第8話 レトロ・ブックレンタル(1)
麦わら帽子を被り、つなぎ服を着る。
(よし……!)
あたしは軍手をはめた。
「作業開始!」
レッツ! マイ・ガーデンを作ろう!
「草むしりがなんぼのもんじゃーい!」
こちとら元婚約者のために体力づくりに勤しんだ時期がある。この程度、なんてことはない! 草が終われば、土だ!
「土堀りじゃーい!」
クワで土を耕していく。はっ!
「石材ゲット! 草材ゲット! すごい! 土掘り最高じゃん!」
ここで沢山の薬草を育てて、お肌にいい化粧水や保温クリーム調合薬を作り出す。それを愛しのイヴリンに使ってもらって――喜んでもらうのだ!
――ありがとう。パレイ。お前は最高のパートナーだ。さあ……今夜もわたくしの胸においで……。
「なぁーんちゃって! なぁーんちゃって! あひゃひゃひゃ!」
「パレット、大変だー!」
「あれ? ダンの声が聞こえる」
「おーい! いないのかー!?」
庭から回って柵から玄関を覗くと、ダンがいる気配がした。
「パレットー!」
「ここだよ」
「うわぁ! びっくりした! ……なんだ、その格好」
「庭を作ってたんだ! 良かったら手伝ってくれない?」
柵のドアを開けると、ダンが寄って来た。
「庭作りよりも大変だよ。ジョーイじいちゃんの店の本棚が壊れちゃったんだ!」
「あー、やっぱり? 今週には崩れると思ってた」
「え、お前、そんなこともわかるのかよ!?」
「だって、白アリに色々食べられてたもん。それを放置してたから当然だよね」
あたしは笑みを浮かべ、柵のドアを閉めた。
「着替えてくるから待ってて。すぐ行くよ」
「おう!」
両剣と鞄を持ってルセ・ルートにある貸本屋に行くと、崩れた本棚が外に出され、店内を掃除するジョーイと――男がいた。何か、言い争っているようだ。
「あれ、嫌な予感。トラブルか?」
ダンが先に駆け出し、様子を見に行った。そこにはジョーイと大工の男が喧嘩のような会話を繰り広げていた。
「そう言うなって。ジョーイじいさん、俺がなんとかしてやるって言ってるだろ?」
「金に目が眩んだ腐った輩が! 失せろ! ここはお前のようなクズが来るところではないわ!」
ジョーイが裏から塩を取ってきて、男に向かって投げつけた。
「うわ!」
「帰れ! 失せろ!」
「親切心で言ってやったのに! わかったよ! どうせ後から助けに来るのが目に見える! けっ!」
男が帰ろうと振り返り、ダンを素通りし――迷うことなくあたしに近づいてきた。
「おっと、見ない顔だな。あんた誰だ?」
「え? あ……えっと、……初めまして! あたし、最近引っ越して来た者でして……」
男があたしの体をじろじろ見てきたことに気づいたダンが、あたしと男の間に割り込んで来た。
「よお! ライアン! 店の方は繁盛してる?」
「あ? お前に関係ねえだろ?」
「若いだけの女にナンパしてる暇があったらさ、仕事しなって。でないと、ジョーイじいちゃんにまた塩投げられちまうよ!」
「……けっ!」
ライアンと呼ばれた男が不満そうに去っていく。なんか目がいやらしかった。こわ。ダンがあたしに振り返る。
「あいつ、パレットみたいな若い女が好きなんだよ。気にすんな」
「魔法使いさんがいなくてよかった。ヤキモチ妬きだから」
「……お前のどこがいいんだろうな?」
「失礼な」
「ついでに教えておくよ。ライアンは若い女が好きな奴で、『その妹』もまた相当厄介で……」
「おい、騒ぐならよそでやれ」
顔を上げると、ジョーイが片手に塩を持ち、あたし達を見ていた。ダンが笑顔でジョーイに歩み寄る。
「じいちゃん! パレット連れて来たぜ!」
「こんにちは、ジョーイさん。昨日はありがとうございました」
「やれやれ……本当に連れてくるとは」
ジョーイが眼鏡をかけ直し、溜息を吐いてあたしに店内を見せた。
「あんたの言葉は正しかった。本棚は昨日の夜、シャッターを閉める揺れで壊れちまった」
「よほど大事に使われていたのでしょう」
「店を始めた時に友人に作ってもらった。友人は腕の立つ大工だったんだが、今や墓の下で酒を飲みまくってる」
「さっきの方は知り合いですか?」
「この村の奴らはみんな知り合いさ。だが、あいつは駄目だ。昔は真面目で誠実な奴だったが……今は金に目がないだけの、ただのクズだ」
(そうだよね。人それぞれ事情があるもんね。人間関係って大変だよね。わかるわかる)
「知り合いの大工に頼むにも、思いのほか金がかかるようでな。……あんた、本棚を新調してくれると言っていたな。あれは本当かい?」
「ええ。もちろんです。ちなみに、本棚は……」
店の横に倒れた本棚を指差す。
「あれ使いますか? それとも、まるっきり新しいのを用意しますか?」
「なんだい、嬢ちゃん。リフォームでもする気か?」
「ご希望であれば」
ジョーイがあたしの言葉に驚いた顔をした。
「出来るのか?」
「ご友人が作ってくれたものなんですよね? 全く同じ……とはいかなくても、合成術を使えば、元の形に近い状態に戻すことが出来るかもしれません」
「合成術だと?」
「そっか、パレット、合成術も出来るんだっけ!」
ダンが首を傾げた。
「合成術って何?」
「Aっていう物とBっていう素材を組み合わせて、Aをより強化することを、合成。それに魔力を使うことを、合成術というのだよ。理解できたかな? 少年」
「つまり、本棚に何か素材を組み合わせて、元の形に近い状態に戻す?」
「それと、せっかくだから壁紙と床も直しちゃったらどうかな?」
あたしは店内の壁と地面を眺める。
「壁はまだ丈夫だし、色褪せちゃってるだけなので、貼り替えれば綺麗になりますよ」
「言っとくが、金は大してないんだ」
「やだ。ジョーイさんったら、お金なんて物騒な。昨日のお礼ですよ。すごく助かったので!」
「いくらだ?」
「昨日いただいたので、追加分は求めません。それに……」
あたしは両手を握りしめた。
「本屋をレイアウトできるなんて素敵! こんな滅多にない機会を与えてくださったこと、心から感謝しますわ!」
よし、そうと決まれば!
あたしは拳を太陽に掲げた。
「素材を取りに行くぞぉー!」
「仕方ねぇな。パレット一人だと心配だから、俺がついていってやるよ」
「ジョーイさん、待っててくださいね!」
貴方が一人で守り抜いたこの貸本屋。
「必ず元に戻しましょう!」
「……はあ。わかった。嬢ちゃんに全部任せよう」
塩を片付けるため、ジョーイが店の奥へ入っていった。
(*'ω'*)
倉庫に素材を取りに行く中、ダンが訊いてきた。
「で? 今回はどんなレイアウトにするわけ?」
「あのお店の本棚、大きいのしかなかった。あれだとダンくらいの身長だと上まで届かない。踏み台もあったけど、子供はやっぱり届かない。だから、小さいのを追加で作ろうと思って」
「もうイメージついてるのかよ?」
「任せて。最高のレイアウトにしてみせるから」
家にあった大木材を大量に持っていき、魔力を数瓶持っていく。貸本屋に戻ってくると、地面に布を敷き、それに魔法陣を書いていく。
「今回は鍋の蓋じゃなくて、布に書くのか?」
「本当は台の上でやった方がいいんだけど、本棚が大きいから特別」
崩れた本棚を一つだけ、ダンと一緒に魔法陣の上に運ぶ。本棚の側には大木材を三つほど置き、魔力を垂らす。
「これでよし」
あたしは魔法陣に両方の手のひらの体温を与えた。
「合成」
あたしの体温が魔力を通し、魔法陣が発動した。紫色の光が木材と本棚を包み込むと、あっという間に――大木材と古い本棚が一つになり、綺麗な本棚が完成した。見ていたダンとジョーイが目を丸くする。
「すげー!」
「本当に合成しちまった……」
「ジョーイさん、どうですか?」
合成された本棚を見て――ジョーイが優しく本棚を撫でた。
「初めてこいつを見た時みたいだ。丈夫で……しっかりしていて……これ以上の本棚は無い」
「……じゃあ、残りも続けてやりましょうか!」
「俺も手伝う!」
残りの本棚を全て大木材と合成させ、以前よりも頑丈になった本棚が店の前に置かれていく。そしておまけで、店に敷かれていた絨毯とポリの花を合成。ほら見て、ふっかふか! 合成はこの程度で終わりだ。
「パレット! 家から使ってない鍋をもってきたぞ!」
「ありがとう! ダン!」
鍋の中へ直に魔法陣を書き、大木材を入れ、色素剤を入れ、魔力を入れる。布が蓋代わり。
「さあ、どうなるかな?」
鍋が揺れ、紫色の光に包まれる。そして、中から横に身長のある本棚が飛び出した。ダンが合成された本棚と、新しい本棚を見比べ、目を開かせた。
「すげー! 色が一緒!」
「まだまだ作るよ! ……素材足りるかな?」
更に追加で背の低い本棚と、縦長の椅子を二脚。そして壁紙を作り出す。道を歩く人々が何をしているのかと横目で見ながら通り過ぎていく。
ジョーイが長椅子を持ち、目を丸くさせた。
「なんだこの長椅子。とても軽い」
「中は空洞なんです! でも木材だから頑丈ですよ! 座るところはワタのクッションをつけてます」
「パレット、この壁紙どうやって貼り付けるんだー?」
「うふふ! 待って! 今やるから!」
ダンに手伝ってもらいながら壁紙を貼り替え、合成した絨毯を敷いていく。さあ、ここからだ。
「どうやって運ぼう? 流石にあたしとダンだけじゃ、本棚は運べないよね」
「任せとけ!」
ダンが走り出し、広場で休んでいた男達に声をかけ始めた。
「よお! バネス! ビネス! ボネス! 3人揃ってバビボ兄弟! 元気!?」
「ダンじゃねえか」
「子供は学校へ行ってろ」
「パンうめぇ」
「今ジョーイじいちゃんの店内を作り直してるんだ。本棚を運ぶの手伝ってくれねぇ?」
「ジョーイじいちゃんだと?」
「ジョーイじいちゃんには世話になってる!」
「仕方ねぇな。全く……」
三人の男達が腰を上げ、ダンに訊いた。
「本棚を運べば良いのか?」
「あらよっと!」
わあ! すごい! 軽々と本棚を持ってしまった! あたしは先回りし、男達に指示を出す。
「ここに置いてくださいな!」
「よいしょっと」
「それはそこ!」
「ここか? よいしょ」
「これは……ここへ!」
「こらしょっと! ……この店、こんなに広かったんだな」
「この小さい本棚はなんだ?」
「こんなのあったか?」
「ああ! それは真ん中にお願いします!」
「なんだ? この長椅子。座り心地が最高だ」
「それは店の外へお願いします!」
レイアウトが完成した店を見て、ジョーイが今までで一番大きく目を見開き、丸くさせた。
元々高級感のあった赤い絨毯。ログハウスのような茶色の壁。壁に重なるように貼り付けられた本棚。ただし、一つだけ。真ん中に背の低い、横長の本棚を二つ置いた。そして店の外には長椅子が二脚。晴れていれば、本を外で読める。
ジョーイがあたしに振り返った。
「どうしてわかったんだ」
「え?」
「どうして……長椅子が二脚だと、わかったんだ?」
「長椅子? ……ああ、いや、外に置いたら、すぐに本が読めて便利だなと思って……」
「50年前の形だ」
ジョーイが長椅子を撫でた。
「妻も、友人も生きていた……あの時の姿だ……」
綺麗に並べられた本棚と置かれた長椅子。ジョーイが眼鏡を外し、――少し、涙を拭い、眼鏡をかけ直した。
「最初の姿を再びこの目で見れることになるとは、思わなかった」
「……あの、一つだけ。店の中心に背の低い本棚を置かせてもらいました。ここには、絵本とかを置いてください。それなら子供が手に取れて、すぐに貸し出せます」
「ああ。これはとても便利な棚だ」
ジョーイが本棚を撫で、あたしを見た。
「正直……ここまでしてくれるとは思わなかった」
「ほんのお礼です。昨日、本当に助かったので」
「……少し待っとれ」
店の奥へ入ったジョーイが、しばらくして戻ってきた。袋をあたしに手渡す。
「報酬だ。受け取れ」
「報酬?」
中を覗き込むと――大量の金貨が入っていて、あたしは慌ててジョーイに袋を差し返した。
「ジョーイさん! 受け取れません!」
「嬢ちゃん。覚えておけ。働いた分、対価は発生する。金にしか興味のないクズに払う金はないが……真心を込めて誠実に働いた者に払う金は、いくらでもある」
ジョーイがあたしの両手に袋を持たせた。
「必要なことに使いなさい」
「……何と……お礼を言えばいいのか……」
「それは私の方だ。店をこんなに綺麗にしてもらって、本来ならもっと金が発生するところだ。ありがとうよ。嬢ちゃん。感謝している」
一連の流れを見ていたバビボ兄弟が涙を流したところで、時計台の鐘が鳴った。
「ああ、休憩が終わっちまった」
「現場に戻らないと」
「あれ……不思議だな……。とても晴れてるのに……頬が濡れてるぜ……!」
三人が戻っていく背中を見届け、ダンが振り返る。そこには、リフォームしたかと思うほど、綺麗になった貸本屋が建っていた。
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