第34話 サーチ(2)


 頬を膨らませたまま家具を錬成していく。エマがその様子を見て、小首を傾げた。


「パレット、何かあったの?」

「え?」


 エマがあたしの頬を指で刺して、空気を抜いた。


「ご機嫌斜め。でもね、お客様の家具には関係ないわよ」

「わかってます。でも……なんか……」

「うん」

「ちょっといいですか? はぁ。……一緒に住んでる恋人がいるんですけど、喧嘩して……」

「まあ、ふふっ」

「エマさん、山の奥にある洞窟ってご存知ですか? 宝石の取れる……」

「山の洞窟? あのキメラが沢山いるところ?」

「ええ。一応……剣術を習得しておりますので、あの程度のキメラであれば、狩ることは可能なんです。で、昨日、地震があった時に、ドラゴンが空を飛んでたらしくて……あの洞窟に向かってたと、ライアンさんが」

「……」

「だから様子を見に行ったんです。元々あの洞窟って、何かありそうな気配がしてて、この機にと思ったんです。近頃近隣国でドラゴンやキメラの凶暴化が進んでて……その原因が、あそこにあるんじゃないかって」

「一人で行ったの?」

「その……恋人が、土地の役員の一人でして、領主様と知り合いで、一緒に働いてるそうなんです。だから、連絡だけ行くようにして……様子を見るだけ見ようと」

「それで?」

「少し奥まで進んで……それ以上は、暗くて昼に行った方がいいと思い、引き返しました。連絡が行ってた恋人が迎えに来てくれたんですけど、なんか……すっっごい不機嫌で」

「そりゃそうよ。大切な人がそんなところにいたら、心配しちゃうもの」

「心配してくれるのはわかるんです。でも……物の言い方って、ありますよね?」

「なるほどね。ふふっ」

「洞窟の調査は騎士達に任せると言ってました。でも……あたし的には……自分が行った方がいいと思ったんです。その……そういう経験を、今までもしてきたんです。今回も似たような雰囲気で……それよりも酷い気がして……だから、洞窟で拾った石の調査だけお願いするつもりが……洞窟に近寄るな。関わるなって言われて、挙句の果てには……いつもお揃いにしてるパジャマを、別々にされたんです!!」


 エマが瞬きした。


「パジャマですよ!? 家にいる時はお揃いにして寝ようねって言ってたのに! そっちがその気なら、夜ご飯も一緒に食べないし、一緒の部屋で読書もしないからって言ったら、別々にされて! 酷いと思いませんか!? きっと愛が冷めたんです! あんな子だなんて、思わなかった! しかも、お仕事頑張ってるから、家では何もせずゆっくりしていればいいのに、お風呂から出たら、洗う予定だった食器が全部片付けられてて! その後トイレ掃除とかもしてて! むかつきません!?」

「……っ」

「だったらあたしもやってやるって思って、恋人の部屋を綺麗に掃除して回ったんです。そしたらそれを見て、夜くらいゆっくりしてればいいだろって怒鳴ってきて! そっちがしてるからあたしもしますって言ったら、部屋でゆっくり本でも読んでろって言われて! だったら貴女だって部屋でゆっくりしていればいいじゃないって言ってやったんです! そしたらあたしの掃除道具奪って、片付け始めたんです! あたし、頭にきて、デザートを用意しました! そしたら先にスプーンとお皿を用意されて! あたしは、ゆっくりしてほしかったから作ったのに! もう怒って、本当に頭に血が上って、もうそこから部屋に引きこもってました!」

「あはははは!」

「笑い事じゃないです! エマさん! 本当にむかつく!!」

「若いわねぇー」

「エマさんは……そういう時どうしますか?」

「んー……喧嘩をしたらとりあえず距離を置くわね。口を一切聞かない。そしたら、主人と私、どちらかが一回話し合いましょうって言い合うの。そして話し合いをして、妥協し合って、仲直り」

「今はとても話し合いができる気持ちじゃありません」

「気晴らしに散歩に行ってきたら? 引きこもりすぎなのよ」

「……そうですね。予約も今日はもうないし……」


 ため息を吐きながら立ち上がる。


「ちょっと、行ってきます」

「ああ、パレット、その前に……」

「はい?」

「さっき言ってた……洞窟で拾った石って……今持ってる?」

「え? ええ。あの……」


 あたしは壁にかけていたバッグから石を取り出し、エマに見せた。


「これです」

「……やっぱり」

「え?」

「ジョーイさんに聞いてみてくれる?」

「ジョーイさんですか?」

「昔、似たようなものを……奥さんに見せてもらったことがあるの」

「……」

「何か知ってるかも」

「……ありがとうございます!」


 階段を駆け上がり、スクーターの鍵を持つと、マリアと宿題をしていたダンが振り向いた。


「パレット、どこに行くんだ?」

「貸本屋!」

「俺も行く!」

「三秒で準備して!」

「マリア、ちょっと行ってくるな!」

「うん」


 ダンがリュックを背負い、あたしについてきた。あたしは店にかけてあったヘルメットをし、ダンにも装着させ、スクーターを走らせる。


「昨日、地震があったでしょ!」

「ああ! すごい揺れてた!」

「あの後、ドラゴンが森に飛んでいったって、ライアンさんから聞いたの!」

「マジで!?」

「見てない!?」

「見てないけど、すげえ風は吹いてた! 多分、それだと思う! S.Jの仲間かな!?」

「わからないけど、森に様子を見に行ったらドラゴンはいなかった。ということは……どこかに入ったのかもしれない」

「……洞窟?」

「案の定、空気が乱れてた。酸素が薄くて、闇が深くて……あそこ、何かいる気がする」

「お前、入ったのか!?」

「少し手前までね。でももっと深い。もっと奥がある。そこに……何かある気がする。S.Jがこの国に逃げ込んできたのも、ドラゴンやキメラが凶暴化してるのも、何か関係してる気がする」

「だから、昔の話が得意なジョーイさんに話を聞きにいくってこと?」

「付き合ってくれる?」

「聞き込みは俺の得意だ。任せな!」


 子供達が柔らかい長椅子に座って本を読む貸本屋が見えてきた。スクーターの音に反応したジョーイが、顔を上げた。



(*'ω'*)



 石を見せると、ジョーイの顔色が変わった。


「これは……」


 ジョーイがあたしを見る。


「あそこに入ったのか?」

「ご存知ですか?」

「……茶でも出そう。来なさい」


 店の奥にある、ジョーイがいつも休憩している部屋にダンと共に入る。ジョーイがお茶をコップに注ぎ、あたし達に差し出した。


「まだ、ここまでキメラ達が暴れ回っていない頃の話だ。……あそこは薬草や宝石が取れる唯一の土地で、皆、必要な分だけ採りに行けていた時代があった。私も亡くなった妻も、まだまだ若い時だ。嬢ちゃん、どうしてあの土地に、自然の薬草や宝石が簡単に取れると思う?」

「……可能性で言うならば……聖域があるから?」

「せい、いき?」


 ダンが眉をひそめた。


「あのさ、こっちは子供なわけ。もっと簡単に説明してくんない?」

「薬草とか、宝石ってね、普通、そこらじゅうに生えてるわけじゃないの。必ずどこかに神聖なる——つまり、自然の魔力が土地としてある聖域って呼ばれるものの周辺で、採れることが多いわけ」

「魔力の土地だから、宝石も、薬草も、自然に生えてる?」

「そういうこと」

「すげえ。何それ」

「聖域は限られたところにしかなくて、常に情報が登録されてる。でも、ここは登録されてない。誰にも気づかれてない放置地帯ってこと」

「知られたら、争いの道具にされる。四つの街は、戦争に巻き込まれる危険があった。……嬢ちゃん、なぜあの森にキメラがいると思う? ……昔、いたんだよ。ちょうど……嬢ちゃんが住んでる辺りに、凄腕の魔法使いがいた。彼は戦争に呼ばれていたが、身を隠すため、ここまで逃げてきた。とてもいい男だった。優しくて、思いやりがあって……あんたを見ていると思い出す」

「……」

「大人は彼に頼み込んだ。あの森には誰にも知られていない聖域があり、神聖なる薬草や、宝石、土地の財産の全てがあると。我々はこの地に生まれてきた以上、その財産を守らなければいけない。軍に気づかれる前に——魔法使いは、キメラを放った。森は守られた。そして、その情報は誰にも知られることはなかった。聖域なんてものはない。聖域があるから争いが起き、巻き込まれる。我らは平和を望む。貧相でも、無難でも、平和に暮らせれば、それが幸せなのだ」


 四つの町の唯一の財産。


「亡くなった妻と、親友と、子供の頃、よく洞窟で遊んでいた。洞窟の奥には聖域があり、そこは岩の門で閉ざされている。決められた石がないと、開けることはできない」


 ジョーイが引き出しを開け、——あたしが持ってる石と、同じものを持ってきた。


「最近、不穏な気配を感じる。……聖域で何かがあったのかもしれん」


 あたしに差し出す。


「後先短い年寄りが持ってても、仕方ない。……持っていきなさい」

「……これ、他の人は知ってる情報ですか?」

「さあな。もうあの森に入れなくなると知った妻が、この石だけを手元に置いていたようだが……、私たちが子供の頃も、洞窟には聖域があるから近寄るなと言われていた。遊んでいたのは、我々だけだったかもしれないし、そうでないかもしれない。少なくとも……聖域の存在を知っている人物は、もう限られているだろう。みんな、既に寿命で逝ってしまったからな」

「……感謝いたします。このことは生涯、誰にも公言しません」


 あたしはダンを見た。


「ダンも、墓まで持っていってね」

「言ったところで誰も近づけねえだろ。あんなとこ」

「やっぱり人が出入りしていたんですね。道があるので……不自然とは思ってました」

「あそこは基本一本道だ。ひたすら下に進みなさい。ずっと奥の、地下深くに聖域がある」

「わかりました」


 準備をしなければ。あたしは立ち上がる。


「ダン、そろそろ工房に戻ろう」

「え? ここまで聞いて、森に行かねえの?」

「準備が必要なの。回復薬とか、暗闇でも周りが見える目薬とか作っておかないと」

「なんか本格的だな」

「ドラゴンが潜ってるかもしれない。……ドラゴンってね、基本大人しいの。暴れてるってことは、何か異常が起きてるってこと。ずっと守られていた聖域で……何かが起きてる可能性がある。それが何かさえわかれば……近隣で起きてるドラゴンや、キメラの凶暴化が止められるかもしれない」


 そうと決まれば、


「調合の時間といこうか。少年?」


 あたしはニッと笑って、ダンを見た。



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