第26話 謎の文字列

 棺と人骨の山の上で、宰吾は考えた。

 ここに至った経緯。――想像に難くない。

 宰吾は足場の比較的安定した道筋を選びながら、その見るに堪えない地獄のような山を下る。

 まず、王都の上空でドラゴンから落とされる。王都のどこかしらに墜落する。もちろん死ぬ。再生が始まるより先に誰かに見つかる。死亡を確認される。息を吹き返すも、すでに棺桶の中。そして、先程の状況に至る。といったところだろうか。

 単純に考えればそう。

 だが、疑問が残る。どうして自分は、生きていることをアピールしたはずなのに、再び殺されてこんな穴の中に落とされたのだろうか。

 山のふもとまで下りた宰吾は、先程まで踏みしめていた棺と人骨たちを見上げた。


「この世界では、こんなに雑に人を弔うのか……?」


 そのときだった。

 棺と人骨の隙間から、何か音が聞こえた気がする。


「……なんだよ」


 こんな場所で、ホラー展開はやめてくれ……?

 と心の中で嘆き、宰吾は山から後ずさり距離を取った。自分の足音に混じって、その物音は増えていく。

 そして、いよいよこの空気感に耐え切れなくなった宰吾は、走ってこの場を去ってしまおうと考えて勢いよく後ろに振り向いた。


「うぉああああああ!?」


 振り向いた目と鼻の先、ほとんどゼロ距離にそれはいた。

 ぐちゃぐちゃに腐った顔面が、腐臭――。


「ゾ、ゾンビか!?」


 これは、マズい……!

 ファンタジーの世界でよく聞く話では、ゾンビに噛まれたらゾンビになるのではなかったか。……不死身の自分はどうなるんだ!?

 宰吾は噛まれるわけにはいかないと思い、必死に走った。能力を得てから恐らく初めて実質的な死の恐怖を感じているような気がする。

棺と人骨の山があった空間には、横穴――廊下のようなものが伸びており、宰吾はそこに逃げ込む。

こちらは井戸穴の光が届かない分より一層暗く、湿っぽかった。

 壁から滴る水で足場が悪く、走りづらい。

 神殺しジャイアントキリング作戦が始まってから走ってばかりだ。自分は走るか死ぬかしか能がないのではないかと思うくらいである。

 そんな風に自分の非力さを呪いながら走っているうちに、追ってくる足音はひとつふたつと減っていき、いよいよ全てのゾンビを撒いた。奴ら、足の速さはそこそこらしい。それでもゾンビ映画なんかでよく見るノロノロ歩きではなく、普通に走っていたけれど。

乱れる息を整えながらカビ臭い壁にもたれかかり、宰吾はその場に座り込む。

 そのとき、思ったよりざらついた壁に右腕を擦りつけ、大きな擦り傷ができてしまった。ほんの少しだけ、血が滲む。


「ん? なんだこれ」


 宰吾は自分の怪我よりも気になるものを見つけた。

 再生する右腕を、壁の一番下に添わせる。何やら記号の羅列のようなものが一列に並んでいる。


「……読めん」


 呟きながら、右手の指でその文字列をなぞる。

 そのときだった。

 宰吾の右腕とその周辺の空間が蒼い光を放ち、同時になぞった文字列も同じように煌々と光り出す。


「ぅわッ!?」


 宰吾は驚いて立ち上がり、二、三歩後ずさった。

 数秒間、腕と文字列は光り続けた。その間だけ、宰吾の再生能力は停止していることに気づき、宰吾は自分の能力が失われたのではないかと焦る。そして、光は消え、腕も再生して完全に治った。

 なんだったんだと息を吐く間もなく、光終わった直後、今度は文字列が書いていった壁が上に持ち上がった。

 ゴゴゴゴ……と鈍い音が響き、もう何年も開いていない重い門のような軋み音も混じって、耳が痛い。


「なんだなんだなんだ……!?」


 壁が完全に上がり切ると、そこにはさらに地下に続く階段が現れた。石でできた階段だが、異様に綺麗に切り出されている。


「――秘密の部屋、みたいな……?」


 口元に手を添え、本当にファンタジー世界に来たんだという実感を全身で味わいながら、宰吾は階段の下を覗く。だが、その先は真っ暗で何も見えない。進むべきか否か、迷う。

 ……が、その猶予もなくなったようだった。

 宰吾が走ってきた方向、そしてその反対方向からゾンビの鳴き声が響く。壁が上がる音に反応したのか、こちらに向かってきているようだ。

 もう、階段を下りるしか選択肢はない。


「こ、こういうのは奥に重要な何かがあるってのがファンタジーの定石だろッ!」


 半ばやぶれかぶれに宰吾は一歩を踏み出した。

 先が全く見えない階段を前に、まるで自分の先行き不安な未来を見ているような気分になった。が、進んでみないと何も始まらない。

 宰吾は一歩、また一歩と地下へ潜っていくのだった。

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