第24話 インテリア・ショップ(3)


「兄さん?」

「……うぐ……」

「ねえ、本当にやめてよ……! なんで心配ばかりかけるのよ!」


 ライアンが涙を溢れさせるエミーを見つめる。


「会社クビになって、これからどうするのよ……! 今までずっと、大将さんに面倒見てもらってたのに……!」

「……」

「とりあえず……怪我を治して……私も……ちゃんと働くから……学校も休むし……」

「……」

「私も甘えすぎてたから……兄さんは休んでていいから……」


 ライアンが目を閉じた。


「何とか言いなさいよ……!」


 黙るライアンに近づこうとしたダンの肩を掴み、首を振る。


「だけど」

「今日は帰ろう」

「え?」

「いいから」


 ダンと一緒に、病室を出ていく。


「二人きりにさせてあげよう」


 ドアを閉めた。



(*'ω'*)



 帰り道に、ダンが訊いてくる。


「何したの?」

「あれ、調合薬なんだけど、自分の過去を見れたりするの。忘れてることとか思い出せるから、多いのは、犯罪事件を目撃した人とかに使われたりする」

「なるほどな」

「ライアンさん、話を聞く限り、昔はすごく良い人だったって聞いたから……今の自分と過去の自分を見比べた時に、何か、思うことがあるんじゃないかなって思って」

「思ったって、時すでに遅しだ」

「遅くないよ」


 空き家になった家具屋の前で、足を止める。


「人はいつだってやり直せる。あたしはそれを見てきた」

「……ローラ先生もそう言うけどさ、俺みたいな若い奴だったらやり直しは効くよ。でも、大人ってどうなの? ライアンより年老いたおっちゃんとかさ、やり直せるの?」

「お爺さんだってやり直せるよ。その気になればね」

「ふーん」

「信じてないね。ダン」

「そんな奴見たことないからな」

「根性論ってあんまり好きじゃないけど、ダン、気力って、本当に大事なんだよ。その人の気合次第で、乗り越えられることも沢山あるの。例えば……」


 あたしは笑みを浮かべる。


「気合次第で、王妃様になるって言われてたお姫様が、平民になったりも出来るんだよ」

「それはねえよ」

「どうして?」

「だって、お姫様だろ? 貴族が平民の暮らしに、ついていけるわけねえ」

「どうかな? やる気次第では、気楽だなって思う人もいるかも」

「そんな人見たことねえ」

「……ダンは、意外と器が小さいね」

「俺はビッグだよ! 夢を持つ正義の味方だ!」

「だったら、自分の見たことだけに固執しないで、色んな人を受け入れてあげて。ダンが想像できないような考えを持ってる人は、沢山いるんだよ?」

「なんか難しいな」

「簡単だよ。受け入れるだけなんだから」


 リュックの中で、S.Jが欠伸をした。


「ヘレンさんのパンを買って帰ろうかな!」

「あ! やっべ! 今日店の手伝いしろって言われてたのに、忘れてた!」

「あたしが連れ回したことにしていいよ」

「正義の味方は言い訳しないんだ! ……ちょっと使っていい?」

「どうぞ」

「母ちゃんの鉄拳痛いんだよなぁ」


 夕日はどんどん山へ隠れていく。



(*'ω'*)



 イヴリンは今日も家に帰れないらしい。なので、


「ホテルでお待ちしてます。パレット様、どうぞ馬車にお乗りください」

(そうくるかぁー!)


 馬車移動3時間。着いたのは一年中雪が降り続ける北の町、ロペだった。ホテルに着き次第、髪型とメイクをされ、美しいドレスに着替えさせられ、貸し切り状態のレストランで二人きりにされる。


「悪いな。突然呼び出してしまって」

「ううん! イヴ、ロペで仕事してたんだね! ロペは来たことなかったから、観光して帰ろうかな! なんて!」

「ああ、ここも良い街だが、お前の言ってた通り、古い情報が出回ってた。学校、特に医療関係施設に、新しいデータを渡し、急いで情報を共有してもらってるところだ」

「ああ、そうなんだ。役に立てたみたいで良かった!」

「ああ。とても役に立ってる」

「そっかそっか」

「「……」」


 高級ディナーが運ばれた。何も言わず、スタッフが去っていく。また二人きりにされる。


「氷点下の町にしかない種とかも置いてるかも。お勧めのお店とかある? イヴ」

「昨晩話してた話だが」

「えっとねー……」

「詳しく聞かせてもらおう」


 イヴリンは笑顔だ。


「家具屋の話だ」

「……。前の家具屋がぼったくり店だったのは耳に入ってる?」

「領主が調査していた。あそこは元々潰すつもりだったが、証拠を集めた上で言い逃れ出来ない状態にしてから行くつもりだった……そうだ」

「うん。でも……先に住民達が手を出してしまった」

「お咎めはなかったらしいがな」

「それで……つまり、ルセ・ルートには家具屋がなくなってしまった」

「いずれ誰かが始めるさ」

「そう、誰かが始めないと、家具が壊れた時に、みんな困ってしまう。だから……!」

「お前が気にすることじゃない」

「……やっぱり」


 首を傾げる。


「駄目?」

「やはりお前の話だったか。下手な嘘などつきおって」

「だって、絶対イヴ許してくれないじゃん!」

「客がお前に惚れたらどうする!」

「断るもん!」

「駄目だ。わたくしがいないところで、お前が、赤の他人に……いやらしい目で見られたらと思うと、仕事が手に着かなくなる」

「考えすぎだよ! イヴ! ただ……家具屋をやるって言ってるだけじゃん!」

「それだけじゃない」

「何?」

「カレウィダールの連中の耳に、お前がここにいることを知られる」


 あたしはむすっとして――目を逸らす。


「カレウィダールからは出てるし、約束は守ってる」

「迎えに来たらどうする」

「……ないでしょ」

「アルノルドが動いてる。お前を捜してる」

「え」


 これには――驚きを隠せなかった。


「アルノルド様が……?」

「よっぽど困ってるようだな」

「……」

「パレイ、同情は禁物だ。奴らはお前を見捨てた。ずっと努力し、国を支えていたお前を……奴らは簡単に手放してしまった」


 イヴリンがあたしを見つめる。


「お前を守ることが、わたくしの役目だ。二度とお前に、あんな苦しみを与えないと決めた。奴らに連れ戻されるくらいなら、わたくしは鬼にだってなれる。パレイ」

「……うん。手放された哀しみを知ってるから……あたし、家具屋をやらないわけにはいかない」

「パレイ?」

「イヴ、絶対イヴのいうこと聞く。イヴが身を隠せって言うなら、あたしそうする。だから……お願い」


 真剣にイヴに懇願する。


「お店やらせて……?」

「……そんな目で見てくれるな」

「大丈夫。接客ならダンがやってくれる」

「あいつは学生だろう。あいつが学校に行ってる間は?」

「エミーが……あ、でも……エミーも学校があるか……」

「……」

「わかった。良い人見つけるから……」

「経営に詳しい奴を捜せ」


 きょとんと瞬きする。


「見つからなければこの話は白紙だ」

「見つかれば……いいの?」

「見つかればな」

「……わかった。捜してみる」

「三日以内だ」

「え!?」


 あたしは目を丸くし、イヴリンを見つめる。


「三日以内なんて、無理だよ!」

「だったら諦めろ」

「イヴぅ!」

「わたくしの言うことを聞いてくれるんだろ?」


 艶然と笑い、イヴリンが肉をフォークで刺した。


「三日間、わたくしはロペから動けないんだ。四日目の朝には戻る。それまでに」

「鬼畜すぎない?」

「言っただろ? ……お前を守る為なら、わたくしは鬼にもなれる」

「……そんな目で見てこないでよ……。また好きになっちゃうじゃん……」

「ああ。わたくしも……反抗心むき出しなお前を見て、惚れ直してしまったようだ。お前を虐めたくて仕方がない」

「……わかった」


 三日が勝負だ。


「帰り次第捜してみる」

「今夜は泊まっていけ」

「帰ります! ここ片道3時間もかかるんだよ!?」

「つれないな」

「……あまり無理しないでね?」

「ああ。ありがとう」

「……へへ……♡」


 あたしの頬がでれんでれんに緩む頃、病院では、ライアンがじっと、窓から見える夜空を眺めていた。


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