなく、静けさに包まれている。

 目に日差しが入り、瞼を開いた宰吾はすぐに目を細める、ゆっくりと起き上がった。体は、再生している。恐らく二度か三度、バラバラにされたのだろう、という感覚が残っていた。

 日が昇っている。スライムに襲われたのは、夜中だったはずだから、最低でも七時間以上は時間が経っていそうだと宰吾は推測した。


「……ッ! みんなは……!」


 ボロボロになって乱れた服を雑に整え、立ち上がって、昨夜走ってきた道なき道を戻る。人の気配はない。歩いて、歩いて、歩いた。


「おーい! 猪巻隊長! アリーさん! シェパ! リジェ!」


 いくら叫んでも、返事はない。

 気づいたら、スライムから逃げて森へ入ってきたところに辿り着いていた。そのときだった。


「?」


 足に、何かが触れるのを感じ、宰吾は下を見る。


「ぅわ!?」


 血生臭さと共に視界に入ってきたそれは、人間だった。服装から察するに、自衛隊員。宰吾の心臓が、どくんと跳ね上がる。

 しゃがみ込み、恐る恐る死体の顔を確認すべく転がすと、その顔は見覚えのあるものだった。


「鈴木さん……」


 隊員の一人である鈴木だった。

 一瞬、宰吾の頭は真っ白になった。そして、徐々に頭の中に泥水が流れ込んでくるみたいに混乱し始める。

 宰吾は混濁とした脳内で、ひたすらに繰り返した。

 ああ、俺のせいでこの人は死んだんだ。俺が間違えたから。俺があのとき、走り出さなければ。なんで、こんなことに……。

 鳥のさえずりと虫のさざめきが、宰吾の耳をいたずらにくすぐった。酷く穏やかな森の中で、人が死んでいる。その状況を、宰吾はぼんやりと眺めるしかなかった。


「宰吾くん!」


 そのとき、どこからか聞き覚えのある声が聞こえて、宰吾は現実に引き戻された。アリーである。


「こっち! 早く!」


 アリーは宰吾の方へ駆け寄り、腕を引っ張った。されるがままに、宰吾はアリーに連れられる。


「……鈴木さん、やっぱり……。遺体は後で回収するから」


 ああ。目の前の現実から引き剥がしてくれて助かった――。

 宰吾はそう考えて、そして自分が嫌いになった。


「近くに洞穴があったから、みんな一旦身を隠してる」


 二人してその小さな洞穴に這入った。明るかった視界が急に暗くなり、宰吾は目が慣れるまで数秒、そこに何があるのか分からんなかった。

 目が慣れ、見えてきたのは、アリーと猪巻、そして横たわった二人の人間。顔には布が被さっている。


「そ、そんな――」


 宰吾は、その場に崩れ落ちた。

 鈴木だけでなく、他にも犠牲者が出ていただなんて……。

そして、宰吾はゆっくりと気づいた。その場に、リジェとシェパの姿がないことに。横たわる二人は自衛隊の服を着ている。ということは、加藤と佐伯で間違いない。

では、二人はどこへ――?

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