第25話 ビジネス・マネジメント(1)
家具屋をやるために、三日以内に経営について詳しい人を見つけなければいけない。
「情報収集だ! お留守番頼むね! S.J!」
「きゅー!」
しかし、これを伝えた途端、エミーにしかめ面をされた。
「家具屋の経営について詳しい人ってこと? どうやって捜すの? この町には、家具屋を経営しようとして出ていった人たちばかりなのに?」
「……マスター!」
あたしは訊いてみた。
「経営ってどうやるんですか!?」
「大事になのは、マーケティング力ですかね」
「へえ! マーケティング! ……エミー、わかる!?」
「駄目だ。こりゃ」
エミーが頭を抱えた。
(*'ω'*)
「というわけでね、エミーでもわからないみたいだから、勉強にしに来たの」
「あのさあ、子供のための学校でそんな難しい事習うと思う?」
ダンが呆れた目であたしを見てきた。
「もう帰れよ! こっちは席替えで忙しいんだよ!」
「くじ引くぞー!」
「はあ……」
マリアが小さな手を握りしめた。
「ダンと隣になれますように……!」
(三日以内に経営について詳しい人……。お店の店長さんに聞けば誰かしら力になってくれるかなぁ?)
「はい! じゃあくじ見せて!」
「ん!」
「ダン、窓際!」
「よっしゃ!」
「マリアはその隣!」
――隣同士になったマリアとダンが、無言になった。ダンは汗をかき、マリアは頬を赤らめて黙り込む。ああ、若い子って素晴らしいな! 初心だな!
「ねえ、マリア、経営について詳しい人知らない?」
「経営ってなーに?」
「お店をやりたいんだけど、お店について詳しく知ってる人」
「んー……ごめんね。わかんない」
「そっかぁ。そうだよねぇ」
「あ!」
ダンがあたしを見た。
「母ちゃんに訊いてみたら?」
「ヘレンさん?」
「うん。母ちゃんだって、一応店やってるわけだし!」
「……確かに!」
あたしは立ち上がった。
「行ってみるよ!」
「学校終わったら、俺も手伝うから!」
「ありがとう! でもとりあえず、あたしが出来る限りやってみるから、ダンは学校に集中して! じゃあね!」
教室から飛び出すと、ローラにぶつかった。
「うわあ! ごめんね! ローラ!」
「パレット、廊下は走っちゃ駄目よ!」
「ひぇえ!」
「……ダン」
マリアが訊いてきた。
「お店やるの?」
「うーん。まだわかんないんだけど……」
ダンが眉をひそめる。
「経営に詳しい人な……」
(*'ω'*)
「え? 家具屋をやる!?」
レジカウンターの中にいるヘレンが驚いてあたしを見る。
「経営について詳しい人を捜してて!」
「うちは婆ちゃんの時代からやってるからね、見様見真似みたいなものだから……そもそもお店って、売り物が良ければ回るものだよ。あんたなら信頼できるし、客もつくって!」
「いや、でも、詳しい人を……」
「ヘレンさん」
「あら、いらっしゃい! ごめんね、お客さんがきたから」
「ああ……はい……」
パン屋から出て――あたしは更に決意を固める。
(大丈夫! 誰かいるって! お店を一軒一軒回れば!)
「え? 経営について詳しい人? 客を集めたら、店は自然と回る」
「ここは田舎だからね。チラシを配ればいいんじゃないかい?」
「家具屋だって? またぼったくるんじゃないだろうね?」
「知らん」
「そうそう。わしも若い頃は営業に走ったものじゃ。だが親方に……」
ジョーイが真っ白になって本を読むあたしを見た。
「また何か探してんのか?」
「経営について詳しい人を……お店をやりたいんですけど……一緒に暮らしてる人が……経営について詳しい人を見つけたら……許可するって……」
「許可がないとやってはいけないのか?」
「相手に対して裏切る行為になるので……」
「ふむ……」
「でも、絶対に繁盛する気がするんです。エミーってわかります?」
「あの絵下手娘か?」
「あの子のデザインはすごいですよ。研究家だし、勉強家。絶対お客さんの求める家具をデザインしてくれる。ダンは話し上手だし、でも……相方の許可がないと……」
あたしはちらっと、ジョーイを見つめる。
「ジョーイさん」
「店というのは商品を売る場所だ。客足が途絶えないようにするために工夫する。これしか知らん」
「経営に詳しいって何!? イヴ! どんな人を求めてるの!?」
あたしは真っ白になって長椅子に寝そべる。
「三日以内に見つけないといけないんです……。三日以内に……」
「まだ時間があるなら、諦めるな。経営は、気合と根性だ」
「頑張ります……」
「お茶でも飲んでいけ」
「ああ、ジョーイさん、ありがとうございます……!」
それからあたしはルセ・ルート中を回り、経営に詳しい人について探し回った。しかし――該当する人はいなかった。
みんな自分の店は経営しているものの、家具屋となると、やったことがないのだ。だから、声をかけても、NOを言われてしまう。
「時間って早いなぁ……」
庭で、青い空を眺める。
「三日間……結局何もできなかった……」
「おーい、パレット! パン持ってきてやったぞ!」
「マスターが珈琲豆もっていけって!」
「どうしよう……イヴになんて言おう……どうしよう……」
ドアを開け、二人を中に入れる。すかさずダンがS.Jを抱っこし、リビングのソファーに座る。
「あたし考えたの。もうこうなったら相方に色仕掛けしようと思って」
「あのでかい姉ちゃん、それで何とかなるの?」
「どうだろ……」
「もうこの際、勝手に始めちゃえば?」
「それは駄目」
あたしはお菓子を皿に入れ、テーブルに置く。
「今までお金を出してくれてたのは相方なの。生活費も、この家も。許可が下りれば、家賃問題も解決する」
「スポンサーがいないと動けない」
「そういうこと」
「スポンサーって何?」
「お金を出してくれる人のことよ。そんなことも知らないの? これだからガキは」
「うるせえな」
「経営者はいっぱいいるけど、家具屋はしたことがないから力になれない。八方塞がりだよ」
あたしは前のめりになって、二人に訊く。
「ちなみに訊きたいんだ。もし……お店をやることになったら」
エミーを見る。
「エミーはやってくれる?」
「デザインならね」
ダンを見る。
「ダンはやってくれるよね?」
「勝手に決めるなよ」
「駄目?」
「……いいよ。面白そうだし!」
「んー」
やる気はあるのだ。メンバーは揃ってるのだ。
「こうなったら……イヴをなんとか説得して……」
――その瞬間、ドクン、と心臓が揺れた気がした。ダンが瞬きする。エミーがきょとんとする。
「パレット?」
(……何? 血が騒いでる)
あたしは辺りを見回す。
(近くで……魔力が動いてる)
「パレット、どうかしたのか?」
「何か飲む?」
「いや……なんか……」
足音が近づく。
「近くに……魔力が……」
――ドアが叩かれた。ダンが振り返った。
「出てやるからここにいろよ」
「あんた、疲れてるんじゃないの?」
(イヴの魔力じゃない。これは……)
「はいはい! 今出ますよー! っと」
ダンが玄関に向かい、ドアを開ける。そこには――美しい少年が立っていた。
思わず、ダンが固まった。緑色の瞳が、ダンを見つめる。
「突然すみません。この家の方ですか?」
「え、あ、いや……」
「姉を捜しているんです。占いで、この家に気配があると出て……」
「あ、姉?」
(ん? この声……!)
あたしは慌てて走り出した。エミーが驚きの声をあげる。
「パレット!?」
「え!?」
美しい少年がダンの後方を覗いた。ダンが振り返る。あたしがリビングから飛び出し、客人を確認した。
「――ルイ!?」
「姉様!」
ルイがダンを避けて駆け出し、唖然とするダンの前で――あたしを強く抱きしめた。
「ああ、パレット姉様! ようやく見つけました! 随分と捜したんですよ!」
「どうしてここに……」
「酷い格好だ! まるで召使いのよう!」
ルイが指を鳴らすと、馬車から下りてきたメイド達が駆けだした。
「姉様に着替えを!」
「いや、あの、これ普段着……うぎゃあ!」
エミーとダンが唖然とする。あたしは強制的に、ルルビアンボナトリス公爵令嬢に戻されてしまった。
「姉様、僕、姉様を連れ戻しに来たんです」
「ルイ、あのね」
「今、カレウィダールがどうなってるかご存じですか? 姉様がいなくなってから、動物達は大暴れです。そもそも、お父様も僕も、姉様が悪いことをしたなんて思ってません。クリス殿下が許可なく勝手に姉様を追い出してしまった。これは、絶対に許される事じゃない!」
「ルイー?」
「帰りましょう! 姉様!」
翡翠の瞳がいっぱいに輝く。
「みんな、姉様を待ってます!」
「帰れない」
「帰れます!」
「あたし、ここで新生活を始めたの。もう二度とカレウィダールには戻らない」
ルイがぽかんと口を開けた。そこで、ダンが話の中に入った。
「ちょ、ちょっと待てよ。お前、カレウィダールから来たのか?」
「ダン、詳しい説明、後で良い?」
「いや、他所から来た貴族とは聞いてたけどさ……」
「え!?」
エミーがぎょっとした。
「貴族なの!?」
「エミー、後でちゃんと説明する」
「姉様! なぜですか!」
「だから……あー……わかった! 全員座って! 一から説明する! でもこのこと、絶対極秘で! 特にダン!」
「俺!?」
二時間後、説明を全てし終えたあたしは水を飲み、エミーが愕然とし、ダンが青い顔をし、ルイが涙を浮かべた。
「なんてことだ! 可哀想な姉様!」
「王妃候補……あのクリス殿下の……元婚約者……!?」
「公爵家の娘……パレットが……!?」
「けれど、イヴリン様には感謝しなきゃいけない。姉様をずっと守ってくださっていたなんて……!」
ルイがあたしの手を握りしめた。
「ごめんなさい、姉様! 僕がもっと、早く動いていたら……!」
「とにかく、ここでの暮らしがあるし、気に入ってるの。今更カレウィダールに戻ったって、あたしにやれることはない。アルノルド様がきっと何とかしてくれるから」
「ですが、姉様!」
「時代は新しくなる。あたしの力は不要」
優しくルイを抱きしめる。
「でも、会えて嬉しかったよ。ルイ」
「姉様……」
「お父様にも伝えて? パレットは元気でしたよ。幸せに……大好きな人と暮らしてるって」
「このまま……僕、帰れません!」
ルイがあたしを見つめてくる。
「僕が姉様のために出来る事はありませんか!?」
「んー……」
「何でもいいんです!」
「イヴが全部やってくれるからな……」
「何でもいいんです!!」
「だったらパレット、そいつに経営について詳しい人を紹介してもらえば?」
「経営について詳しい人?」
ダンの言葉に、ルイが聞き返した。
「姉様、経営を始めるのですか?」
「家具屋をね。じゃないと、西の町に家具屋がなくなっちゃうの。でも、ほら、あたしは一応追放されてる身で……ルイみたいに、あたしを連れ戻そうとする人がいるかもしれないでしょ? イヴはあたしを守るために、人と会うお店をあまりやらせたくないみたいなの」
「接客は俺がやるからって言った?」
「ダンには学校があるでしょ?」
「サボる!」
「駄目! ダンは学校が本職!」
「んだよ! それ!」
「それで、経営に詳しい人を見つけて、あたしが隠れてても、上手くお店を回せるようにするのであれば、許可を出すって言ってくれた」
「なるほどですね!」
エミーが足を組み直した。
「そういうことだったのね……」
「ルイ、誰かいないかな?」
「います!」
「「え!?」」
あたしと、ダンと、エミーの声が重なった。
「誰なの!?」
「僕です!!」
ダンとエミーが脱力した。あたしは苦く笑う。
「ルイー?」
「姉様が学校で勉強している間、僕は経営について学んでました! 今では、50社以上の店を任されてます!」
「「はあ!?」」
「何それ、聞いてないんだけど!」
「姉様が聞いてなくとも、事実です!」
「お父様、何やってるの!?」
「僕に任せれば、売り上げは右肩上がりです! 家具屋だって、なんてことありません!」
ルイが胸を叩いた。
「経営コンサルなら、僕にお任せを!」
「パレット、こいつ何歳?」
「12歳……」
「俺の2歳年上か……」
「貴族の息子ってみんなこうなの?」
「いや、違うと思う……」
「僕、イヴリン様に交渉してみます! いつ帰ってきますか!?」
「明日の朝……」
「わかりました!」
ルイが指を鳴らすと、馬車からメイド達が下りてきて、あたしとルイの服装を平民の服に着替えさせた。そうして、馬車は颯爽と帰っていった。
「イヴリン様に会うために、今日はここに泊まります! 大丈夫! 僕は姉様の為なら、平民の暮らしだって出来ますから!」
(イヴの引き攣る顔が頭に浮かぶ……)
「パレット、弟を泊めるなら、客室くらい用意したらどうだ?」
「あ、確かに」
あたしは二階に行き、空き室を確認する。
「使わないと思ってたけど、ダンやエミーも泊まることがあるかもしれないし、一つくらい作ってても問題ないか」
あたしはエミーに振り返った。
「エミー、客室……」
「イメージを教えて。でないと、私も考えられないから」
「ありがとう、エミー……」
「やめて。そんな目で見てこないで。あんたの目は眩しいのよ。緑を見るとストレス解消するって聞くけど、あんたのはストレス倍増よ。いいわ。客室なら前に学校で勉強したの。一般的に多い形が……」
あたしとエミーが会話する間、残されたダンとS.J。その前に、ルイが立った。
「改めて、僕はルイ。よろしくね!」
「……ああ……俺は、ダン……」
「ダン君! ダン君って言うんだね! とってもいい名前だね!」
「おい、S.J……。なんか……惚気話するパレットを思い出すぜ……」
「きゅう……」
「同性同士、仲良くしようよ! 手始めに、君、勉強は好き!? 僕は、算数が好きなんだ! 計算って面白いよね!」
「駄目だ……。俺……こいつ苦手だ……」
「きゅう……」
ダンが青い顔で、S.Jを抱きしめた。
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