第23話 インテリア・ショップ(2)

 ぽんこつな家具だけが残された建物に、あたしとダンとエミーが集まる。


「ここで、家具屋をやります!」

「まさかとは思うけどさ、ここの代物を売るわけじゃねえだろ? こんな板と足だけくっつけたようなテーブルを売ってみろよ。翌日には大砲が撃たれるぜ」

「そうなの! だからエミーの考えたデザインにあたしが直して」

「売っていこうってことか!」

「ダン、話は最後まで聞こうね!」


 ダンが眉をひそめた。そういうことじゃないの? って顔だ。


「売っていきたいのは山々なんだけど、そもそも錬金術も合成術も完璧じゃない。必ず歪みが生まれる。売り物にするなら、それを調節してもらう人が必要なの」

「大工ってこと?」

「そういうこと! そこで!」

「まさか……!」


 エミーがぎょっと目を見開き、あたしを見た。


「兄さんのこと言ってる!?」

「何ー!?」


 ダンがぎょっとし、エミーが首を振り、あたしを止めに入った。


「やめておけ!」

「やめておきなさい!」

「完璧な家具を、ダンのお得意話術で売っていく!」

「こいつ、話すら聞いてねぇ! つーか、俺もやるのかよ!」

「しかもこの女! ウインクして可愛子ぶってやがる! けっ!! ……私から言ったのもあるけど、今はもう違う。兄さんはやめておきなさい。あんな性欲だけ強いろくでなし。今やっていけてるのが奇跡なんだから」

「ていうかさ、パレット、店やること、あのでかい姉ちゃんに言わなくていいのか?」

「今夜帰ってきてから言おうかなって」

「反対されたらどうするんだよ」

「もうメンバー集めちゃったって言う」

「お前なぁ」

「大体、店やるにしても、この建物代はどうするわけ? 管理費とか、家賃とか、どうするわけ?」

「それも相方に相談してみる」

「あんたの相方何者よ」

「魔法使いだよ。すげー背が高い姉ちゃんなんだ」

「魔法使いって言っても、金持ちとは限らないでしょ」

(公爵家の娘なんだよな……)

「とにかく、兄さんは駄目。反対。大工ならいくらでもいるわ。個人営業で家具のオーダーメードをしている大工を雇いましょ。その方が絶対に良い」

「うーん……」

「そんな不満そうな顔しないの!」


 エミーが立ち上がり、店の裏に回った。箒を持ってくる。


「話し合いはおしまいよ。ほら、ダン、店員なら掃除して!」

「まだ店やるって決まったわけじゃ!」

「うるさいわね! 決まってから動き出すなら、今のうちに掃除しておいた方がいいでしょ!」


 エミーがあたしに箒を差し出す。


「あんたが言い出しっぺなんだから、絶対なんとかするのよ! その相方にお金があるなら、いくらだって搾り取って、私のデザインした家具を売る最高の店を、一緒に作るんだからね!」

「……うん。相談してみる」


 一緒に作る、なんて、素敵な言葉が胸に響く。あたしは笑みを浮かべる。


「ありがとう。エミー」

「……っ、く、か、勘違いしないで! あんたの為じゃないから! 私の為だから! ここで私のデザインを認めさせるところから始めるの! 学校じゃなくてね!」

「だからそういうところだって、エミー」

「うるさいわね! ダンのくせに! あんた学校はどうしたのよ!」

(今夜、早速イヴに相談してみよう)


 時間をかけて話をしようとしていたのに――イヴリンがかなり遅くに帰って来た。とても疲れた表情で、今にも眠そうだ。


「イヴ! どうしたの?」

「仕事が多くてな。二時間後には出る」

「ご飯は?」

「食べてきた。……連絡できなくてすまない」

「ううん。いいの。イヴが無事なら……」


 イヴリンを優しく抱きしめる。


「お風呂入る? それとも寝る?」

「お前と話したい」

「駄目だよ。イヴ。休んで?」

「わたくしがなぜ帰って来たと思う? ……お前に会いたかったからだ」


 イヴリンがあたしを強く抱きしめる。


「パレイ……」

「……イヴ、ソファーで寝よっか。二時間後に、起こしてあげる」

「しかし……」

「膝枕してあげるから、ね? 来て」


 ソファーに座り、イヴリンを横にさせる。その上にシーツを被せる。


「話したいことはいっぱいあるけど、今は休んで?」

「ん……パレイ……」

「大丈夫。ゆっくり眠って」


 すぐに眠ってしまったイヴリンの頭を撫で、溜息を吐く。


(相談できないな。これ……)


 思った以上に忙しい時期らしい。この二時間で、どう話を切り出そうか考えてみる。


「イヴ! あたし、お店をやろうと思うの!」

「パレイ、調合は許したが、店をやるとは聞いてない。いくら欲しいんだ? 店なんかやらずとも……わたくしがお前にいくらでも渡してやる」


 ああ、駄目だ。


「イヴ! あたし、友達と一緒に家具屋をやろうと思うの!」

「知り合いを派遣しよう。そしたらお前が動かなくてもいいだろう?」


 どうしようかな。

 考えている間に、砂時計の砂が落ち切ってしまった。あたしは眠るイヴリンの肩を揺らす。


「イヴ……イヴ、二時間経ったよ?」

「……ん……はぁ……寝た気がしない……」


 イヴリンが目を覚まし、ゆっくりと起き上がる。


「行くか……」

「あの、……イヴ? 聞きたいことがあるの」

「ん、どうした……?」

「大丈夫。一分で終わるから。あの……友達がお店を開きたいらしいんだけど、そういうのって、役所で聞けば、色々教えてくれるんだよね?」

「……税務署だな」

「税務署?」

「開業届が必要になる。税務署に出さないといけないから、そこで聞けと、友達に伝えておけ」

「わかった。ありがとう」

「何屋だ?」

「家具屋さん!」


 ――イヴリンがはっきりした目であたしを見た。


「それ、本当に友達の話か?」

「馬車の音が聞こえた! イヴ、もう行かないと!」

「パレイ、わたくしはなんだかお前と話をしなければいけない気がしてきた。なんと言った? 開業? 家具屋をやる?」

「今のお仕事が終わったらちゃんと話すから!」

「パレイ!」


 イヴリンの唇に「ぶちゅぅぅううう」とキスをして、さっさと離れる。


「それじゃあね! 行ってらっしゃい!」

「パレ!」


 あたしはイヴリンを家から追い出し、ドアを閉めた。外からため息が聞こえ、離れたと思ったら――ドアの向こうから低い声が聞こえた。


「今夜帰ったら詳しく聞かせてもらうぞ。パレット」

「……」

「はあ。……ったく、なんだと言うのだ……」


 文句を言いながら歩いていくイヴリンの気配が遠くなっていく。あたしはズルズルと下に下がっていき――腰を抜かした。


(うおおおおおおお! こっわぁあああああ!!)


 体がブルブル震えている。


(イヴリン様の殺気ボイス、久しぶりに聞いたぁぁああ!)

「きゅー」


 顔を上げると、リビングからドラゴンが飛んできて、あたしの顔を見上げた。


「きゅー」

「……イヴがね、あたしが働くのを嫌がるの。そもそも、イヴ自身が、あまりあたしと人を会わせたくないみたい。あの子、ヤキモチ妬きだから」

「きゅー?」

「開業届は、ちゃんとイヴに話してからの方がいいね。さて……今夜はもう寝よう……」


 あたしはドラゴンを抱え、ソファーに横になり、一緒に眠ることにした。ドラゴンもあたしの寝顔を見て――大人しく腕の中に収まることにした。



(*'ω'*)



 とても不思議な夢を見た。

 これは夢だと自覚している夢だった。

 あたしは客観的にその夢を見ている。だけど、その世界はまさにあたしの理想とする世界であることは間違いなかった。


 木を擦る音。釘を打つ音。鉛筆が紙にこすられる音。顔を上げると、そこには沢山の家具が置かれ、ショーウインドウからは理想のショールームが見える。中にいるお客様に、ダンが案内している。どんな部屋にしたいのか聞き出して、間取図を用意して見せる。それでもイメージがつかなければ、モニターを用意して、マゴットが3D技術を使ってお客様に見せてみるの。もっとこういうデザインがいい、という要望があれば、それを聞いていたエミーが絵を描くの。その奥では、誰かが家具を作っている。あれは誰だろう。男の人だ。大工だろうか。あんなに真面目に仕事してくれるなら、あの家具を使う人は嬉しく思うだろうな。

 誰もが笑顔になるインテリア・ショップ。お客様が言った。


「インテリアについてご相談したいの。このお店に、インテリアコーディネーターはいませんか?」

「はい!」


 誰かが手を挙げて、返事をした。


「あたしです!」



(*'ω'*)



 電話の音が鳴っていることに気づき、あたしは起き上がった。腕にいたはずのドラゴンがいなくなり、テーブルの下で転がって遊んでいた。あたしは頭を掻き、のんびり移動して、受話器を手に持った。


「はい……こちら町はずれのお家……」

『パレット!』

「……ふわあ……エミー?」

『兄さんが大工クビになったの!』

「え?」


 喫茶店に行けば、目を真っ赤にさせたエミーが大荷物を持って待っていた。あたしは唖然として、正面の席に座る。


「どうしたの、エミー」

「私、もう家に帰らない」

「ずっと泣いてたの?」

「はあ!? 泣くわけないじゃない!」


 その瞬間、エミーの目から大量の涙が溢れだし、エミーが喫茶店のティッシュを遠慮なくつまんだ。マスターを見ると、マスターは新しいティッシュ箱を用意していた。あたしはもう一度視線をエミーに戻す。


「何があったか教えてくれる?」

「あの馬鹿が……昨日……金貸しの女に手を出して……ぐすっ……殴り合いになって……ぐすっ! 病院に搬送されて……!」

「大変だったね」

「それも一回じゃない。二回、三回、もう、何回も、繰り返して、ずっとお世話になってた大将さんも、もう面倒見切れないって……!」

「大丈夫だよ。エミー。あたしが側に居るから」

「あいつ、本当……どうしようもない……!」

「ご両親は?」

「父さんが……腰痛めてるのに仕事増やすからって……!」

「お母様は?」

「いない」


 エミーの涙が落ちていく。


「私が小さい時に……浮気してどっか行った……!」

「……そっか」

「ああ、最悪! あんたなんかに、泣き顔見せるなんて! 最悪すぎて吐きそう!」


 マスターがあたしの珈琲を持ってきた。静かに離れる。


「ぐすっ! ぐすん!」

「今、お兄さんどこにいるの?」

「病院……」

「わかった。……試したいことがあるんだけど」

「駄目よ。あの男、もう本当にただのクズになったのよ。このまま……死ねばいいのよ!」

「エミー」


 エミーが唇を噛み、拳を握る。あたしはその手を優しく握りしめる。


「昔は……誠実だったんでしょ?」

「……昔はね……」

「真面目な人だった」

「終わった話よ……」

「試し甲斐がある」


 俯き続けるエミーに伝える。


「エミー、少しだけお兄さんに実験台になってもらいたいの。一緒に来てくれない?」

「……どうせ行く当てもないもの。私……家には帰らないつもりだから……」

「とりあえず、荷物を置きに家まで行こっか」


 あたしがお金を置くと、マスターが手を差し出し、首を振った。


「今日は、サービスデーです」

「……ツケでお願いできますか?」

「サービスデーです」

「ああ、マスター。なんて優しい方。次回はちゃんと注文します」

「その子はうちのバイトなので」


 きょとんとし――眉を下げるマスターと――泣き続けるエミーを見て、納得する。


「今日は失礼します」

「よろしくお願いします」

「ぐすん! ぐすん!」

「エミー、行こう」


 一度家に戻り、あたしは調合部屋へ向かう。エミーが荷物を置き――ドラゴンを見た。ドラゴンがエミーの荷物を見ている。


「……何よ。あんた、このボールが欲しいの?」

「きゅ?」

「なんでこんなの持ってきたんだろ。……いいわ。あげる」

「きゅー!」

(確かここら辺に……)


 あたしはレシピ本をめくり、そのページを見つけた。


「あった。あった。材料は……うん。足りる」


 薬草を潰し、レシピ通りに組み合わせていく。素材が出来れば、それを鍋に入れ、イヴリンの魔力を注ぎ、鍋の蓋に魔法陣を書く。


「さあ、どうなるかな?」


 手のひらの体温を与えると、鍋が揺れ、緑色に輝き、部屋を包み込む。ピークが過ぎてどんどん輝きが消えていき、鍋の揺れが止まれば、蓋を開ける。


「うん。成功!」


 瓶に移し替え、部屋から出ると、エミーがドラゴンを抱っこし、じっと見ていた。


「あんたって、なんで生きてるの?」

「きゅ……」

「いいわよね。可愛い顔してれば可愛がってもらえるんだから。あんた、虐められたこともないんでしょ?」

「……」

「自由に空飛んで、気長に生きていけるんだから、羽が付いた動物はいいわよね……。ドラゴンか……。私もドラゴンだったら良かったのに……。家族仲もどうせいいんでしょ……」

(大変だ! エミーが闇堕ちしてる!)


 あたしは闇堕ちエミーから優しくドラゴンを奪い取る。


「エミー! ほら! 病院に連れてって!」

「はぁ……もう何もやる気出ない……」

「きゅ……」

「出かけるんだけど、君も行く?」


 ドラゴンがあたしをじっと見てきた。


「……行こうか」

「きゅ」

「でもその前に、小さくなる薬塗ろうね。でないと、君、元の大きさに戻っちゃう」


 準備を整え、闇堕ちエミーと病院への道へ歩いていく。学校が終わった時間なのか、鞄を持った子供達が歩いていた。


「この後どうする? サッカーに行く? それともゲーセン?」

「行くぜゴーゴーレンジャーごっこしようぜ!」

「賛成! 俺ブルー!」

「あ、俺がブルーやりたかったのに!」

「ダンはどうする?」

「今日、母ちゃんに家の手伝いするよう言われてるんだよ……」

「お前の母ちゃん強いからな……」

「同情するぜ……」

「ん?」


 ダンが闇堕ちエミーと歩くあたしと目が合った。リュックからドラゴンが顔を覗かせる。あたしが手を振ると、ダンが友達に振り返った。


「野暮用が出来た! じゃあな!」

「おう! また明日な!」

「ばいばーい!」


 笑顔のダンが走ってきたが、闇堕ちエミーを見て、ぎょっと表情を歪める。


「うわ! エミーが闇堕ちしてる!」

「はあ……」

「いつになく口答えしてこない! なんだよ! 槍でも降ってくるのか!? 怖い!」

「エミーのお兄さんがね、ちょっとやらかしちゃって」

「ああ、ライアンの話なら出回ってるぜ。あいつ、金貸しの女に手出して、大工クビになったんだろ? クラス中の噂になってた」

「私……もう表歩けない……」

「ダン!」

「仕方ねえだろ! ここは田舎だ! 近所の出来事なんか、すぐ広まる!」

「きゅ!」

「お! お前も来てたんだな! S.J!」

(うん?)


 ダンに首を傾げる。


「えす、じぇい?」

「こいつの名前だよ。いつまでもドラゴンだと可哀想だろ?」

「随分奇抜な名前だね」

「行くぜゴーゴーレンジャーにさ、すげえ強い奴がいて、レッド達に変な助言残したりする、なんかすげー変な敵だと思ってたら……実はそいつ、味方だったんだよ!」

「あー」

「そいつの名前がS.Jなんだ!」

「なるほどねー」

「そう! 今やレッドとS.Jが並んだら、負け知らず! だからこいつにその素晴らしい名前を与えてやったのさ! な、S.J!」

(子供の発想は豊かで面白いなぁ)


 ――闇堕ちエミーが、笑顔のダンを見て――呟いた。


「……ガキンチョは良いわよね……。現実が見えなくて……」

「病院へレッツゴー!」

「あ、待って! 俺も行く!」

「きゅー!」


 みんなで総合病院に行き、面会をお願いする。病室まで案内されると――看護師がすぐに病室から離れた。不思議そうに見るあたしに、エミーがだるそうに教えてくれた。


「看護師にもかなりのセクハラしてるの。モラハラ発言もね」

「……」

「本当に恥ずかしい」


 エミーがドアを開けた。病室に――包帯まみれのライアンが横になっていた。エミーを見て、舌打ちする。


「んだよ。お前かよ」

「ねえ、いつまでそんな態度でいるの? 恥ずかしくて仕方ない」

「うっせえな」


 エミーの後ろにいたあたしに気づき、ライアンが笑みを浮かべた。


「よお。あんたもいたのか」

「こんにちは」

「なあ、手でいいから俺のをしごいてくれないか? 今両手が使えなくてさ」

「最低」


 エミーがあたしの肩を掴んだ。


「パレット、もう出ましょう。あいつもう駄目なのよ」

「エミー」


 あたしは笑顔を向ける。


「大丈夫。見てて」


 あたしは瓶をライアンに見せた。


「これ、お見舞いの品です」

「なんだ、そいつは」


 ――その瞬間、あたしはライアンの顎を掴んだ。


「おい! 何しやが……」


 顎を上に上げ、無理矢理調合薬を飲ませる。


「ごぼ、ごぼぼぼ!」

「ぱ、パレット!?」


 エミーの声を無視し、ライアンが飲むまで調合薬の口の中に入れ続ける。顎が上に上がっているため、自然と薬は喉を通っていく。ライアンの口から薬が溢れるが、あたしは止めない。薬は注がれていく。ライアンがとうとう飲み込んだ。


 その瞬間――意識を飛ばす。








 ――ここはどこだ。


 ライアンが意識の中をさまよう。


 ――一体、何が起きてるんだ。


「母さん、どこ行くの?」


 ――あれは……!


 黙って出ていく母親の背中を見つめる自分と妹。母親は振り返ることなく、新しい男と共に行ってしまった。大泣きする妹を見て、ライアンはこう言った。


「エミー、大丈夫。母さんがいなくても、兄ちゃんがいれば、全部上手くいくから!」


 ライアンは思った。俺は確かに、妹にそんなことを言った気がする。

 そこから自分は、父親の手伝いをするようになった。家事は全て自分が引き受けた。父親は子供達のために仕事をして帰って来たので、ライアンは少しでも母親代わりになろうと努力をした。

 勉強は苦手だったが、妹に勉強を教える為、家事をしながら勉強も頑張った。


 彼は努力の人生を歩んでいた。

 しかし、そんな彼は、淫乱な母親が産んだ子供として、クラスの男子生徒から虐めを受けていた。反抗したら妹に手を出すと脅され、彼は怯えた。しかし、強い事こそ正義だと思った彼は、体を鍛え始めた。ある日、体育で虐めてきた奴らに反撃すると、虐めはあっけなく終わった。

 力こそ正義だと思った彼は、13歳の時にボールサークルに入った。とても充実した毎日だった。彼女もできた。もっと強くなりたくて、ボールと向き合った。その間も、もちろん、家事も、妹の世話も、忘れてはいなかった。

 周りからはこう言われていた。ライアンは素晴らしい男だと。チームのエースは、ライアンで確定だ。


 しかし、エースの座は金持ちの息子が取ってしまった。どんな努力をしようと、金好きの監督の前では、何の役にも立たなかった。


 ライアンは悟った。全ては金で、権力。努力は何の意味もない。

 そのタイミングで――恋人の浮気が発覚した。ほんの出来心だったと言い訳された。


 全てがバカバカしくなった。ライアンは全てに絶望してしまったのだ。

 もう、希望が見えなくなってしまったのだ。


「そうだ。俺は悪くない」


 周りが俺がを馬鹿にしたんだ。


「周りがもっと俺を認めていれば、今頃……」


 ライアンは素晴らしい男だ。


「そうだ、俺は偉いんだ!」


 当時の彼を知っていた大将が、ライアンを見放した。


「俺は……」


 今の自分が見える。中途半端な仕事をして、酒を飲んで、女の尻を求める毎日。


「俺……は……」


 どうしようもないのはわかっている。

 でもどうしようもないのだ。


 動けないのだ。


 もう、全て、嫌なのだ。








 ライアンが目を覚ました。

 目の前に――真っ赤な目で自分を見つめる、エミーがいた。

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