第41話 グッバイ・ダーリン
その日、カレウィダールの城下町は大騒ぎとなった。
皆が捜し求めていた人物が見つかったと知らせが入ったのだ。
「陛下! パレット様が見つかりました!」
「今こちらに向かわれているとご連絡が!」
「直ちに準備をしろ! ああ、アルノルド! よくやった……! これで我が国は安泰だ!」
「パレット様が見つかったぞーーーー!!」
「……何?」
部屋に篭っていたクリスの耳にもその情報は入った。
「パレットが……パレットが帰ってきた……! はは……! そうだよな! お前は俺がいないと生きていけない女だもんな!!」
部屋に閉じ込められていたエリにもその情報は入った。
「パレット・ルルビアンボナトリス公爵令嬢が見つかったらしい。どんな女か一緒に見にいくぞ」
「チャンスだわ……! あのお人好し女なら、私のこの現状をなんとかしてくれる! はい! 主人様……! 一緒に行きます……!」
「ルイ! パレットが見つかったそうだ!」
「え!? お姉様、見つかっちゃったんですか!? あれまぁ!」
「パレット様が見つかったぞ!」
「パレット様! 無事を祈っておりました!」
「パレット様、万歳!」
大勢の人々に馬車が囲まれる。
大勢の人々からあたしの名前を呼ぶ声が聞こえる。
だが、あたしは反応しない。隣にいるイヴリンと手を握りしめ合い、気持ちを落ち着かせる。
「……怖いか?」
「緊張してる」
「言いたいことを言え。お前は何も間違っていない」
イヴリンがアルノルドを見た。
「そうでしょう? 殿下」
「パレットの身に何かあれば、俺も、俺を慕う騎士もいる。誰にも手出しはさせない」
アルノルドが頷いた。
「後悔のないようにな」
(*'ω'*)
多くの貴族が玉座の間に集まった。それはただ、噂となっていた行方不明の公爵令嬢を一目見にきた者もいれば、彼女の身を心から案じていた者もいた。
玉座の間で、アルノルドが跪いた。
「我らが国王陛下、ご機嫌麗しゅう」
「待っていたぞ。アルノルド」
国王が——その横を見た。
「よく戻った。パレット」
あたしは下げていた頭を、上に上げた。
「お久しぶりです。陛下」
「お前の身を心から案じていた。卒業パーティーでは……息子が……とんでもないことをした。心から詫びよう。申し訳なかった」
「陛下、あたしは謝罪が欲しいわけではございません。本日は交渉に参りました」
「交渉?」
「ええ。つきましては——大前提の話をします。カレウィダールや、世界各地で起きていた、ドラゴンの暴走と、キメラの凶暴化についてです。原因は——」
あたしが全てを説明すると、国王は目を丸くさせ、貴族達が声をひそめてざわついた。アルノルドが叫んだ。
「皆様、お静かに!」
「毒素がなくなったことで、キメラの凶暴化は抑えられ、子供が見つかったドラゴンは暴走を止めるでしょう。しかし、心の傷は深い。ましてや、魔法銃で撃たれ、この地に良い印象を持っていないドラゴンもいるはずです。ですので——」
交渉内容を伝えると、またしても貴族達が騒ぎ始めた。国王も、呆気にとられた様子で、しかし、なんとか言葉を出した。
「何を言い出すかと思えば……パレット」
国王が首を振った。
「そんなことせずとも、お前の居場所はこのカレウィダールだ。クリスからは王位継承権を剥奪させたが、お前は違う。ドラゴンやキメラ、この国にとってお前は必要な人間だ。ぜひ、アルノルドの王妃として、この国を守ってほしい」
「いいえ。陛下。あたしの居場所はここではありません」
「パレット」
「おじちゃん、お願い」
子供の頃の口調で話すと、国王が口を閉ざした。
「もう嫌なの。王妃とか、貴族とか。あたしは確かに理不尽にクリスに追放された。そのお陰で、自由な生き方を見つけてしまった。誰にも囚われず、好きなことをして、好きな人たちと共にして、それがとてつもなく楽しいことだということに気づいてしまった。だから……もう戻れない」
あたしは肩をすくませ、笑みを浮かべた。
「今が楽しいの。おじちゃん」
「……パレット……」
「あたしの泣き顔と、笑った顔、どっちが好き?」
「そりゃあ、お前が笑顔ならば、おじちゃまはどれだけいいか。王妃ならば、毎日が幸せだぞ?」
「いらないの」
「……」
「今が一番幸せ。だから……この話を呑んで欲しいんです」
国王が顔をしかめた。
「悪い話じゃない。むしろ、カレウィダールにとってはメリットだと思います」
「ふむ……だが……しかし……」
「あたしがそうしたいの。駄目?」
「お前はどうしてそんなに良い子なんだ。クリスは心底もったいないことをした。お前を王妃にできれば、国は安泰だったものを……」
「どけ! 邪魔だ!」
国王の言葉が怒鳴り声によって遮られた。振り返ると、兵を押しのける——やつれたクリスが入ってきた。
「パレット! ああ! よく戻ってきたな!」
あたしから笑みがなくなり、手は拳で握られた。
「俺が恋しくなって戻ってきたんだろ!? 仕方ないから、婚約破棄は取り下げてやろう!!」
あたしは彼に歩み寄った。
「しょうがないな! ほら、キスしてやるから大人しくし……」
クリスをぶん殴った。あたしの拳の威力で、クリスが壁まで飛ばされる。情けない悲鳴をあげ、地面に落ちる。
「は……は、はえ……?」
彼の側まで歩き、立ち止まるあたしを、クリスが見上げた。
「パレット……?」
「覚えてますか? クリス様。あたしと婚約が決まった時のこと」
「へ……?」
「お互いまだ10歳になりたてか、感情のままに動けていた子供の頃です。貴方は陛下からこう言われました」
「パレットが困っていたら、お前が助けてやるのだぞ」
「そんなの当たり前だよ!」
あたしの手を握りしめた貴方はこう言った。
「パレットが困ってたら、俺が助けてやるさ。王子様だからな!」
「あたしはその笑顔と言葉を信じてきた。貴方のためならば、どんなこともできると思ってた。貴方が喜んでくれるなら、それだけでよかった」
唖然とするクリスにとびっきりの笑顔を浮かべ、お辞儀をする。
「さようなら。クリス様」
どうぞ、
「お幸せに」
「……ま、待て、パレット、違う、違うんだ!」
あたしはクリスに背を向け、歩きだした。
「出来心! 魔が差しただけなんだ! もう裏切ったりしない! エリとは別れた! 安心しろ! お前は、俺のものだ!」
手を伸ばしたクリスの周りが凍りついた。ハッと息を呑むと——因縁の女が、彼を涼しい顔で見つめ——パレットの腰を掴んだ。
「行こう」
「お腹空いちゃった。イヴ、うちでご飯食べてこう?」
「待て! パレット! 俺のことが好きだろう!? パレット! 待て待て待て! 戻ってこいって!」
あたしはイヴリンと玉座の間から出ていった。
「パレットォオオオオオオオオオオ!!!!!」
——硬く、扉が閉められた。
思わず、腰が抜けてその場に座り込む。イヴリンが地面に膝を立て、あたしを抱きしめた。
「よく頑張った」
「……」
「ゆっくり、呼吸しろ。大丈夫。……側にいる」
「……イヴ……」
顔を近づけると、唇が重なった。ああ——愛おしい。これで心につっかかっていたものがなくなった。この身を全て——完全に——イヴリンに捧げることができる。
「愛してる……イヴ……」
「……わたくしはお前以上に愛してる。パレイ」
「……ふふっ、イヴったら……」
もう一度唇を重ねようとしたら——叫ばれた。
「異常者!!!!!」
あたしとイヴリンが驚いて、振り返る。その先に、クリスと同様、やつれたエリがフラフラと歩いてきた。
「見た! 見たわ!! あんた達、キスしてた! そういう趣味のお持ちだったのね!!」
イヴリンが立ち上がった。
「これを広められたくなければ、私のいうことを聞いて! いい!? まず私と結婚した男と私を引き剥がすの! パレットが色仕掛けすればいいわ! あの男、女なら誰でもい……」
——エリが凍りついて、その場から動けなくなった。イヴリンがゆっくり歩いてきて、口が凍った彼女に伝える。
「それ以上ふざけたことを抜かしてみろ。今以上の地獄を見せてやろう」
氷に咲く薔薇が、笑みを浮かべた。
「どうぞ、今の夫と永遠にお幸せに。エリ」
凍った彼女はその氷が溶けるまで何もできない。ただ、頭にあるのは——恐ろしい女の冷たい笑顔と、これからも続く性暴力の日々。
「——」
悲鳴をあげたいが、あげることはできない。今の彼女が凍っている。
「——」
パレットに助けを求めるが、冷たい女がパレットを連れていってしまった。もう自分を助けてくれる慈悲深いお人好しはどこにもいない。
「——」
エリは、頭の中で、絶望の悲鳴をあげるのだった。
(*'ω'*)
「イヴリン・ラ・アティカス公爵令嬢! 我が城へようこそ!」
お父様がイヴリンを笑顔で迎えた。
「パレットを守ってくださり、心から感謝している! 本当に、本当にありがとう! ああ! こちらはパレットの弟のルイだ! 顔は知ってるかな!? ほぉら! ルイ! 新しいお姉様だよ! ちゃんとご挨拶して!!」
「ご、ご無沙汰してます。イヴリン様。ようこそ我が家へ」
「どうぞ! ごゆっくりなさって! ああ、パレット! お前は自慢の娘だ! 愚かなバカ男を切り捨て、こんな素晴らしいお嬢さんを連れてくるなんて!!」
お父様があたしを抱きしめた。そこであたしをお父様に聞いた。
「お父様、怒ってない?」
「怒る? なぜ私が?」
「あたしが女性を愛してしまったから」
「何を言う! お父様だって、ルイだって、女性が大好きだ! お前が好きになったのが女性だからって、なぜ怒る必要がある!? 家族三人お揃いで、仲良しじゃないか!」
「お父様……」
「慣れない生活は苦労しただろう! ゆっくりしなさい! そして朝になったら、お前の行きたい場所へ行きなさい!」
「お父様大好き!」
「私もだよ! パレット! お前は我が家の誇りだ!!」
ルルビアンボナトリス家は、長女を守り抜いたイヴリンを大歓迎した。その日は見たことがないほどの高級な夕食会になり、ルルビアンボナトリス邸で一番贅沢な客室に案内したが——結局イヴリンは寝る前にあたしの部屋に訪問し——話し込んだら——色んなことが止まらなくなってしまって——気がついたら——一緒にベッドで眠っていた。
(イヴったら……♡ 今夜は一段と激しかった……♡ ぽっ……♡)
「……パレイ……」
「イヴ、まだ夜だから、寝てよ」
「ん……」
イヴリンと肌を重ねるのが好き。心が安心するから。イヴリンが優しくあたしの肩を撫でた。
「……体は大丈夫か?」
「途中バテちゃったけど、少し寝たら元気になったよ」
「ああ。……すごく可愛かった……」
「ぐふふふ♡」
「過去のつっかかりがなくなり、お前の全てがわたくしのものになった気分になり……少々興奮しすぎてしまった。すまない」
「イヴ……あたしも同じこと思ってた」
「ほう? また同じことを考えてしまっていたか」
「胸の奥底に存在してたクリスが、きちんと本人に別れを告げたことで、消えた気がしたの。やっと……何も気にせず、イヴの全部を愛せると思って」
イヴリンの胸に擦り寄る。えへへ、柔らかい。
「……昔は、もっと優しかったんだ。クリス。……ダンみたいだった」
「……全然違う」
「ううん。そっくりなの。行動とか、言動とか、クリスがあたしに言ってたことをダンは言って、クリスと正反対の行動を取る。……だからかな。ダンを見てると、あたしが好きだった頃のクリスを思い出して……側にいると安心した」
「……」
「だけど……この間、ダンが、クリスが絶対言わないことを言ったの」
「何?」
「調合を教えてくれって。学びたいって。それから、働くのが楽しいって。あれから……ダンが、本当に赤の他人の男の子に見えた。クリスじゃなくて……ダンに見えた」
「……」
「イヴ、前に、ダンを占ったことあったよね?」
イヴリンに顔を上げる。
「ダンは、本当に元気に走り回ってた?」
「わたくしは子供相手に嘘はつかない。……笑うお前の側で、走り回ってた」
「笑う……あたしの側で?」
「図鑑を持って、薬草を拾い、調合し、家具屋で客の相手をして、楽しそうに走り回ってた」
「家具屋」
「お前が店の話をした時は大層驚いた。そして、わたくしの魔法はとんでもない威力なんだと、改めて自覚した」
イヴリンの手が、優しくあたしの頭を撫でた。
「あいつはクリスじゃない。クリスはお前に不運を呼ぶが、ダンはお前に幸運を届ける」
「……」
「ああ、嫉妬してきた。このままではダンを凍らせてしまうかもしれない」
「……イヴったら……」
唇が重なれば、愛が重なる。
「あたしには、イヴだけだよ……? この先もずっと……」
「わたくしも、こんなに愛するのはお前だけだ」
「どうしてそんなに愛してくれるの?」
「お前が愛をくれるから」
「あたし、イヴに助けられてばかり。ね、どうやって返したらいい?」
「お前が笑顔でいてくれさえすれば、それでいい。パレイの笑顔がわたくしの幸せだ」
「イヴ……本当にすごいね、あたしも……」
イヴリンが起き上がった。
「同じこと考えてる」
数時間前と同じように、愛しい手が、重なり合った。
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