第6話 マイ・ラバーズルーム(1)


 ダブルベッドの上で、イヴリンの理想を聞く。


「イヴはどんな部屋が欲しい?」

「パレイが作ってくれるなら、どんな部屋だって落ち着く」

「おひょっ! 笑顔が眩し……じゃなくて! それじゃあ、イヴの理想の部屋に出来ないじゃん!」


 あたしはペンを持ち、ノートを広げる。


「寝室は心身を回復させるプライベート空間だよ? 今まで宿泊した中で、一番落ち着いた宿の部屋にするのはどう?」

「それなら覚えてる」

「本当!? どんな感じ!?」

「パレイと初めての夜を過ごした宿の部屋」

「却っっっっっ下!!!!」

「いいと思ったんだがな? 白百合の花の絵画が飾られた赤い部屋」

「あの高級感のある薄暗さは、確かに眠気を誘われた」

「お前の心の傷を癒やす卒業旅行での出来事だったな。覚えているか? 打ち上げられる花火を見ながら……キスをしたこと」


 イヴリンがあたしの頬にキスをした。近い距離に、互いの目が合う。


「お前は戸惑っていた。これは何かの間違いで、気が動転しているだけ。だから、放っといてほしいと」

「そしたらイヴはこう言ったの。だったら二人で間違いを犯そうって。ベッドに押し倒された時はどうしようかと思った」

「優しくしたではないか」

「すけべな顔してた」

「おや、……わたくしとしたことが、お前への気持ちが顔に出ていたらしい」

「手つきもいやらしかった。……困ったもん。初めてだったから……」

「ああ、あの時のお前は……とても官能的だった」


 微笑み合い、ゆっくりと唇を重ね合う。唇を離すと、イヴリンが色っぽく吐息を吐いた。ああ……好き……♡

 愛しいイヴリンがゆっくり出来る、そんな部屋を作りたい。目覚めるのが楽しくなるような……そんな部屋を……。


「……ね、折角理想の部屋が手に入るんだよ? ……あたしが作ってみせるから、どんな感じがいいか教えて?」


 あたしが言うと――イヴリンは美しい眉間に皺をよせ、真剣に悩み始めた。


「んー……」

「え、……そんな悩むこと?」

「正直、部屋にはベッドがあればいい。それと……お前がいれば完璧だ」


 優しく頬を撫でられる。


「お前の寝顔を見ている時が、一番心休まる。それじゃあいけないのか?」

「喧嘩したらどうするの? 喧嘩した相手の顔見たって、憎しみが増すだけだし、あたしもそういう時は別々で寝たい」

「……わたくしを憎しむパレイの顔か……」


 イヴリンが薄暗い笑みを浮かべた。


「いいな。そそられる」

(あ、駄目だ。これ。流されるやつ)

「パレイ……」

(あ~♡ この話題をそらして流しちゃうよ~みたいなイヴのムーブ……嫌いじゃない……♡)


 というわけで、寝不足絶好調のあたしです。どうもおはようございます。朝起きて早々、お肌がつるつるになったイヴリンはあたしが作り置きしていた玉子サラダとパン、ミミズミンチの肉団子を美味しくいただき、お仕事に行ってしまわれました。


「今日こそ寝室を完成させた~い。あとリビングの残り部分を片付けてしまいた~い。部屋は大事だよなぁ。でもイヴの部屋って……、……ご実家の……あのとんでもない部屋しか……わからない……」


 とんでもなく高級な家具が並んだ部屋。

 そんなに天井高くする必要あるぅー!?

 ベッドそんなにでかくする必要あるぅー!?

 あたしの絵画どうして持ってるのぉー!?


(っていう部屋だったんだよな。いや、あたしも公爵家の娘だったから……良い部屋で過ごしてはいたけど……あれはちょっと……贅沢すぎるというか……やばいというか……これは……)


 あたしはため息を吐いた。


「資料が必要かも」

「よお! パレット! 救世主様が遊びに来てやったぜ!?」

「はぁ……」

「うわ、なんか暗い! お前……昨日のミミズの肉が当たったんだろ。よくわからないものを食べるのはいけないことだって、母ちゃんがよく言ってるぜ!」

「違うよぉ……魔法使いさんの部屋についてどうしようか悩んでるんだよぉ……」

「魔法使いって……お前に魔力を残してる人か? その人もここに住むのか?」

「住んでるよ。とっくに」

「え!?」


 ダンが興奮気味に目を輝かせた。


「本物の魔法使いが住んでるの!?」


 ダンが部屋のドアを開け始める。


「どこ!? 魔法使いどこ!?」

「今お仕事に行ってる」

「なんだよ! お前、魔法使いと住むって……すげえじゃん! ひょっとして、パレットの母ちゃん!?」

「違うよ」

「じゃあ父ちゃん?」

「はずれ」

「兄弟?」

「不正解」

「友達? 知り合い? あ、わかった、お前、魔力がないからその魔法使いに弟子入りしたんだ!」

「ぶっぶー。ぜーんぶ不正解。正義の味方の仲間入りするにはもう少し知恵が必要だね」

「なんだよ。家族でも知り合いでも友達でもない。そんな奴と一緒に住むなんて、どういう関係なんだよ?」

「恋人」

「へっ!」


 ダンが顔を真っ赤にし、くすぐったそうに体をもぞもぞ揺らした。


「こ、恋人? お前、恋人がいたのかよ!」

「そうだよぉー? いつも大切なお仕事してて、ダンが帰る頃にこの家に帰ってくるんだ」

「へぇー! だから今まで会ってなかったのか! ……あのさ」


 ダンがあたしの正面の椅子に座り、真剣な顔をして訊いてきた。


「その……どうやって、会ったの? 魔法使いに」

「おや? ひょっとして……ダン少年。お姉さんの過去に興味があるのかい?」

「だって、街に魔法使いなんていない。来るとしたら、カレウィダール王国からやってきた鼻を高くさせた生意気そうな魔法使い集団くらいなもんだ」

(……確かにそうかもね)

「なあ、話を聞くくらい良いだろ? どうやって……そんな関係になったんだよ?」

「よかろう! 聞くがいい! ダン少年! あたし達の惚気話を!」


 あたしが天井の紐を引っ張ると、イヴリンの魔力が反応した。壁紙が剥がれ、学院の壁紙と窓、割り箸で動くモブの生徒が現れる。


「あたしと彼女の出会いは三年前。王立学院での合同授業でのこと。当時あたしと結婚の約束をしていた彼と、彼女が、一戦を交えることになったの。彼女は当時から実力のある魔法使いだった。だから彼はあたしにお願いをしたの」

『俺が勝てるように仕向けてくれ。パレット』

「当時のあたしは彼のために、彼の魔力が倍増する薬を調合した。お陰で、彼女に劣らない魔力の多さを手に入れた彼は、彼女と互角に戦い合ったけれど、結果は魔力同士が爆発して、会場が使えなくなったので、引き分け。その時に彼を励まそうと近づいたあたしと……彼女の目が偶然あったのが、二人の出会い」

「彼女、婚約、あの、えーっと……質問が!」

「質問は後で! 大丈夫! メモしてくれたら後でまとめて答えるから!」


 真面目な顔で手を挙げたダンに紙とペンを渡すと、彼は躊躇なく書き始めた。

 Q.王立学院って貴族が行くところだろ? なんでそんなところにお前がいたんだ!?

 Q.他の魔法使いの婚約者がいたの!?

 Q.彼女ってどういうこと!?


「こういうことは長らく続いたの。当時の婚約者だった……Cとしましょう。このCは女性を見下す姿勢を取る殿方だった。でも、あたしもそういうものだと思ってた。男を立ててこそ、素晴らしい妻になると思い込んでた。……彼女……Iは、そんなCをよく思ってなかった。それが態度に出ていた。冷ややかな目で相手を見る彼女は、氷に咲く銀の薔薇。そんな風に呼ばれていた。出会った当初から……手に届かない高嶺の花……とても美しい人だった」


 ダンが質問メモに記入した。

 Q.実はパレットって、金持ちの娘だったりする?

 Q.Cは最低だ! 女を守れない男は、男じゃねえ! って、母ちゃんがよく父ちゃんに言ってる!


「友達になりたかったけど、Cが嫌な顔したから、あたしは近づけなかった。だから三年間、Iとは一度も話すことはなかった。何度かすれ違ったり、目を合わせたことはあったけれど、Cがとても不機嫌になるから、知らないふりしてた。クラスも違ったし、あたしもしなくてはいけない勉強が多かったから……関わる事なんて全くなかった」


 ダンがペンを走らせた。

 Q.パレットは魔法を使えないのに、何の勉強をしてたんだ?


 壁紙が剥がれた。部屋は舞踏会に変わった。


「さて、今から半年前のこと。学院の卒業パーティー。皆ドレスを着て、スーツを着て、沢山着飾って、三年間の学院生活に幕を閉じる大切な日。あたしはCから……婚約破棄を言い渡された」


 割り箸で動くクリス様と、エリと、あたしが現れる。


「彼女はE。三年生の年に転校してきた同級生。平民だったけど、とても巨大な魔力を持ってて、それが認められて転校してきた。Cは、貴族じゃない彼女に夢中になった。大人の言葉を使うと、CはEに浮気していたの。でも、今考えたら彼なりの初恋だったのかもしれない。そうとは知らず、あたしは献身的に彼のためになる調合薬を作るための研究を繰り返していた。CがEと良い感じになっているのを……、Eがなぜか……あたしに対する悪い噂を流していたのを……全く気付かず、あたしは調合や……合成や……錬金術を……永遠と……続けてた」


 そんな苦労が、全て水の泡となった卒業パーティー。


「なぜか、あたしは悪者になっていた。いつの話なのか、どこの話なのかわからないけれど、どうしてか、あたしはEをこの一年間、とても酷く虐めていた……と、言われたの。証拠もあるって言われた。あたしは何のことかわからなかった。だって、あたしがこの三年間、やり続けたのは人を虐める事ではなく、人の中にある小さな力を大きく引き出す薬を生み出す研究。調合。合成。錬金術。魔法が使えない分、あたしにはそれしかなかった。けれど、あたしは言い返すことはなかった。Cには何を言っても無駄だと思ったし、Cのために研究ばかりしていたから、友達も味方もいなかった。あたしはとんでもない悪女と呼ばれた。パーティー会場から追い出され……城下町にもいられなくなった」

『お前を国外に追放する!』

「そこに、たった一人だけ、味方がいたの。それがIだった」

『今宵、C様とパレット様との婚約は解消されました。どうぞ、後悔なさらぬように』

「彼女はあたしを連れ出し、ご実家のある国へ連れて行った。その間、Iはあたしの心の傷を全力で癒してくれたの。そしてあたし達は……晴れて恋人同士となった」

『父上、母上。パレット様と恋人になりました』

『おめでとう!』

『これで我が家は安泰よ!』

「ご両親はあたし達の関係を認めてくださり……Iは、もっと二人の時間を大切にしたいと……この土地を見つけてくれた」


 天井がぶら下がる紐を引っ張ると、全てが元通りになった。ダンが唖然とした。手を離すと、紐は天井へと上って、消えた。


「そして現在。とても充実した日々を過ごしてるよ。ああ……Iの帰りが待ち遠しい……。愛だけに……♡」

「質問タイムだ!」

「え!? こんな詳しく話したのに、質問があるの!? ダン、話ちゃんと聞いてた?」

「ちゃんと聞いてたから混乱してるんだよ!」


 ダンがメモを見せた。


「答えろ! 上から順番に!」


 あたしはメモを眺め、簡単に答えた。


 Q.王立学院って貴族が行くところだろ? なんでそんなところにお前がいたんだ!?


「元々貴族だったの。追放されたけど」

「お前、貴族だったのか! 爵位は!?」

「ご想像にお任せしまーす」

「……んだよ。そんな偉くない爵位かよ。隠すなよ。どうせお高く留まった男爵辺りだろ」

「次」


 Q.他の魔法使いの婚約者がいたの!?


「うん。いた。丁度ダンくらいの時に親同士が決めちゃったの」

「だけど、献身的だった?」

「あたしは好きだったもん。……初恋の相手だったから」

「パレットを見下して、他の女に行く男を?」

「それが彼の個性だと思ってたの。当時はね」


 Q.彼女ってどういうこと!?


「魔法使いさん、彼女はあたしと同じ女性だよ」

「女と女で付き合ってんの!? おえっ! 気持ち悪い!」

「……ダンは、魚に恋をする?」

「は? するわけねえじゃん」

「じゃあ、ミミズに恋をする?」

「絶対ない」

「じゃあ、人間には恋をする?」

「ああ、人間なら」

「あたしも人間に恋をしてるよ? どこが気持ち悪いの?」

「……ああ、確かに。……でも、……女と女で恋人って……変だ!」

「どうして変だと思うの?」

「……どうして……なんで、だろう? ……わかんない。……でも、……女と女の恋人って、見たことない」

「初めて見るんだね。よかった。ここにいるよ。新発見だね。ダンはまた一つ大人になったんじゃない?」

「……それもそうだな。初めてだから変だと思うのかも! 確かに言われてみれば、そういう人もいるんだと思う! わかった。俺、パレットで慣れるよ! お前のことは嫌いじゃないんだ! 俺を子ども扱いしないしさ!」


 Q.実はパレットって、金持ちの娘だったりする?


「貴族だからね。お金に困ったことはなかったかな」

「魔法使いも金持ち?」

「それがね、すごいんだよ。彼女は貴族で経営者なの。三割はご実家のやってた事業を継承したんだけど、残り七割は自分で始めて、大成功。それと土地も管理してるから、その土地で暮らす人たちの生活が少しでも良くなるために、毎日頑張ってるんだよ」

「……なんか……すげえな。魔法使いって……」

「……あんまり魔法関係ないけどね」


 Q.Cは最低だ! 女を守れない男は、男じゃねえ! って、母ちゃんがよく父ちゃんに言ってる!


「ありがとう。あたしもそう思う。ダンはCみたいな人にならないでね」

「ゴーゴーレンジャーのレッドがよく言ってるんだ。男は女を守るもの。そして、女は男を守るもの。互いに支え合って、やっと必殺技、ゴーゴービームが出せるんだ。これは絶対に欠けちゃいけないことなんだ」

「素晴らしい教えだね。それ、忘れちゃいけないよ」


 Q.パレットは魔法を使えないのに、何の勉強をしてたんだ?


「ダンス、マナー、王妃……貴婦人になるためのお勉強。それと調合、合成、錬金術。あたしは魔法が使えないから」

「Cって奴さ、毎回何かあるごとにパレットに頼んでたの?」

「そうだよ。彼、努力することが嫌いなの。汗を流すことって格好悪いことなんだって。……でもね、ダン。覚えておいて。男も女も、目標を達成するために汗を流す姿って、格好悪いを通り越して、物凄く格好良いんだよ。女の子にモテたくなったら、試してみて」


 メモをテーブルに置く。


「以上かな」

「お前さ……苦労してるんだな……」

「でもね、今の方が全然楽しいよ。貴族って……堅苦しい」

「そうだ。貴族なんてろくなもんじゃない。お堅い格好して、へんてこなダンスを踊るんだろ? 寒気してくるぜ! そんなところに行くくらいなら、俺はお前の調合見てる方がずっと楽しい!」


 ダンが椅子から下り、あたしの腕を引っ張った。


「今日も調合するんだろ? 手伝うから見せてくれよ!」

「あー、そうそう! 話が戻っちゃった! 魔法使いさんの部屋の構図を考えてたんだけど、全然良いのが思いつかないの。だから、資料が欲しくて」

「資料? 部屋の?」

「良い本知らない?」

「貸本屋のじいちゃんならなんか知ってるかも!」

「案内できる!?」

「あたぼうよ!」

「助かるぅー!」


 あたしとダンは、共に西の町へと向かうのだった。


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