第2話 理想のマイ・ソファー(2)

 包みを開けると、サンドウィッチが入っていた。水筒にはさっぱりとした紅茶。


(早いうちにイヴリンの書斎も作らないと。彼女、仕事が出来なくなる)


 サンドウィッチに噛みつきながら、窓の景色を眺める。あるのは草と森。建物はない。


(これから忙しくなるな。憧れのスローライフ。薬草を育てて、部屋を作って、自由に過ごす。ダンスもマナーも存在しない)


 本棚を作って沢山の本を並べよう。そして、イヴリンと夜な夜な共に読もう。朝はイヴリンと共に出かけよう。手を繋いで、歩幅を揃えて――。


「……」


 妄想に耽っていると、家のドアが叩かれた。


「っ! イヴリン!?」


 あたしは時計を探す。あ! 時計すらない!


(あとで時計作ろう……! それにしても、もうそんなに時間が経っていたの!?)


 慌てて玄関に行き、ドアを開ける。


「ごめんなさい、イヴリン! まだ全然出来てなく……て……」


 視界には誰もいない。草原があるだけ。下を見る。男の子があたしをじっと見ていた。


「……どなた?」

「馬車がいたから来てみたんだ。お前、悪の組織の連中か?」

「悪の組織……?」

「悪の組織は悪い奴らなんだ! 正義の味方の、俺が退治してやるんだからな!」


 男の子の意気込む姿を見て――あたしはふっと鼻で笑い、胸を張った。


「少年。それなら安心するといい。あたしは遠くの町から来た、ただの女なのだから」

「ん、ただの女? ってことは……モブか!」

「あはは! まさにそれ! あたし、モブなんだ!」


 婚約者を寝取られたモブ女です。どうもこんにちは。少年と握手を交わす。


「パレットだよ。よろしくね」

「俺、ダン! 西の道を真っすぐ進んだ町に住んでる」

「お店が沢山ある町だよね? さっき通ったんだ。綺麗なところだった」

「その通り。良い町なんだ。だから正義の味方の俺が、悪い奴らがしゃしゃり出ないよう、パトロールしてるってわけだ」

「ふふっ、ご苦労さま」

「この森、獣も出るから結構危ねえんだぞ。なんでこんなところに引っ越してきて……」


 玄関の先が見えたダンが、顔をしかめた。


「何もない」

「これから作るの。とりあえず、ダイニング用の椅子とテーブルは用意したから、……ソファーがいる。もこもこの、すごく座り心地がいいやつ」

「町にある家具屋を紹介してやろうか? でもあのおっさん、いけ好かない奴だから気をつけ……」


 あたしが中に戻っていくと、ダンが叫んだ。


「おい! まだ話の途中!」

「ダンも見る? 作るところ」

「作る? ソファーを自分で作るのか?」

「入って。一人で退屈だったの」


 椅子とテーブルしかない真っ白な部屋に、ダンが唖然とした。


「まじで何もねぇじゃん……」

「椅子とテーブルがあるでしょ? ああ、後でランチの片付けしなくちゃ。ゴミ箱は早急に必要かも」

「今日は宿に泊まれば? ソファーを作るなんて、何日かかると思って……」


 調合部屋を見た途端、ダンの顔色が変わった。興味深そうに、隅々まで部屋を眺める。


「何だここ! 悪の組織の部屋みたいだ!」

「調合部屋だよ」

「お前、やっぱり悪い奴らの仲間なのか!?」

「忘れたの? あたしはモブ」


 ノートにリビングの絵を描く。


「理想のリビングがあるの。隅には観葉植物を置いて、ゴロゴロ出来るソファーをドカッと真ん中に置くの。囲まれてるのは四角の長テーブル。角は丸く」

「テレビは置かないの? 毎晩17時から【ゴーゴー戦隊、行くぜゴーゴーレンジャー】がやってるんだぜ? あれを見ないと世界が滅んじまう!」

「賛成。情報は大事。……見るかどうかは別として」


 リビングの形、ダイニングの形、と来たら、自然とキッチンの形もデザインしなくてはいけなくなる。キッチンこそ大事だ。


 あたしとダンが調合部屋からキッチンに移動した。火を使う台と、水道が前後分かれて設置されている。ということは……。


「対面キッチン式……!」


 イヴリン! あたしの理想をいつの間に! つまり、他の台を用意すれば、憧れの対面キッチンを実現できるということ!


「ここに食器棚、ラックを置いて、冷蔵庫はここ。あとは台を置けば、対面キッチンが出来上がる!」

「それ、母ちゃんが欲しがってるやつ! ここに台があればって、何度も言ってるんだ!」

「ああ、やっぱり!? お母様の気持ちわかる……! 対面キッチンってすっごく憧れるもん……!」

「俺はよくわかんないけどな」

「あとはどんな台を作るかだな。うーん、それはまた明日以降にするとして……この絵の計算で行けば……」


 大丈夫。あたしの構図に不正解はない。気に入らなければ、作り直せばいいのだから。だけどソファーは大事に作りたいので、あたしは持ってきた鞄から厚い本を取り出し、ページをめくった。


「あった、あった。これだ」

「なんだ、この魔女の本みたいなの!」

「大事なレシピ本」


 あたしは書かれた素材を鍋に入れていき、順調に事を運んでいくつもりが……事件は起こった。


「ウレタンがない!」

「ウレタン?」

「あー、そうだよなぁ……。流石にウレタンまで用意あるはずないかぁ……」


 ウレタン素材のマットレスはソファーには欠かせない。後から追加することも出来るが……イヴリンの驚いた顔が見たい。


(ウレタンがないのなら……似たような素材を探すしかない。町に行くか、あるいは……)


 あたしは窓から見える森を見た。


「ダン、あの森ってポリの花って咲いてる?」

「あのふわふわしたやつ? いっぱい咲いてるよ。他の花も沢山」

「なぜここに家を建てたのかよくわかった」

「え、まさか……森に行くの?」


 支度をするあたしを見て、ダンが止めに来る。


「あそこ、獣もいるから危ないって! 襲われたらひとたまりもないよ!」

「ああ、そうだ。夕食のこと考えてなかった」


 あたしは調合部屋の壁にかけられていた――双剣を持った。


「ダン、良かったら案内してくれないかな? ポリの花がどうしても必要なの」

「別に案内するのはいいけどさ……お前、その剣使えるの?」

「大丈夫! 獣さえ出なければ使う必要ないから!」


 ダンは胡散臭そうな目であたしを見てくる。そんな見せかけだけちゃんとしたって、獣は襲ってくるぞ、と言いたげな目だ。


(生活用品はイヴリンが持ってきてくれるって言ってた。……調味料も入ってるかな……)


 ここにいても時間が経つだけだ。あたしとダンはポリの花を求め、森へと入った。まだ空も明るいので、美しい森林の景色が良く見渡せる。


「綺麗な森」

「パレット、ちゃんと前見て歩けよ。迷子になったら抜け出せなくなるんだからな!」

「ダンは迷わないの?」

「俺は小さい時から歩いてるから、平気なんだよ」

(今も十分小さいけどね……)


 木が囲む道から抜けると、広い土地にたどり着く。至る所に花や草が育っている。しかし、ただの雑草ではない。調合に必要な素材達が……山のように……育っているではないか!


(ら、楽園……!?)

「ほら、ポリの花」

「えー!? こんな簡単に見つけちゃっていいのー!?」


 あたしはバッグにポリの花をいくつか詰め込み、紐を固く結ぶ。


(本当はもっと色んなのを見たいところだけど……ここにいるだけで半日使ってしまいそう。ポリの花は収穫したし、今日は帰ろう……)

「ダン、案内してくれてありがとう。帰ろっか」

「よし、じゃあ俺についてき……」


 ダンの顔が青ざめた。きょとんとしてダンが見る先に目を向けると――野生のキメラがあたし達を見て、よだれを垂らしていた。


(あれは……)

「獣だ!」


 ダンがあたしに忠告する。


「パレット、動くなよ! 獣がどっか行くまで、その場にいるんだ!」

(動物、じゃなくて獣か。昔、戦争の道具に使おうとして開発されたけど、コントロール出来ず外へと逃げられてしまった。この森にもいたんだ。このキメラは……狼とトラかな?)

「大丈夫、ずっと止まっていたら、いずれどっかい……」


 よだれを垂らしたキメラがダンに突っ込んできた。


「うぎゃぁあああ!!」


 ダンが悲鳴をあげたと同時に、あたしは地面を蹴った。突っ込んできたキメラの心臓目掛けて、片方の剣で刺す。心臓が止まった。キメラの魂は天国へと旅立ったので、あたしは剣を抜き、キメラを蹴飛ばすと、地面に倒れた。

 ダンが目を瞬かせる。あたしはキメラを眺め、取れる素材を確認し、呟いた。


「今夜はステーキにしよう」

「……」

「ダン、運ぶの手伝ってくれない? これ、意外と重い」


 キメラを背中に抱えるのを見て、ダンは血の気を引かせ――その場で吐いてしまった。

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