第5話 理想のマイ・キッチン(2)
家に辿り着くと、早速鉄と石と氷、そして魔力を入れ、蓋の取っ手に魔法陣を書いて、手のひらの体温を与える。
「さあ、どうかな?」
鍋がとんでもなく震え始める。まるで爆発するのではないかと思うほど震え、とても明るい星が舞うように輝く。その圧に耐えられず、あたしは吹き飛ばされた。流れ星のような光がキッチンへ飛んでいき、カウンター台の横に、理想通りの冷蔵庫が立派に立った。あたしは早速扉を開け、中を覗き込む。
「こういうこと!」
保管庫に入れていた食料を入れていく。
「これで作り置きしておけば、明日はゆっくり出来るぞ! さて、ミミズを潰さないと!」
「お前、本気でそれ潰すのか!?」
「大丈夫! 大丈夫! 形さえ変わればどんなものでも人は食べれるから!」
「いや、原料知ってる俺は絶対にそれを食べな……うわぁあああ! まじで潰してるーーー!! 叩いて切って、ミンチにしてるーーー! その包丁は何を切るために生まれてきたのか!! 少なくとも俺はミミズじゃないことは知っている! でもその包丁が切って潰しているのは紛れもないミミズ! ミミズ! ミミズの肉! うわああああ! ピンクの皮をはぎ取ってるぅうう!! 気持ち悪ぃいいいいい!!!!」
トイレに駆けこんだダンを見て、眉をひそめる。
「生肉ってみんなピンクじゃん。変な子」
あたしは引き続き、ミミズのミンチを作っていく。
(*'ω'*)
パンを持ってきてくれたお礼に、ミミズの肉をおすそ分けしようとすると、ダンが全力で拒否した。
「いらない! 本気でいらない! ミミズを食べるなんて何があっても絶対嫌だ! 母ちゃんにも絶対どやされる!」
「ミミズだけじゃなくて、モグラも入ってるから、二つの動物の栄養が取れるんだよ? つまりね? ただの動物のお肉なんだよ?」
「間違ってないけど俺が嫌なんだよ!!」
(タンパク質いっぱい取れるのに……)
ダンが逃げるように家から飛び出していく。
「今日はこの辺にしといてやるよ! 明日も来るからな!」
「はーい。気を付けて帰ってねー」
「ちくしょー! 覚えてやがれー!」
手を振ってダンを見送る。明日も来るならお菓子くらいは用意しておいた方が良いかもしれない。【あの子】も……お菓子が好きだった。
(……ミミズの生地でパイでも作ろうかな)
振り返ると、ある程度の形になったキッチンが見えて、あたしは笑みを浮かべる。
(確かにテレビは必要かも。情報が全く入ってこないし、音楽も聴けない。ラジカセと一緒に作っちゃおうかな)
調合部屋に保管された金、銀、銅を鍋に入れ、魔力を注ぎ、ラジカセに必要なメッキ材を作る。そして、プラスチック材、メッキ材、イヴが用意した電気石を鍋に入れ、魔力を入れ、蓋の取っ手に魔法陣を書いて、手のひらの体温を与える。
「さあ、どうなるかな?」
鍋が震え、鍋の中が輝く。輝く星が鍋から零れた。溢れだし、地面が輝く星でいっぱいになり、徐々に消えていく。完全に消えて、鍋の震えが止まれば、蓋を取って確認する。
「ああ、これこれ!」
よくレトロ専門店で見る小型ラジカセの完成! 電源を入れてみる。
「聞こえるかなぁ? 電波届くかなぁ?」
『……今日の……マゴットの……ラジオ番組もお楽しみにぃー!』
「うわ、聞こえた!」
『TVショーだけでは満足しないそこのあなたもご安心を! デジタル生命体マゴットが、あなたの心と欲望を満たします。午後19時からは!? マゴットのTVショーVSラジオショー!』
「マゴット頑張ってるなぁ。今やみんなの人気者。いつ聞いても嬉しいや」
『ここで、ニュースの時間です』
(テレビも作らないと)
『本日、クリス王子の従弟、アルノルド王子に王位継承権が与えられました。これで、王位継承候補者は二人となります』
あたしは声を止め、ラジオの声に集中する。
『リチャード陛下は、「一人に固執する必要はなく、血が繋がっている以上、どちらが国の王として向いているか、平等に見なくてはいけない」と述べ、候補者を増やしたとのことです。急な発表に、市民は困惑の声を上げています』
(……イヴってば、すごい。言ってたことが、たった半年で本当になった)
あたしはじっとラジオを見つめる。
「……テレビは……また今度で良いかな」
あたしの指が、自然とラジオのチャンネルを変えた時、馬車の音が聞こえた。
(あれ)
窓を覗き込むと、見覚えのある馬車が家へ向かって走っていた。
「イヴ?」
時計を見ると、まだ17時過ぎだ。家から出ていくと、馬が止まり、馬車から――高級感のあるスーツを身にまとうイヴリンが下り、あたしへ近づいた。
「お帰りなさい。……どうしたの? 忘れ物?」
「そんなわけなかろう。仕事が早く終わったから、帰って来た」
「早すぎない?」
「なんだ? わたくしがいるのは嫌か?」
耳元で、小さく囁かれる。
「昨晩はあんなに甘えん坊だったのに」
「っ! ど! だ! つ! うい!」
「ふふふふ!」
「ちょ……もう! からかわないでよ!」
イヴリンの胸に顔を埋め、隠れる。
「恥ずかしいよ……」
イヴリンの呼吸が止まった。しばらくじっと固まり――優しい手つきであたしを抱きしめてくれる。……へへっ。イヴの頭なでなで……好き……♡
「さあ、家の中で仲良くしよう。今日はどうだった?」
「ああ、そうだ。イヴ、キッチンを見てほしいの! 形は少し歪んでるけど、でも理想のキッチンになったんだから!」
早速作り上げた成果を見てもらう。イヴリンが首を傾げた。
「どこが歪んでいる?」
「ここ!」
「……お前は細かいな」
「気にならない?」
「全然」
「それなら良かった!」
「冷蔵庫も作ったのか」
「うん! これで食料の保管に困らないよ!」
イヴリンが冷蔵庫を開けた。ミンチになった肉を見て、きょとんとした。
「昨日の肉を潰したのか?」
「あ、ううん。今日素材集めに森に入ったらね、なんかすっごい天然石が取れる場所に案内してもらって」
「案内」
「昨日話したでしょ? ダンって男の子が遊びに来て、案内してくれたの」
「男の子」
「……10歳くらいの男の子」
「妬けるな」
「嘘でしょ?」
「わたくしは嘘は言わない。お前には包み隠さず全てを申す」
「それは……ああ……そうかも。でも、10歳の男の子ってさ、好奇心旺盛な時期だよ? まるで……」
イヴリンの手を握りしめ、呟く。
「ルイみたい」
「……」
「元気にしてる?」
「……父親ともども、お前のことを心配している」
「……落ち着いたら会える時が来るよ。今はまだ……いつどこで誰が見てるかわからないし……」
イヴリンがあたしの頬を撫で、優しい瞳で見下ろす。
「パレイ」
「あと……あのね、ラジカセ……作ったの」
「え?」
「男の子が、テレビ見たいって言うから……あたしも音楽聴きたかったし、あと、マゴットの活躍も……だからついでに、作ったら、あの……」
イヴリンを見上げる。
「アルノルド様にも、王位継承権が与えられたって」
――イヴリンの瞳が、冷たくなった気がした。
「……当然だ。クリスよりもあの男の方が優秀なのは誰が見てもわかる。あのクソ男はちょっとした祭事と思っているようだが……陛下は見る目がある。留守中に勝手にお前を国外に追放した息子のことを、一切許していないらしい」
「……」
「安心しなさい。ここは見つからない。絶対に見つからないように手を回してる。パレット・ルルビアンボナトリスは行方不明。消息不明。誰がどう捜したって見つかりやしない」
イヴリンが身を屈ませ――閉じ込めるように、あたしを抱きしめた。
「お前はわたくしとこの家で、生涯を平和に過ごす。だろう?」
「……うん」
「落ち着くまで家族に手紙も出してはいけない。わかるな?」
「……うん。わかってる」
「心配いらない。いずれお前の家族を招待しよう。その時に、ご馳走を振舞って、長話をしたらいい」
「……うん」
「……パレイ」
顔を上げると、イヴリンの唇と触れ合う。誘惑するような怪しい手が、それでも魅了されてしまう手が、あたしの頭を優しく撫でる。瞼を上げると、紫色の瞳と目が合った。
「愛している。パレイ」
「……あたしも愛してる。イヴ」
もう一度キスをすれば、イヴリンの目がいつもの優しい目に戻っていた。あたしは笑みを浮かべ、イヴリンの手を引く。
「話題が変わっちゃった! ふふっ! あのね、天然石が取れる洞窟でミミズとモグラのキメラを見つけたから、絞めてお肉にしたの!」
「ミッ」
イヴリンが怖い顔をした。ひぇっ!?
「イヴ!? どうしたの!? お腹痛いの!? 」
「……これ、全部ミミズの肉なのか?」
「違うよ! ミミズとモグラのお肉!」
「……」
「大丈夫だよ。タンパク質とミネラル豊富で、体にすごく良いんだよ? 実習でも生で食べたじゃん? でも流石に生は抵抗しちゃうから、ミンチにしたの。今夜はハンバーグね! 余ったら肉団子にして、野菜炒め! あ、パンもあるんだよ! 男の子が持ってきてくれて、お昼に食べきれなくて余ったやつなんだけど!」
「ミミズの肉……ミミズ……そうか……今夜は……ミミズハンバーグ……」
呪文のように呟きながら、青い顔のイヴリンが冷蔵庫の扉を閉めた。
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