第3話 理想のマイ・ソファー(3)

 ポリの花良し! 染料剤良し! その他素材良し!


「錬金開始」


 イヴリンの魔力を入れ、蓋をし、取っ手の空洞に魔法陣を書き、手のひらの体温を与えれば、鍋が揺れ、紫の輝きが溢れ出す。ダンが目を見開いた。鍋はとても輝いている。ガタガタ震える鍋から、蓋が吹っ飛び、あたしの体が突き飛ばされ、大きなものがリビングへ飛んでいく。鍋の輝きが消えた。ダンと共に部屋を覗けば、そこには立派なソファーが置かれていた。


「理想のマイ・ソファー!」


 あたしは笑顔でソファーを抱きしめる。


「色も理想通り! これであとはテーブルとテレビと観葉植物……の前に、壁紙かな」

「ソファーが……鍋から……出来上がって……飛んでった……」

「壁紙完成! イヴリンが来たら貼ってもらおー!」

「お前、ひょっとして!」


 ダンが目を輝かせて、あたしに訊いてきた。


「魔法使いか!?」

「……残念。魔法使いはあたしじゃない」

「だって! 鍋で、ぶわぁーって!」

「あたしは調合専門。あと合成。錬金術。魔力はないの。ダンと一緒」

「今度は何を作るの!?」

「ソファー一つだとお客様を呼べないでしょ? 一人用のソファー椅子を追加」


 鍋の蓋が吹っ飛び、完成されたソファー椅子が、ソファーの横に飛んでいく。ダンが拍手をした。


「他には何作れるの!?」

「レシピにあるものならなんでも。あとは一工夫。このレシピはあくまで基本的な材料。そこから色とか、素材とか、別のものを入れたら同じ椅子でも違う椅子が出来上がる。今から作るのはリビングのテーブル」


 角の丸い四角テーブルがソファーの前まで飛んでいく。


「すげー!」

「ダン、そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」

「俺、もう少し見たい!」

「でも……ほら、見て?」


 作った時計をダンに見える。


「短い針が五を指してる。つまり、今の時刻は十七時。行くぜゴーゴーレンジャーが始まってるんじゃない?」

「うっわ! そいつはいけねえ! 早く帰らないと、母ちゃんにどやされる!」


 ダンが大慌てで走り出した。


「じゃあな! パレット! 明日も来るから!」

「いつでもおいで」


 手を振り、走っていくダンを見送る。ああ、思い出してしまう。『あの子』は……今頃何をしているだろう。


 ……日が沈んできている。


(そうだ、ランプも作らないと)


 あたしはランプを作り、壁にかけていく。ソファーとテーブル、食卓テーブルに二つの椅子。針の音が鳴らないアンティーク時計。ああ、そうだ。ベッドも作らなくちゃ。でも、少し疲れてしまった。


(少し仮眠を取ろう……)


 あたしはソファーに横になった。


(はぁ……疲れた……)


 ポリの花素材のソファーは、ウレタン並みに気持ちよかった。



(*'ω'*)



「……パレイ」


 優しい声が耳元で囁かれる。


「パレイ、そろそろ起きろ」

「……んー……」


 寝返ると、また眠ってしまう。


「すぅ……」

「……。はぁ……。……。……尊い」

「ふぅ……」

「ああ、ずっとこのまま見てられる。まるで無垢な少女のような寝顔。この清らかな顔をわたくしの舌で舐めて汚してしまいたくなる……」

「すぅ……」

「しかし、眠る者を襲うほどわたくしは落ちぶれていない。よって、起こさねばいけない。……さあ、起きなさい。わたくしのパレイ。パレット、さあ、起きて」

「ん……んぅー……」


 抱きしめられる熱が温かくて、頭を撫でる手が優しくて、瞼を上げると、イヴリンが優しい眼差しであたしを見つめていた。


「イヴ……」

「会いたかった。パレイ」

「あたしも……」


 彼女を抱きしめ返すと、愛しい唇が近付き、あたしはそれを受け入れる。イヴリンと口付けし合い、いつものように、イヴリンと見つめ合う。


「イヴ……♡」

「そんな物欲しげに見つめてくるな。歯止めが利かなくなる」

「んふふぅ……♡」


 イヴリンがあたしの額や瞼に唇を落としてくれたので、あたしもイヴリンの頬に唇を押し付けた。


「大好き……。イヴ……」

「……。……。……。わたくしも愛してる。パレイ」


 あたしの耳にキスをしつつ、イヴリンが囁いた。


「今夜はここで寝るか?」

「ベッド作ってない!!!」


 慌てて体を起こすと、あれま大変。明るかった外は夜になっている。なんてこと! ……あ、星が綺麗……。


「お腹を空かせているだろ。どうする? 今夜は町に行って、外食するか?」

「あ、イヴ、調味料って持ってきてる?」

「さしすせそ、のつくものなら。フライパンもあるぞ。何だったらパンも……」


 あたしは自作の保管庫を開けて、中の物をイヴリンに見せた。イヴリンがにやけ、おどけるようにあたしを見た。


「森に入ったな?」

「ソファーを作るためにポリの花を使ったの。調合部屋になかったから」

「そのついでに」

「弱肉強食。負けた者は食べられる。安心して。毛皮はちゃんと剥いでる。あれは売れるよ。素材にもなる」

「今夜はステーキだな」

「イヴ! あたしも同じこと考えてた!」

「いくつか野菜も持ってきている。サラダ付きのステーキにしようか」

「素敵。作るからイヴは座ってて」

「わたくしも作ろう」

「疲れてるでしょ。あたしが作るからいいの」

「では、こうしよう。わたくしはサラダを作る。お前はメインのステーキを」

「……ん。わかった。美味しいの作るから」

「それと、お前が用意していた壁紙を貼り付けた。感想はいかがかな?」

「えっ」


 あたしはキッチンから走り、リビングとダイニングを見回す。壁紙とフローリングの床がマッチしており、ソファーとテーブル、そして食卓テーブルと椅子が、まるでカフェのインテリアのようだ。


「こういうこと!」

「素晴らしいセンス。流石は我が恋人。お前は天才だ」


 後ろから抱きしめてきたイヴリンにキスをされながら振り向く。


「全部イヴのお陰だよ。イヴがいなければ……こんな家も持てなかった」

「お前が望むなら、わたくしはなんだってしよう」

「あたしも……、……イヴが望むこと、してあげたい……」


 つい、恥ずかしくなってしまって顔を俯かせると――イヴリンの手の腕に力が入った。締め付けられて、思わず吹いてしまう。


「あはは! やだ! イヴ、潰れちゃうよー!」

「……………………」

「ベッドはご飯の後だね。ポリの花、沢山あるから良いベッドになると思うよ!」

「ダブルベッドを作れる量はある?」

「もちろん! ベッドはダブルベッドにする予定だよ! 部屋は全然広いし、寝室のメインはベッドで作る予定! あー、でも……今夜二つ作れるかなぁ。素材が足りなくなるかも……」

「何を言ってる。二人で寝るのだから、一つで十分だろう?」


 今度はあたしが黙る番。イヴリンはあたしの耳たぶを咥え始める。


「あの……部屋は別々だよね……?」

「もちろん。互いの空間と時間は必要だ」

「あ、あたし、あの……時と場合によって……自分の部屋はロフトベッドか、シングルベッドでもいいかなーって思ってて……」

「する時、狭くなるんじゃないか?」

「……」

「足りない素材はなんだ? 手配しよう」

「あ……それは……うん……あとで見てみる……。足りなければ……あの……森も……あるし……」

「一つなら作れそうか?」

「それは……大丈夫……まだ部屋の構図が完全に出来てないから……仮ベッドになるけど……食後にでも……」

「じゃあ……」


 囁かれる。


「汚さないようにしないといけないな?」

「……」

「食事を作ろう。で、空腹が満たされたら調合だ。設置ならわたくしの魔法に任せなさい。さあ、作ろう。パレイ」

(……この……どうしても、主導権握れない感じが……好き……♡)


 手を引かれ、あたしは恋人のイヴリンと、キメラのステーキを作り始めるのだった。

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