第13話 境目
アリーと宰吾は、山手線に乗っていた。
七月の十八時はまだ明るい。政府から緊急事態宣言が出され、電車内は家路に着く人々ですし詰め状態だった。
「アリーさん、大丈夫なんすか? こんな人混み」
「んー? 心配してくれてるの? 大丈夫、私の能力は対象を視界に入れたうえで、“個人”として認識して初めて発動するものだから。マンガとかでよくある人の声が無理やり流れ込んで云々ってことはないの」
「いや、そうじゃなくて」
宰吾の訂正にアリーは「ひどいにゃあ~」と嘆く。
「俺たち、これから国家機密レベルの任務なんすよね? こんな……普通に電車乗ってていいんすか……?」
アリーに聞こえるギリギリの小声で、宰吾は耳打ちした。瞬間、アリーの身体がわざとらしく震える。
「あぁんッ……耳弱いからやめてよ思春期男児」
周りの乗客がぎょっとした顔でアリーを見た。宰吾は鬼の形相でアリーに「やめるのはそっちだッ!」と小声で叱る。全く、本当にこの人が国防省のエージェントなのか? と心の中で愚痴った。
「質問の答えだけど、そこは大丈夫。むしろこうして人混みに紛れることで身を隠すことができるからね」
「身を隠すって……誰から?」
「そりゃあ、色々よ。戦争が長引いて喜ぶ奴らとか、本作戦に懐疑的な権力者とか、宰吾くんの役目を奪おうとする自意識過剰ヒーローなんてのもいるかもね。それに、異世界人が既に紛れていないとも限らない。今回はイレギュラー中のイレギュラーだから、必要以上に用心するの」
アリーは話しながら、宰吾の顔をまじまじと見つめる。その距離は徐々に近くなり、いよいよゼロ距離と言うところで不意に顔を逸らした。
「顔、真っ赤だよ? ちゅーされると思った?」
この人はいつでも人を弄ぶ真似を……ッ! と顔を真っ赤にして宰吾は憤ったが、この顔の火照りが怒り以外のものであることに気づいて、押し黙った。不死身なのに生殖本能がある矛盾に苛立つ。
「ま、まぁ分かりました。で、どこで降りるんすか? ……てかなんで電車動いてるんすか……発電所ってトーキョーの外じゃ」
「質問責めだねえ。まぁ、この“平面地球”の謎ってやつみたい。なぜかトーキョーが平常時と同じように維持できるだけのエネルギーとかは“神”の力とやらで賄われてるんだって。他の異世界も同じくね。ロキが言ってた」
ロキ……未だに胡散臭い男だとは思うが、この状況下で情報源が彼しかないから、ひとまず信じるほかない。らしい。
「とりあえず、トーキョーの北東の端、カツシカに向かってる。県境を抜けると、その先は一面草原が広がってるみたい」
宰吾とアリーは電車をいくつか乗り継ぎ、そして公共交通機関を使ってカツシカの県境にやってきた。時刻は十九時半を回り、辺りは既に暗い。
目の前の道路は、不自然に途切れ、その先は青々とした草原になっている。建造物も、電柱も看板も、全て県境の向こう側には存在しない。見渡す限り、草原。まるで浜辺から海岸線を眺めているようだった。まさしく、トーキョーだけが異空間にぽつんと浮かんでいる。
「そんな……」
話で聞いていたとはいえ、宰吾は言葉を失った。先程準備を整える際、ジャスティスがドラゴンのような生き物に焼かれる映像を見たものの、やはり心のどこかで疑っていた。が、それももうなくなりかけている。こんな、分かりやすく現実味のない光景を目の当たりにしては、完全に信じるしかない。
「やっば~……」
流石のアリーも腰に手を当て、天を仰ぐ。さっきまで散々叩いていた軽口も、この異様な絶景を前には出てこなかった。
「……さ、さて、ここからは一応、護衛部隊と合流なんだけど……」
やっと絞り出した声で、アリーは言った。
「そろそろ……あ、見えた」
草原の向こうから小さな光が向かってくる。周りに遮るものが全くないので、暗闇でもよくそれが分かった。
「一足先に辺りを探索してたみたい」
アリーは光に向かって手を振りながら言った。それは形が分かるくらいまで近づいてきて、二台の自衛隊用高機動車であることが分かった。
車から、六人の人物が降りてくる。四人は明らかに自衛隊員だが、残り二人はその個性的なスーツから、スーパーヒーローであることが分かった。宰吾は訝しげにその二人を見る。
「君が、イモータルくんだね」
隊長らしき人物が、宰吾の元へやってきて手を差し出した。自分より二回りほど大きな体を見上げ、宰吾はその手を握る。
「……不知宰吾です。不知で大丈夫ですので……」
「そうかそうか、失礼した、不知くん。私は
豪快に笑った猪巻は、しっかりとした発生で自己紹介をし、そして続けた。
「今回、特殊な作戦ということで、G.O.Tから二名のスーパーヒーローにも協力を依頼した。信頼できる二人だから安心してくれ」
二人のヒーローは猪巻に促され、数歩前に出た。
「はじめまして」
夜風が、宰吾の頬を撫ぜた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます