第4話 理想のマイ・キッチン(1)
翌日、イヴリンが仕事に行くのを見届けてから、あたしはノートを開いた。
(今日こそリビング、ダイニングを完成させなければ!)
そして出来れば――キッチンを完成させたい!
(ぶっちゃけリビングとダイニングのメインは出来上がってるから、あとは収納棚とかを置けばそれっぽくはなるんだよな。でもキッチンは必要!)
昨晩、サラダとステーキを作るだけで、どれだけ苦労したか!
「ごめんね! イヴごめんね!」
「なぜ謝る? 合宿をした時のようで、楽しいではないか」
(天使!!!!!!!!)
もう二度とあんな苦労をイヴリンにさせてはいけない。というわけで、今回はキッチンをメインにやっていこうではないか!
「よーし! やるぞー!」
「パレットー、遊びにきてやったぞー」
外から聞こえた声に気づき、あたしはドアを開けた。そこには昨日遊びに来てくれたダン少年がバスケットを持って、あたしを見上げていた。
「これ、母ちゃんが持って行けって」
「わあ! 美味しそうなパン! いいの?」
「うちパン屋なんだよ。昨日売れ残ったやつだから、捨てるくらいなら持って行けって。ちゃんと食べれるよ」
「ランチに一緒に食べようか! 今日はキッチンをやっていくから!」
「テレビは作った?」
中に入ったダンがテレビがないことを確認し、肩を落とした。
「テレビがないなんて考えられない。マゴットのTVショーを見ない人間がこの世にいるなんて! 人生の半分、いや、100割損してるな!」
(昨日放送された番組の台詞かな? 子供はすぐ使いたがるもんね)
「で? 何作るの? 火と水道はもうあるのに」
「火と水道があっても台がなければ置けない。折角の対面キッチンなんだから、使えるところは使わないと。引き出しが沢山ある台が必要。それと食器棚。冷蔵庫も」
「そういえば、母ちゃんも新しい冷蔵庫が欲しいって言ってた。ここ電気通ってるの?」
「通ってない」
「通ってないの!? じゃあすぐに工事の人呼ばないと!」
「大丈夫。一日に必要な分を置いてくれてる魔法使いさんがいるから」
「魔法使い便利だな!」
「でも確かに自家発電できる道具を作らないと駄目だね。電気がないと、冷蔵庫も冷えないし」
「テレビも見れないぜ!」
「まあ、発電機は後々ってことで、今はとりあえずキッチンに集中しよう」
あたしは昨日ノートに書いたキッチンのレイアウトを眺め、修正できるところを書き直していく。
「これなら木材と……天然石。調合部屋にあったかも」
あたしが調合部屋に入ると、ダンも一緒に入ってあたしの様子を眺めた。籠に入る石の素材を眺める。
(流石イヴ。良い素材)
鍋に石を大量に入れ、蓋をする。ダンが顔をしかめた。
「木材はいいの?」
「まずは石材を作らないと。全部まとめてすればいいってもんじゃないから」
魔法陣を書いて手のひらの体温を与えれば、大量の石が固まった石材が出来上がる。ダンが触れてみる。
「鉄の塊みたい」
「これに木材を入れて、魔法陣を書いていく。空洞が欲しいから、魔法陣の絵を少し変えないと」
「形って、魔法陣で決まってるのかよ!?」
「そうだよ。その昔、基本的な家具の形を決めた上で、魔法陣を作った魔法使いさんがいたの。基本的な椅子の魔法陣。基本的なテーブルの魔法陣。料理で言う、レシピみたいなものだね。その魔法陣を書けば基本的な形の家具は作れるんだけど、形を変えたい場合、自分なりに魔法陣にアレンジを加えるの。もちろん、そのための本も沢山あるんだよ」
「じゃあ……その魔法陣さえわかれば、材料入れたら、作れるってこと?」
「そうだよ。ね? 料理と一緒。器具と材料さえ揃ってれば、調味料次第でどうとでもなる」
アレンジした魔法陣を書いて手のひらの体温を与える。
「さあ、どうかな?」
鍋が大いに震え始める。紫色の輝きを放ち、部屋中が光に溢れる。火山が噴火するように、中から大きなものが飛びだし、あたし達を突き飛ばした。光に導かれ、水道の隣に理想通りのキッチンカウンターが置かれた。
「こういうこと!」
「すげえ! まじで出来てる!」
ダンがはしゃいだように大きな声を上げ、天然石の台に手を乗せた。
「ツルツルしてる!」
「ダン少年よ、これが錬金術っていうものさ……」
「町の家具屋に置いてるカウンターよりも良いやつだよ! すげえ! 魔法みたい!」
「魔力を使ってるから、魔法に近いんだけどね……。その家具屋はお手製のものだから、より想いがこめられて作られてると思うよ。この家具はあくまで、あたしの理想の形ってだけだから」
「想いがこもってるのは作った職人だけ。売る方はどうかしてる。このカウンター、母ちゃんが欲しがると思うぜ」
「そう言わないの。お店やってる以上は、あたしよりもその方々の方がプロなんだから」
「あれがプロなら、どんな素人でもプロになれる」
(よっぽどな家具屋さんみたい。今度行ってみようかな)
「気になるんだけど……大きさとかも魔法陣で調節してるの? なんでパレットの絵の通りになるのかわからないんだ」
「そこが魔力の凄いところ、最後に手のひらの体温を与えてるんだけど、魔法陣があたしの血管を通って、脳に辿り着くの。そこで、あたしのイメージしているサイズを読み取って、魔力がそのサイズに変形させてくれる」
「まさに理想の家具作り」
「でも、見て。若干歪んでるところもある。正確な家具はやっぱり、職人の人達が作ったものに限る。錬金術で作った家具を商売にしてる人たちもいるけど……貴族なんかはね、絶対に買わないの。直に作ったものこそが価値であり、財産である」
「つまり……どういうこと?」
「自分の家で使う分には作って良し!」
「なんかよくわかんないけど、パレットがすげえ奴っていうのはわかった!」
「話し込んでたらあっという間にランチになっちゃう。もう一つカウンターを作らないと。それにラック、引き出し。家にある木材は今日で無くなりそう」
「俺、手伝う!」
「助かるー! ありがとう、ダン!」
ダンに手伝ってもらいながら、錬金術を進めていく。棚付きのカウンターが並び、空洞のあったカウンターに必要な引き出しが一段ずつ押し込まれ、ラックを設置し、あとは冷蔵庫というところで――事件が起こった。
「鉄が足りない!」
あたしはダンに訊いた。
「ダン、森に鉄の取れる洞窟とかない?」
「ある」
「イヴの土地選択最高すぎる!」
「でも諦めた方が良いよ。昔はダイヤモンドとか、ルビー、サファイア、鉄なんて石のように掘れてたみたいだけど、昨日よりも狂暴な獣が住み着いちまった。お金目的で近づいて死んでいった奴ら何人も知ってる」
「危なければ逃げればいい」
双剣をベルトに固定し、ダンに振り返る。
「道案内だけ頼めないかな? 今日中に終わらせたいんだ」
「いいけどさぁ……俺死ぬの嫌だぜ? 道のりにだって、獣はいっぱいいるかもしれないんだからな?」
「そっか。……そういうことなら……」
あたしは鍋に昨日倒したキメラの爪と、蜘蛛の糸、そして魔力を入れて、蓋を閉める。魔法陣を書いて手のひらの体温を与えれば、はい完成。
「魔除けのお守り」
「何それ」
「昨日倒した獣より弱い獣は近づかなくなる。どうぞ」
「そんなのも作れるの!?」
「少年、これが調合よ……」
胸を張ると、ダンが拍手をした。
(*'ω'*)
魔除けの効果もあり、洞窟に来るまでにキメラと遭遇することはなかった。洞窟は思った以上に奥が深そうだが、探検はまた後日にしよう。あたしはスコップを取りだし、早速掘ってみた。すると、あらまあ、なんてこと!
「銅と鉄がめちゃくちゃ取れる! これこそ、宝洞窟!?」
「何でもいいけどさぁ……早めに帰ろうぜ。ここ、本当に危ないからさ……」
「待って! どうしてこんなところにアメシストが埋まっているの!? 一体この土地はどうなってるの!? すごすぎる!」
学生時代はこの石を求めて何日も彷徨いまくった。ああ、こんな簡単に手に入れられるなんて……!
(ここは大事にしないといけないな。自然は永遠ではない。必要最低限のものだけ頂いて、あとは自然に任せよう)
あたしは汗を拭い、立ち上がる。
「こんなもんかな」
「もういいか? よし、じゃあ獣が出ないうちにかえ……」
ダンが固まった。あたしはきょとんとして、ダンが見る先に振り返った。そこには、モグラとミミズが合成されたであろうキメラが、洞窟の先で立っていた。
「ぱ、パレット……逃げるぞ……ゆっくり……逃げるんだ……」
(大丈夫だよ。そっちには行かないから)
あたしは目でキメラに伝える。
(今日はこれで帰るからね。さようなら)
しかし、合成されたキメラには本能だけが残る。ミミズの顔からモグラの口が現れ、びっしり生えた歯を見せつけ、こちらに向かって足を動かしてきた。
「ひゃああああああ!!」
ダンが悲鳴を上げると、あたしはダンの手を引っ張り、走り出した。モグラの足がとんでもない速さで追いかけてくる。ダンが死を覚悟し、走りながらお経を唱え始めた。あたしはダンを草の中に投げた。
「ふぎゃん!」
振り返るとミミズの顔のモグラが追ってくる。とんがった鼻が勢いを増して近づいてくる。口が開かれる。歯が見える。あたしは地面を蹴って高くジャンプすると――姿を消した。そこへキメラが頭から突っ込んだ。木が倒れ、動物達が逃げていく。キメラがあたしとダンを捜すため、嗅覚を頼った。すると、側で腰を抜かしたダンの匂いを発見した――と同時に、上から降ってきたあたしの剣に、背骨を刺された。悲鳴をあげて、キメラがあたしを振り下ろそうと、体を転がそうと、あおむけに倒れたことにより、更にあたしは姿を消し、上から心臓をめがけて剣を落とした。剣は深く刺さり、キメラの心臓を止めた。キメラの魂が天国へと旅立ったので、何もなくなった体の力は緩み、その場に倒れた。あたしは剣を抜き、キメラを見下ろす。
(ミミズの体はたんぱく質があるし、モグラの肉は炭火で焼けば美味しくなる。潰して使えば……いける。今夜は栄養たっぷりのハンバーグにしよう!)
「おえええ……」
「あれ、ダン、大丈夫? 気持ち悪いの?」
「なんで剣で刺しといて……そんな平気な顔が出来るんだよ……。うっ……。おろろろろ……」
「あれま、大変」
持っていける分だけ切り取り、あとは野生の動物に残しておく。ミミズの体を背中に抱えて引きずるあたしを見ないように、ダンが胸を撫でた。
「まだ気持ち悪い……」
「ダンも魚や肉を食べるでしょ? 命を頂いている以上、気持ち悪いとか言っちゃ駄目。感謝しないと」
「お前さ……あれ……何やったの……?」
「あれ?」
「なんか……消えて……空から……降ってきて……」
「ああ、ワープ魔法だよ」
あたしはベルトにつけた青く光る石を見せる。
「これがあると、近距離ならワープできるの。あたしは上から攻撃したかったから、ずっと空に向かってワープしてた」
「それも調合……?」
「うん。魔法使いさんの魔力を貰って、あたしが作った」
「お前……怖い……」
「怖くないよ! 失礼だなぁ!」
今日も平和に、あたしとダンは森山を下りていく。
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