第15話 死なないために実験を

 時刻は二十三時を回っている。かなりの距離を走っただろう。地平線をひたすら真っ直ぐに、ほとんど減速することなく走ったので、本当に長い道のりだった。道などなかったけれど。


「……夜の森は危ない。今夜はここで野営しよう」


 猪巻の一声で、二台の車は森の十メートル程手前で停まった。一行は車を降り、一か所に固まる。これくらいの距離であれば、月明かりでもある程度視認できた。その森は、見たことがあるようでない、不思議な木々が茂っていた。ふわりとそよ風が森の方から吹き付け、熱帯夜に火照った宰吾たちの体を冷ます。

 その瞬間だった。

シェパが風上の方に振り向き、何かに気づく。


「みなさん。森の奥から獣の匂いがします。……なんだこの臭い……?」


「えっ……シェパくんが知らない臭いって……あったんだ……」


 リジェがビクビクと震えながら、驚いた。


「そんなにすごいのか? シェパの鼻って」


 宰吾の問いに、リジェはここぞとばかりに解説を始める。


「はいッ! シェパくんはその能力が発現してから、物凄い数の訓練を積み、この世のありとあらゆる臭いを覚えているんです……! シェパくんの関わった犯罪捜査の検挙率はなんと一〇〇パーセント! かっこいいでしょう……?」


 先程までの自信のなさそうな声が嘘のように、誇らしげに語るリジェは、今までで一番生き生きとしていた。シェパはそれを聞き、尻尾を振る犬のように体をもじもじさせ、でれでれをニヤける。


「い、いやぁ~?? それほどでもないですよ? たまたま? おんなじ臭いを辿っていったら、犯人を見つけただけで……」


「お二人さん、じゃれるのはその辺にしてくれないか。シェパくん。その臭いと言うのは近いのかい?」


 猪巻の声に、二人はすかさず話すのをやめ、作戦モードに戻る。シェパは再び風上の方を向き、鼻をすんすんを動かした。そして、今度は自信満々な顔で返す。


「大丈夫です! 臭いの元はここから少なくとも八キロ先、それにこちらは風下なので臭いで気付かれることはありません!」


 シェパの言葉を確認した猪巻は、部下たちに指示を出し、野営を準備を開始した。隊員の佐伯、加藤、鈴木がテントなどを設置している間、猪巻はアリーと共に宰吾の元へとやってきた。


「不知くん。今のうちにひとつ実験をしなければならない。協力してくれるかな?」


 実験? 何のことだろう?

 宰吾はアリーの方を一瞥する。


「質問なら口に出して言いなさいよ、あ、それとも数時間ぶりに私とお話したかった? 可愛い~」


「そういうのいいんで答えてくださいよ」


 アリーのニヤけ顔は、数時間ぶりでも飽き飽きとする。宰吾は溜息と吐いた。


「こほん。じゃあ私から説明するね。宰吾くんの能力って、不死身でしょ?」


「はい。何を今さら。アリーさんも見ましたよね」


 シブヤで頭だけになった自分を抱えられたことを思い出す。同時に、あの柔らかい感覚も――。


「ほら思春期男子! 真面目な話だからね~?」


 宰吾は顔を赤くして「何が!」と起こった。猪巻の手前、あまり強くは言えない。


「で、その能力って何がエネルギー源だったっけ?」


 即座に淡々とした声色になったアリーは、WHY?のジェスチャーをする。迷彩柄のジャケットの下に着たタンクトップがチラリと見え、宰吾は思わず目を逸らす。


「んふふ、ほら」


自分の脇が丸見えなことなど気にもしていないといった様子で、アリーは宰吾に答えるよう促した。真面目だった表情が少し綻んだアリーの顔が、ムカつく。


「……そりゃあ、空気中の超能力エネルギー、超エネ――あっ」


「気付いたみたいだね」


 そうだ。当たり前すぎて気づかなかったが、宰吾たちヒーローは空気中に存在する超エネをエネルギー源として、能力を発動させている。ヒーローの力は、それに依存している。ヒーローたちが活躍できるには、宰吾たちの住む世界の空気中に超エネが存在しているからだ。

 では、異世界ではどうだろう。そこの空気中には超エネかそれに相当するエネルギー源が存在するのだろうか。存在したとして、正しくエネルギー源として利用できるのか。それが分からなければ、作戦続行も危ぶまれる。


「そう、だから、宰吾くんが、時々実験をするの」


 そう言ったアリーは、腰元からサバイバルナイフを取り出した。その刃先を口元に運び、チロリと舐める。わざとらしい誘惑的な目は、宰吾の身体をじっと見つめていた。


「ちょ、アリーさん。実験ってもしかして……」


「大丈夫、から」

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