第26話 ビジネス・マネジメント(2)

 エミーがあたしに提案する。


「客室って、いわゆる、宿泊する人の部屋よ。住むわけじゃない。だから、シンプルで良いと思う。寝るところがあって、荷物を置くところがあって、とにかく、くつろげるプライベート空間」

「寮みたいな感じで良いかな」

「そうね。その方が案外楽かも」

「ベッドでしょ? 机でしょ? 棚……そうだ。ラックが良い」

「ラック?」

「荷物を広げられるラック。服をハンガーで干したり、でも棚もあったり、一つあればすごく助かるラック……とか、何かない?」

「ラックねえ」


 エミーがひらめく。


「ちょっと待ってて」


 スケッチブックに鉛筆を滑らせていく。あたしはわくわくして待つ。歪な絵が出来上がった。エミーが素直に両手を差し出す。


「はい、確認して」

「失礼します」


 魔力を注ぐと、エミーの手から零れた液体がスケッチブックに滲んでいき、お洒落なハンガーラックが現れた。左には収納棚。右には衣服をかけるためのスペース。とてもコンパクトなデザインだが、これなら部屋の邪魔にならない!


「そういうこと!」

「色は任せるわ」

「青なんてどうかな? 海と空の色。お洒落でしょ!」

「だったら壁も青ね」

「ああ、わくわくしてきた! 素材確認しに行かなきゃ!」


 あたしは素材を確認しに倉庫に行き、足りないものがないか見てみた。基本的な素材は足りるのだが――大切なことに気づく。


「染料が足りない!」

「森に行こうぜ!」


 げっそりしたダンが颯爽とあたしを引っ張った。


「俺も手伝うよ! ほら、籠持てって!」

「え、ダン、なんか急にやる気……」

「ルイ、エミーと喋ってろよ! そいつもなかなか面白い奴だからさ!」


 ダンがあたしの背中を押した。


「じゃあまた後でー!」

「お留守番お願いねー!」


 ――家から出ていったあたし達を見届け、エミーとルイが顔を合わせた。ルイが笑顔を浮かべる。


「ご挨拶遅れました! 僕はルイ!」

「何よ、このガキ! まぶしーーーーー!!」

「きゅう……」


 S.Jが心配そうに鳴き声を漏らす。



(*'ω'*)



 森を歩く中、ダンがうんざりしながら言った。


「あれは間違いなくお前の弟だよ。喋りたくなくて口を閉じてたら、永遠に話し続けるんだ。話を終わらせようと俺が話せば、全部の意見を肯定して、質問攻めだ」

「悪い子じゃないんだよ」

「ああ、あれは良い子だ。間違いなく良い子だ。典型的な綺麗事ばかり言ってくるお坊ちゃんだよ」


 ダンがあたしを見上げる。


「お前もあんな感じだったの?」

「今とそんなに変わらないと思うよ? まあ、誰に対しても敬語で話してたくらいかな」

「お前が?」

「ダンさん、ご機嫌よう」

「似合わねえ」

「うん。……あたしもそう思う。ふふっ」


 染料に使う花が咲いている場所へ向かう。ダンが気合を入れ直し、しゃがんだ。


「籠一杯に積んでやるから、お前は他の素材でも見てろよ」

「そうだね。調合で使えそうなものがあれば……」


 お、早速いいもの発見! 薬草を籠に入れていく。


(この森、本当に色んなものが生えてるな。カレウィダールなら、絶対に生えてない物までお手軽に入手できる)


 そよ風が吹き、あたしの髪を揺らす。


(動物も住みやすいだろうな)


 風が吹く。



 ――魔力を感じる。



「……」


 あたしはその方向に顔を向ける。それはあの変わった洞窟がある方向であった。


(……あの洞窟、奥まで行ったことないんだよな)


 中にはキメラがいて、宝石が沢山埋まっている。


(行き止まりとかあるのかな? どこまで続いてるんだろう)


 あたしは歩いていく。


(確かに……魔力を感じたんだけど……)


 洞窟の影が見える。


(あそこの奥……魔力を持つ何かが……いる……?)

「パレットー!」


 振り返ると、花を沢山積んだダンがあたしを見ていた。


「これだけあればいいんじゃないか!」

「……うん! 最高!」


 あたしは洞窟から離れ、ダンの元へ戻っていった。



(*'ω'*)



 素材良し! 染料良し!


「レッツ・錬金!」

「姉様の錬金術、久しぶりです! 僕、とてもわくわくしてます!」

「よお、エミー。どうだった?」

「あの眩しい生き物は何? 犬ならまだしも、猫ならまだしも、人間であんなのがいるなんて……ついていけないわ……」


 あたしは早速、壁紙から作り始める。布素材を入れ、染料を混ぜ、イヴリンの魔力を注ぎ、鍋の蓋に魔法陣を書いていく。


「さあ、どうかな?」


 手のひらを乗せ、体温を与えれば、鍋が紫色の輝きに包まれた。光が消えると、鍋から壁紙が飛びだし、空き部屋へ飛んでいく。ダンとエミーが顔を見合わせた。


「よし、エミー、壁を貼っていこうぜ!」

「私、デザイン担当なんだけど……全く……」

(次はフロアタイル!)


 柔らかくするために、ポリの花を入れ、染料、他の素材を入れていく。ルイが覗き込んできた。魔法陣が大事だ。あたしは基本的なフロアタイルの魔法陣をアレンジして書いていく。出来上がって鍋から飛び出したフロアタイルは、クッションタイルへとなり、ダンが不思議そうな顔で床にはめていった。


「重たいの行くよ!」

「僕も手伝います!」


 ルイが部屋に移動したところで、エミーのデザインしたラックを作るための魔法陣を書いていく。基本的なラックの魔法陣から、デザインされた形にするためのアレンジをする。


(大丈夫。あたしなら出来る!)


 線をなぞり、見たことのない魔法陣が出来上がる。


(上手くいきますように!)


 願いながら鍋の蓋に手のひらを乗せる。鍋が激しく震え出し、紫色の輝きが増していく。鍋の蓋が吹っ飛ばされ、中のものが部屋へ飛んでいった。壁を貼ってたエミーの前に現れた。


「うぎゃぁ!」


 エミーが一歩下がり――息を呑んだ。

 目の前に、自分の想像通りの――それよりも素晴らしい――棚付きのハンガーラックが置かれていた。

 ダンが瞳を輝かせ、ラックを眺めた。


「なんじゃ、こりゃあ! すげえ!」

「なんて素晴らしいラックでしょう! 流石姉様!」

「エミー!」


 一階から、あたしが叫ぶ。


「どーお!?」

「……悪くないわ」


 腕を組み、頷く。


「絶対に、悪くない」


 エミーは――自分が誇らしくなった。

 立派な青いラックを見て、自分のデザインを笑い飛ばしてきた女子生徒達の顔が、脳から消えていくような気がした。



 イヴリンが帰って来たのは、翌日の朝であった。

 見慣れない靴を見て、紫の瞳が――二階を睨んだ。



(*'ω'*)



 ルイが輝く緑の瞳を、イヴリンに向ける。

 あたしが懇願する緑の瞳を、イヴリンに向ける。


「イヴリン様……」

「イヴぅ……」

「どうやってここをかぎつけた……」

「占いです!」

「はぁ……」

「イヴリン様! 姉様から事情を聞いてます! 全てに同意するわけではありませんが……イヴリン様が姉様を守ろうとしていることには、大賛成です! カレウィダールは、それほどのことを姉様にしました! 今更戻って来いと言うのは、本当に、おかしなことです!」


 ルイが拳を握りしめた。


「イヴリン様は、僕が50社以上の店舗をコンサルしていることをご存じですか!」

「全て黒字になっていることも耳に入っている」

「家具屋のことは、僕にお任せください! なんでしたら、オーナーの名前を僕にしてください! ですが、権限は全て姉様にあります! 姉様の言葉が、僕の言葉です! それならば、姉様がここにいる情報が、漏れる事はありません!」

「……」

「イヴリン様……姉様を守りたいのは、僕も同じです! 本当は連れ戻したかったけど……昨日、姉様のご友人方と話してみて、わかりました! 姉様はここにいるべきだ」


 あたしはルイを見た。


「カレウィダールは……姉様を笑顔には出来ません。この場所こそが、姉様の居場所なんです」


 イヴリンがルイを見る。


「その為ならば、僕はどんな影武者にだって、なってみせます!」

「……はあ……」

「イヴ……」

「ルイが来るとは思ってなかった。だが……ルイなら何があっても経営を回せるだろう」


 イヴリンが腕を組み、あたしに目をやった。


「オーナーの名前はルイにしてくれ。お前は絶対に名前を出すな」

「うん。わかってる。……それでね、イヴ……建物代なんだけど……」

「初期費用はこっちが持つから、あとは売り上げから出しなさい。一ヶ月でも払えなくなったら、すぐ辞めるように」

「その場合は、僕が出します!」

「辞めるように」

「イヴリン様はケチです!!」

「家賃さえ払えば、お店はやっていいんでしょ?」

「払えればな」

「ああ、イヴ!」


 イヴリンに思い切り抱き着く。


「ありがとう!」

「……無理難題な条件を守ったのはお前だ。いいか?」


 イヴリンがあたしの顔を覗き込む。


「くれぐれも、見つかるなよ」

「うん。気を付ける」

「では、僕も失礼します!」


 ルイが指を鳴らした。馬車が家の前で止まる。


「お二人の家に、長居は出来ません!」

「ルイ」

「姉様! どうかお元気で!」


 あたしはルイを優しく抱きしめる。


「また遊びにおいで」

「はい! ダン君とはとても気が合いそうなので、また会いに来ます!」

「え、そうなの?」

「彼はとても聞き上手です! 僕の話を、とてもよく聞いてくれたんです! 僕は彼ともっと仲良くなりたい!」

(……ダン、聞き上手だと思われてるよ。良かった……良かったのかな……?)

「イヴリン様、姉様をよろしくお願いします! それでは!」


 ルイが馬車に乗りこみ、颯爽と馬車が去っていく。そして――とても家が静かになった。


「まるで嵐だな」

「まさかルイが来るとは思わなかった」

「……警備を強化するか」

「え? なんか言った?」

「いいや、何でもない」


 イヴリンがドアを閉め、あたしを抱きしめた。


「夕方まで時間を貰った。デートでもどうだ?」

「あ、イヴ、あたし、ルセ・ルートまで簡単に行ける乗り物が欲しいんだけど、なんかいいのあるかな? いつも歩きだと辛くて」


 イヴリンが庭を指差した。あたしはきょとんとして、庭を覗き込む。そこに――スクーターが置かれていた。


「あれって! 今話題のやつ! めっちゃ高いやつ!」

「事故に気を付けるんだぞ」

「ええええ! イヴ! 町に行くこと反対してたのに!」

「森に素材を取りに行く時も、自転車ではなく、ああいう形の方が便利だろう?」

「イヴ……! ああ、イヴ!」


 愛を込めて、イヴリンに飛びつく。


「愛してる! イヴ!」

「わたくしも愛してるよ。パレイ」


 そのまま、ソファーに押し倒される。


「あ、イヴ、ねえ、あのね、ルイがいたから、客室を作ったの。青色の部屋で、すごく綺麗で……ん……これでイヴもお客さん呼び放題だよ?」

「その前に、お前の寝室はどうした?」

「まだ悩んでて……あっ♡」

「そろそろ作りなさい。ここはお前のための家なのだから」

「そうだね。そろそろ……あたしの理想の部屋も……あ……うう……イヴぅ……♡」


 S.Jが欠伸をしながらケージから出てきた。しかし、ハートに囲まれるあたし達を見て、しばらく固まってから、何かを悟ったように大人しくケージの中へ戻っていった。

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