第7話 マイ・ラバーズルーム(2)
あたし達が引っ越してきた土地の東西南北には、それぞれ町がある。
生活用品はどこで作ってる? この町の工場さ! 工場だらけの東の町。アーファ。
海が見える観光街。遊びに来るなら西の町。ルセ・ルート。
電気の町へようこそ! デジタルで埋め尽くされた南の町。T.Rデジタル。
大雪にご注意。ここはいつでも雪だらけの北の町。ロペ。
ダンは住んでいるルセ・ルートへあたしを案内した。馬車で通った時も思っていたけど、お店がとても多い町だ。せっかくなので売り場のものを見ていると、ダンに引っ張られた。
「おい、止まるなよ! 日が暮れちまうよ!」
(見たことのない素材が沢山……! これは半日潰せちゃうだろうなぁ……)
「ほら、あそこ!」
ダンが指を差した貸本屋には、全く客が入っておらず、萎びれた本ばかりが並んでいた。古びた本棚を眺め、軽く触れてみる。
(これ……老朽化が進んでる。シロアリにも食われてる。いつ崩れてもおかしくない……)
「じいちゃん! 客を連れてきたぜ!」
カウンター席に座り、パイプをふかせていた店主がダンを見て、顔をしかめる。
「客だって? こんな時代に貸本屋を使うのか?」
「部屋の本を探してるんだとさ!」
「部屋の本だと?」
「あの……」
あたしが声を出すと、店主があたしを見て……目を丸くした。
「こりゃまたべっぴんさんを連れてきたな。あんたどこから来たんだい?」
「東西南北の町の外れの土地に家を建てまして、最近引っ越してきたんです」
「ああ、街の連中が噂してたな。森の側だな? あんただったのか」
「パレットです」
「ジョーイだ」
店主と握手を交わし、本棚にしまわれた沢山の本を見回す。
「部屋のレイアウトに困ってまして、部屋の位置づけの本なんてありませんか?」
「位置づけだって? そんなもの、みんな置きたいところに置く。本なんてないさ」
「まあ、それは良くないですね。家具の配置によって生活の効率化も図れるし、何より自分のお部屋ですよ? 配置こそ慎重にしなければいけないのに……本がない? そんなことがありえるの?」
「現にないのだから仕方ないさ」
ジョーイがメモ用紙に何かを書き、あたしに渡した。
「レイアウトにこだわりたいなら、本よりも実物を見れば良い。この町にある宿屋の店主は皆友人だ。このメモを見せれば、何部屋か中を見せてくれるだろう」
「ええ! いいんですか!?」
「本がないのだから仕方ないさ」
「ありがとう! ジョーイさん! このお礼は……」
あたしは店内にある本棚を見回し、訊いた。
「店内にある本棚を新品に交換することでどうでしょう?」
「ははっ! 年季は入っているが、まだ使える。壊れるまで使うつもりさ」
「では、壊れたらまた伺います。もって……今週中かと」
ジョーイが瞬きしたところで、あたしはメモを持って歩きだす。
「ダン、宿屋に案内してくれる?」
「おう! ……じゃあな! じいちゃん!」
ジョーイが再びパイプを咥え……優しく本棚を撫でた。
(*'ω'*)
「ジョーイの頼みとなれば聞かないわけにはいかねえ。部屋を見るだけならどうぞ」
ジョーイのメモのお陰で、ルセ・ルートの宿の部屋を眺めることが出来た。店によって配置が違い、個性も違う。インテリアを見ると、宿の性格が現れているようで面白い。
(ここは机とベッドだけか)
(ほう。ここは収納が豪華)
(はー……枕いいねぇ……)
なるほど。大体わかった。やっぱり寝室の主役はベッドで間違いないとして、空いた空間をどう使うかで変わってくる。もちろんベッドだけの部屋にしてもいいだろうけど……それだと色々もったいない気がする。
(あ、そうだ)
「ここで最後か」
「ダン、お願いがあるんだけど」
「ん? なんだ?」
「ダンの部屋も見せてくれないかな?」
「え? 俺の部屋?」
町一番のパン屋、と書かれたドアをダンが開けた。中には数人の客がパンを選んでいる。カウンターからふくよかで気が強そうな女性が顔を覗かせた。
「いらっしゃいまー……」
「母ちゃんただいまー」
「ありゃ、なんだい。ダンじゃないかい。あんた、帰ってきたんなら店の手伝いしとくれ!」
「そういうわけにもいかないんだ。俺の部屋を見たいっていう客人がいるからさ!」
女性がダンの隣にいるあたしを見た途端、あたしは自ら女性の手を掴み、両手で握手をした。
「初めまして! 最近町の外れに引っ越してきた、パレットです!」
「町の外れ? ……ああ! ダンが最近ひっきりなしに遊びに行ってる家の人!? まあまあ! こんな綺麗なお嬢さんだったの!」
女性がダンにからかいの笑みを浮かべる。
「あんたも男だね」
「ちっげーよ! こんなブス興味ねーし!」
(男の子だなぁ)
「ヘレンよ! 四つの町が並ぶ国へようこそ!」
「昨日はパンをありがとうございました。とても美味しかった」
「うちは町一番のパン屋だからね! ぜひ食べたいのを買ってちょうだい!」
「ええ、帰りに早速買わせて頂きます!」
「パレット、俺の部屋見るんじゃねえのかよ!」
「それではまた後で!」
あたしとダンが店の奥へ歩いていくの見届けるヘレンが、小さく呟いた。
「隅に置けないじゃないのさ、ダン」
「俺の部屋、見て驚くなよ!」
ダンがドアを開けた。
「オープン!」
(わあ!)
壁側にベッド、本棚付き収納棚。机。クローゼット。茶色で統一。壁は緑。フローリングの地面には赤いカーペットが敷かれている。
(ゴーゴーレンジャーの武器のおもちゃがある。男の子だなぁ……)
「俺の部屋、すげえだろ!」
「コンパクトで無駄がない。家具をこの配置にしたご両親に感謝しないと駄目だよ?」
「物心ついた時からこの部屋だからな。気に入ってるんだ! 好きなものは全部棚に入ってる。片付けないと母ちゃんがうるさいからさ!」
(もちろん広さも違うし、家具を置ける量も違う。でも、とても参考になった)
「で? この後どうする? パンでも食べてく?」
「食べるパンを買って、魔法使いさんの部屋を考えるためにあの家に帰る」
「お勧めのパン教えてやるよ! ついてきて!」
ダンがあたしの手を引っ張り、再び店の方へと戻っていった。
(*'ω'*)
家に戻り次第、今まで見てきた部屋の記憶を整理させ、あたしは絵を書くことに集中する。パンを食べるダンがそれを眺めている。
まず、あたしは色を決めることにした。氷に咲く銀の花の部屋。白とグレーで固めよう。高級感があるし、グレーが混ざることによって、より白が落ち着いて見えるようになる。カーペットは黒。
それでは家具を配置していこう。主役はダブルベッド。ただのダブルベッドではない。天蓋付きダブルベッドだ。白いレースが重なり合ったフワフワしたものを、北側の壁沿い、真ん中に置く。隣の台にはランプ。ウォークインクローゼットはまた後で。ドレッサーと椅子はベッドの近く。夜に紅茶が飲めるようにテーブルとソファーも用意しておこう。
「構図完成!」
調合部屋で素材を見てみる。
「揃ってる! いける!」
「あれ、なんか素材なくなりそうとか昨日言ってなかった?」
「魔法使いさんが手配してくれたんだ。そうだ、ダンに手伝ってもらいたいんだけど!」
「おう! なんだ!?」
「キッチンの横に扉があると思うんだけど、その先に倉庫があるの! そこに木材がたーーーくさんあると思うから、いっぱい取ってきてもらっていいかな?」
「そういうことなら俺の出番だな! 任せろ!」
ダンが意気揚々と駆け出し、倉庫へ向かった。そこに詰められた木材を見て、思わず口を開けた。
「なんだこれ、すご……」
(よーし、ダンが木材を持ってくる間、準備を進めよう!)
イヴリンが手配してくれた素材を一つずつ鍋に入れ、素材を固めていく。色んな素材があるが、中でも【ファーの花の綿毛】は魅力的だ。
(これを鍋に入れて、魔力を調節……色味をつけて……)
あたしは魔法陣を描いた鍋の蓋に手のひらの熱を与えた。すると、鍋が震え、中から黒のカーペットが飛び出した。あたしの想いに反応した魔力が、二階の部屋までカーペットを運んでいく。
(壁紙!)
紙素材に色味をつけ、魔力を調整。魔法陣が難しい。しかし、あたしの脳に描いた壁紙が出来上がり、二階へ飛んでいく。そこへダンが戻ってきた。
「木材持ってきたぜ! まだ必要なら持ってきてやるよ!」
「ありがとう! ダン!」
それでは、主役のダブルベッドを作ろうではないか。
木材を大量に入れ、固め、大木材にしておく。これと色味剤を入れ、魔力を注ぐ。蓋の取っ手にベッド用の魔法陣を描き、手のひらの熱を与える。
「さあ、どうなるかな?」
鍋が震え、勢いよく物が飛び出した。流れ星のように二階へ飛んでいく。ダンがそれを追いかけ、イヴの部屋へ入った。そして、驚きの声をあげた。
「なんじゃこりゃー! すげーでっけーベッド!!」
あたしは更に素材を入れ、蜘蛛の糸の布でカーテンを作り、ポリの花でベッドシーツとマットレス、枕を作り、【ワタワタ鳥の羽】で掛け布団を作る。どんどん二階へ飛んでいき、勝手にベッドが組み立てられていく。それをダンが眺め、完成したベッドを見て――感銘を受けた。
「すげぇ……」
はっ! としたダンが一階に下りてきて、あたしに言った。
「パレット! あのベッド! 飛び込んでいい!?」
「駄目!」
「えー!」
「あたしのを作ったら飛び込んでいいから。あ、仮ベッドならいいよ。あれも結構ふわふわしてるから」
「なんだよ、あのベッド! まるで王様のベッドじゃねえか! カーテン付きで、でっかくて、なんかすげー寝心地良さそうだった!」
「へへーん! ポリの花すごいでしょ。あれ、本当に感触がいいんだよ」
「俺のベッドも作ってくれよ」
「ダンはもう持ってるでしょ?」
「チェッ!」
「よし、メインは完成。他もどんどん作っていくよ!」
あたしは素材を鍋へ入れ、イヴリンの部屋の家具を作っていった。
(*'ω'*)
馬車が止まる。そこからイヴリンが下りた。
「明日、また7時に迎えに来ます」
「ご苦労」
言えば馬車が去っていく。イヴリンは柵へ入り、魔力で鍵を解除し、家の扉を開けた。何やら、奥から煮込む音が聞こえる。そのままリビングへ入ると――キッチンで料理を作るあたしと目が合った。
「あ、イヴ、お帰りなさい!」
「ただいま。パレイ」
抱きしめようと近づいてきたイヴを慌てて止める。
「あ、ま、待って!」
「え?」
「洗い物してたら、エプロン濡れちゃって……!」
「なんだ、そんなこと。構わん」
イヴリンが濡れたエプロンを身に着けるあたしをきつく抱きしめ、唇を重ねられる。あわわわ……そんなことしたら……イヴまで濡れちゃうのに……もう……好き……♡
「……イヴ……♡」
「今夜はカレーか。美味しそうだ」
「うん♡ 狼のお肉がまだ残ってたから、入れてみたの。柔らかくしてるから、美味しいと思う!」
「楽しみだな」
「そうでしょ。ふふっ! でもね、……楽しみなのは料理だけじゃないよ?」
あたしは火を止め、鍋に蓋をし、イヴリンの手を握った。
「イヴ、部屋が完成したの」
「何? それは……わたくしの部屋か?」
「イヴ以外誰がいるの? ね、来て!」
心臓をドキドキさせながらイヴリンを二階へ連れて行く。扉の前で止まり、手を離す。
「さあ、どうぞ。イヴリン様」
イヴリンがクスッと笑い、扉を開けた。中が暗かったので壁の横にあるスイッチを押せば、壁に取り付けたランプが光り――イヴリンの部屋を照らした。
ホワイトとグレーで染められた壁。フローリングに唯一黒のカーペット。ふわふわのカーテン付きの白いベッド。グレーの掛け布団と枕。横にはランプを乗せた収納棚。白いドレッサー、紅茶を飲むためのテーブルとソファー椅子を二脚。シンプルですっきりした部屋。
「ウォークインクローゼットの中もね、整理したの。ほら、見て。硝子素材で靴のケースを作ってみたんだ」
「……」
「それとね、今度、別室にイヴのドレス用の部屋を作ろうと思うの。それなら着るものを置くにも困らないでしょ? イヴの仕事は、やっぱり見た目も大事だし……」
「……お前が……作ったのか?」
「もちろん!」
目をキラキラさせてイヴリンを見上げる。
「どう? ねえ、どう? 気に入った?」
「気に入るどころではない。わたくしは……これ以上の部屋を見つけることは、今後出来ないだろう」
イヴリンがあたしを抱きしめる。
「パレイ、お前は昔も今も……世界一の天才だ」
「むひひひ……♡ あ、ベッドも座ってみて! ポリの花を最大限に利用したの!」
イヴリンを引っ張り、ふかふかベッドに座ってみる。あー! 全く! ポリの花がいい仕事してるぅー!
「あー……いいわー……♡」
「よくこんなものが作れたな」
「元婚約者の為に学んだことが役に立ったよ」
「今夜はよりゆっくり眠れそうだ」
イヴリンがあたしの手を握り、向かい合う。
「ありがとう。パレイ。……わたくし好みの、理想をはるかに超えた最高の部屋だ」
「それなら良かった。……へへへ!」
「部屋だけじゃない。ここに来てから家事も全て任せきりだ」
「そんなことないよ! イヴだって食器洗ってくれてるじゃん! 疲れてるのに……」
「お前だって疲れているではないか。素材集めに行ったり、慣れない環境に身を置いて……」
「今までで一番楽しいよ」
「そう言ってくれるお前だから……わたくしはお前に恋をしたのだろう」
イヴリンの顔が近づいた。あたしは一瞬ドキッとして、すぐに瞼を閉じる。すると間もなく柔らかな唇が重なってきた。心臓がドキドキしている。体温がゆっくりと高くなっていく。イヴリンが離れ、あたしも瞼を上げる。冷たいと評判だった青みがかかる紫の瞳は、とても温かにあたしを見つめ、優しく頬に触れてくる。
「……顔が赤いぞ」
「……イヴのせいだよ」
「おお、そうだったか。……責任を取らないとな」
「え、――あっ」
押し倒された。
イヴリンが上からあたしを見下ろす。
髪の毛が垂れ、豊満な胸が体につき、――お互い、静かな呼吸を繰り返す。
しまった。なんということだ。イヴリンがあまりにも美しすぎるから、緊張で、好きで、震える心臓の音が聞こえてしまうかもしれない。
(あ……)
イヴリンが身を下ろし、あたしと再び唇を重ね合った。
(このキス……すごく優しい……)
イヴリンがジャケットを脱ぎ、首後ろのホックを外した。そして身を起こすと――その勢いで、ドレスを脱いだ。
「っ、イヴ、あの、……あっ、えっと、仮ベッド! あれはあたしが改良して使うから安心して!」
「ん。わかった」
「そ、それと……あの、お、お風呂! お湯! 沸いてるよ!」
「そうか。……後で一緒に入ろうか?」
「おひょっ♡! だ、か、カレーも、いい感じになってるかも! お腹すいたでしょ!」
イヴリンがあたしの服のボタンを外し始めた。
「あの、えっと、あの、あのっ、あの……!」
「一回だけだ。……駄目か?」
(……そんな顔されたら……断れないじゃん……♡)
あたしはとうとう観念した。
「い……一回、だけね……」
「ああ。一回だけ」
「疲れてないの?」
「わたくしの為に頑張ってくれるお前を見てたら、どこかに行ってしまった」
「んふふ! またまたぁ!」
イヴリンがきょとんとしてあたしを見つめた。……ああ、これ本当だ……。
「無理はしないでね……?」
「ああ、優しくする」
「あ、いや、あたしじゃなくて、イヴの負担が……あっ……♡」
「パレイ……」
「あの、部屋だけ、暗くしない? ね? 恥ずかしいから……」
イヴリンがパチンと指を鳴らすと、照明が落ちた。しかし、ベッドの横のランプだけはついている。
(あー。……魔力って、こういう時便利だなぁ……)
「パレイ、……別のことを考えるのは良いが、今はわたくしに集中してくれ」
(あ♡)
イヴリンが唇を塞いできたと同時に――あたしの手を強く握りしめた。
(*'ω'*)
貸本屋のジョーイが腰を叩いた。
「よし、店じまいだ。はぁ。疲れた疲れた」
ジョーイがいつものように店のシャッターを閉めると――店内から何かが崩れるような、ものすごい音が聞こえた。
「な、なんだ!?」
慌ててシャッターを開けて、中を確認すれば、唖然とした。劣化した本棚が崩れ、本が雪崩落ちていた。
「なんてこった! いやー、こいつは困ったな。今更新しいのを新調するのもな……」
その時――昼間にやってきた彼女の言葉を、なぜか思い出してしまった。
「……いんや、明日、大工に頼むか」
ジョーイが本を大切に拾い始めた。
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