第24話 上位種

 いやいや待て。これじゃ今自分が空を飛んでいる理由が分からないじゃないか。

 宰吾はこうなる直前の記憶を思い出しても尚、現状の把握ができなかった。目の前には、朦朧とする頭でぼんやりと地上が見える。

 森、草原、荒野、山……豊かな土地だなあ、じゃない!

 まじでこれ、どうなってるんだ!?

 体は何故か自由が利かない。何か大きなものに体全体が包まれている感覚がする。

 何か大きな――生物?

 宰吾はそこでやっと、自分が生身ひとつで飛んでいるわけではない、という少し考えれば分かることに気が付いた。酸欠状態で物事を考えるのは難しい。少しでもいいから顔面にかかる風圧がなくなってくれればいいのに、と呪った。そのときだった。


「あえ……?」


 急に、ずっと吹き付けていた向かい風が収まった。下に見えていた地上に景色が、止まる。と同時に急に胃から込み上げているものを感じ、宰吾は上空数百メートルから嘔吐してしまった。

 下に人がいたらごめんなさい……! 何も食べてないから純度百度の胃液です許して……!

 などとふざけたことを心の中で叫んだあと、少し先の景色に何かが見えるのが分かった。

あれは……街――それもかなり大規模な。


「あれが、王都オルトレアドか……?」


 意図せず目的地へと辿り着けたかもしれないことに、宰吾は少しだけ安堵した。が、それでも今の状況に変わりはない。上空数百メートルに拉致されっぱなしの状況だ。まずはそれを解決しなければ。

 そのとき、宰吾は自分が上を向くことができることに気づいた。風圧があるうちは首が動かず、ずっと下を見るしかなかったので、何度も首の骨が折れていたのだが。

 宰吾は、恐る恐る上を向く。

 自分をこんな状況に陥らせている張本人は一体何者なのか――?


「はっ……!?」


 目の前の光景に、宰吾は己の目を疑った。

 今、自分の体を掴み、大空を悠々と飛んでいるのは、赤い鱗の巨大なドラゴンだった。

 開いた口が塞がらない。

 というのも、そのドラゴンは何を隠そう、ジャスティスを襲ったドラゴンと瓜二つだったからである。

 そのドラゴンを見たのは映像越しで一瞬ではあったが、あの衝撃は忘れられない。真っ赤な鱗、大きな顎と牙、美しい翼。まさしく今、自分を掴んで離さないこのドラゴンだ。

 宰吾は全身から吹き出す汗と動悸を感じ、身震いした。

 己が不死身であることは重々知っている。しかし、生き物としての本能が、この圧倒的上位の生物から逃げろと警告している。理屈ではなく、ただただ恐ろさが全身を支配する。

 視線を下に戻し、一旦深呼吸をした。

 そして、もう一度そのドラゴンの顔を見上げる。


「……ッ!?」


 ぎょろり、という擬音が最も正しいだろうか。

 ドラゴンも、こちらを見た。そして、お互い数秒間見つめ合う。宰吾はどうしても、目を逸らせなかった。逸らしたら、何かしらされるのではないかという謎の恐怖で、動けなかった。

 爬虫類のような、ネコ科の獣のような、独特の眼球はまるで作り物のようで、今自分は夢の中にいるのではないかと錯覚しそうなくらいだった。

 そして、何十秒とも思えるその約三秒間は、ドラゴンが前に向き直ることで終止符が打たれた。まっすぐ前を見るドラゴンは、何かを考えているような、考えていないような雰囲気である。その直後、宰吾を再び凄まじい風圧が襲った。

 気づけば首が折れ曲がり、視界は地上を映した。真下に、王都らしき街が現れる。ゴマ粒みたいな人々がごちゃごちゃと活動しており、宰吾はトーキョーにある電波塔の展望台からの景色を思い出した。

 美蕾と久しぶりに一緒に観光に出かけた日。ガラス張りの床に立って嬉しそうに笑う美蕾を思いだ――……ッ!?

 感傷に浸る間もなく、ドラゴンは宰吾に残酷な仕打ちをした。

 宰吾の体を包んでいたもの――ドラゴンの前足の感触が、突然なくなったのである。

 そして、またあの浮遊感。自由落下の始まり。

 一瞬にして視界がぶれ、自分が物凄いスピードで地上へ落ちていくのが分かる。


「ま、またこれかよおおおおおおおおおおおおお!?!?!?」


 宰吾は、本作戦二度目の墜落死を遂げた。

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