第27話 マイ・ワークショップ(1)

 この建物はルイが買い取ったことになり、諸々の初期費用はイヴリンが出してくれることになったので、店を始める心配はなくなった。しかし、売上を取れなければ翌月はない。


「というわけで、作戦を練ります!」

「作戦って?」

「どんなものを売っていくか、表を作ろうと思って!」


 ぽんこつな家具に囲まれた空き家の中で、あたしは放置されたホワイトボードを引っ張って来た。


「ダンとエミーとあたしで考えれば、あっという間にひらめくよ!」

「確かに家具って色々あるもんな」

「ベッド一つでも、沢山の種類があるものね」

「お店の大きさもあるから、まずは三種類で考えない?」

「ていうか、作る場所も問題だよな。食べ物なら裏に厨房があったりで作れるけど、この店は売る場所と保管する場所しかない」

「確かに」


 あたしは顎をつまむ。


「工房……必要かも……」

「つまり、工房がないと家具は作れないし、売れない!」

「うーん」

「だったら……家具のリメイクから始めれば?」


 エミーの言葉に、あたしとダンが眉をひそめた。


「家具の……リメイク?」

「家具の修理をするの。お客さんに持ってきてもらって、あんたが錬金術で修理する。もしくは、家具のリメイク。無地の椅子を、女の子らしくしたいっていう要望とかを聞いて、私がデザインして、あんたが作る。それで工房の資金を貯める!」

「なるほど……! 長期で考えたら……その方が早いかも!」

「それに、ここのぽんこつ家具だって、合成すれば何にだってなるんでしょ? だったら一応私達のオリジナル家具を作っておいて、売り物にしたっていいんじゃない?」

「エミー、天才! じゃあ、最初は家具のリメイクショップとして始めて……」

「でもさ、錬金術は完璧じゃないんだろ?」


 ダンが手を挙げた。


「調節する大工、見つかったの?」


 あたしは――横目でエミーを見ると、エミーが首を振った。


「兄さんは駄目」

「今どんな感じ?」

「絶対反対」

「エミー」

「……反省する時間が必要なの」


 エミーがむすっと頬を膨らませる。


「兄さんがお世話になってた大将さんに、良い人がいないか聞いてみる」

(……でも……)


 あたしは思う。


(昔は……誠実だったんだもんな。ライアンさん)


 あたしは右を見る。ダンが話している。客集めは任せろ! クラスの皆に言って回るから!

 あたしは左を見る。エミーがダンに話している。大体、この町には家具屋がないんだから、一つできたら大儲けよ。だからこそ税金対策とか色々考えないといけないのよ。ガキンチョ、税金ってわかる?


(工房っていうくらいだから……近いほうが良いよな。例えば……)


 あたしは地面を見る。


(……良いことひらめいた)

「パレット、あんたはどう考えてるの?」


 あたしは地面に魔法陣を書き始めた。エミーとダンが瞬きした。


「パレット?」

「お前、何やってるんだ?」


 あたしはイヴリンの魔力を注ぎ――手のひらの体温を与えた。


 その瞬間、地面に大きな穴が空いた。



(*'ω'*)



 看護師がライアンのベッドに食事を運びに来た。


「食事の時間ですよ」


 ライアンは無言で窓を眺めるだけ。


「置いておきますね」


 看護師は自分の仕事を終え、何もされないうちに病室から出ていく。ライアンは廃人の目で外を眺める。


 ――俺は何やってんだ……。


 変な夢を見た日から、そんなことばかりが頭によぎる。


 ――エミーにも、親父にも、心配かけて、いつの間にか、こんなろくでなしになっちまった。


 大将にも見放された。


 ――この世界から、消えてしまいたい。


 緑の瞳が、顔を覗き込んできた。


「こんにちは」

「うわっ!」


 ライアンが驚きの声をあげ、――あたしを見てきた。


「お前は!」

「お見舞いに来ました。ご気分いかがですか?」

「なんだよ! 見舞いだなんて! 関係ねぇだろ! クソ女!」

「エミーから聞いたんです。貴方、大工なんですよね?」

「大工はクビになった! 俺は! ただの! クソ野郎さ!」


 ライアンがあたしを背に、ベッドに倒れた。


「畜生!」

「大工なら、地下室って作れます?」

「あ!? 地下室!?」

「大きな穴はできたんです。でも、そこからどうしたらいいのかわからなくて、壁とか床とか、階段とか、作って欲しいんですけど」

「なんだ? 嫌がらせか? 俺の包帯だらけの手を見て、そんなふざけたことを言ってるのか?」

「両手が使えたら作れますか?」

「両手が使えたらな! だが見てみろ! 俺の手! 今、どうなってる! 包帯だ! いつ治るかだってわからない!」

「両手が使えたら、出来るんですね?」

「俺を誰だと思ってる! 穴が空いてるなら……壁と床を作ればいいだけだろ!? 余裕だ!」


 ――あたしは食事のトレイを、ベッドの横の狭い棚へ運んだ。トレイ置き場を退かす。


「おい、お前勝手に何して……!」


 直後、あたしは両剣の片方をライアンの首元に向けた。ライアンが小さく悲鳴を上げる。


「な、何すんだよ!」

「動いたら、首がなくなります」

「お前……こんなことして、ただで済むと思うな!」


 ナースコールのボタンを押そうとしたライアンの手を足で踏み、ベッドの上に乗り上げる。ライアンが悲鳴を上げるが、声を出す前にあたしが開いた口に瓶を入れて塞ぐ。ライアンが暴れだすが、あたしが腕を踏んづけて、動かせられなくする。ライアンが白目を剥いた。あたしは笑みを浮かべたまま、ライアンに伝えた。


「約束ですよ。退院したら、すぐに地下室を作ってください。でないと……」


 ライアンが目を見開いた。


「エミー、どうなると思います?」


 ――ここで、ライアンは意識を失った。






 ライアンが意識を取り戻した時、それは夕方だった。慌てて上体を起こすが、既に妹が連れ回していた女はいなかった。


(……夢でも見ていたか……?)


 ライアンがうなだれ……違和感に気づいた。


(なんだ?)


 包帯だらけの腕を見る。ふと、自ら包帯を外してみた。長い包帯が腕から外れ、見てみると――ライアンが唖然とした。


 腕が、元通りに戻っていた。


 そんなわけがないと思い、もう片方の包帯も外してみた。しかし、腕は治っていた。ならば足はどうだ。切断するかもしれないとも言われていた足。ギプスで繋がれていたので、ナースコールで看護師を呼び出し、ギプスを外してもらったら――医者が驚いていた。


「治ってる……!」


 レントゲンを撮ると、ライアンが全快していることがわかった。連絡を受けた父親とエミーが病院へ迎えに来た。


「ライアン、一体何があったんだ。あんなに酷かった怪我が、こんな短期間で治るなんて!」

「い、いや……俺も何がなんだか……」

「ひとまず……安心した」


 父親が優しくライアンを抱きしめた。


「ライアン、生きててくれて良かった」

「……」

「家に帰ろう。……仕事探しは、しばらく安め。なーに、お前くらいの腕なら、すぐに見つかるさ!」


 ライアンがエミーを見た。エミーが眉をひそめ、不思議そうにライアンを見る。ライアンが言い出しそうになった。お前、あの女に利用されてるんじゃないか。……だが、それを言うのを止めた。言ったら、エミーが何かをされるのではないかと恐れたのだ。代わりに、こんな言葉を出した。


「エミー、明日……お前がやる店に連れて行ってくれないか……」

「は? なんで?」

「工事を……頼まれててな……」

「工事? 誰から?」

「……お前の……友達の……嬢ちゃんから……」

「パレット? 工事の話なんか聞いてないけど」

「地下を作ってほしいと……工房にしたいからって」

「あの穴のこと!?」


 翌日――ライアンが店に現れた。あたしは満面の笑顔で、ライアンと握手した。


「怪我が治ったんですね! あー、良かった!」

「パレット! 兄さんに工事なんて、いつ頼んだのよ!」


 店内の床にはすっかり巨大な穴が空き、家具達は二階に積み重ねられていた。


「大工だっていうから、出来ると思って! 材料ならあたしが作れるし!」

「一人でなんて無理よ! それに、よくわかんないけど……怪我が治ったばかりなのよ!」

「……いや」


 ライアンが工具箱を置いた。


「一人で作る」

「ちょっと……兄さん!」

「壁と床と……階段を組み立てればすぐ終わる」


 ライアンがあたしに振り向く。


「防音の方がいいか?」

「はい! できますか!?」

「それなら、鉄筋コンクリートで作ろう」

「鉄筋とコンクリートを作ればいいですか」


 鍋から飛び出した鉄筋を、山のように積み重ね、ライアンに見せる。


「コンクリートは鉄筋作業が終わり次第造ります! よろしくお願いします!」

「兄さん、大丈夫なの!?」

「うるせぇな。お前は人の心配してないで、自分の心配しろ。学校はどうした。学校がなければバイトに行ってろ」

「だけど」

「作業の邪魔だ。出ていきやがれ」


 あたしとエミーが追い出され、店に振り向く。エミーがあたしを睨んだ。


「何したの?」

「調合薬で怪我を治したの」

「……病院に行ったの?」

「地下室を作るには両腕が必要だって言われたから」

「こんなの無理矢理過ぎる! 大工なら他にも沢山……!」

「あのまま入院してたって、ライアンさん、腐ってたでしょ」


 エミーが唇を噛み――ため息を吐いた。


「あんたの言う通りよ。……何かさせないと……兄さんはずっとあのままだわ」

「ライアンさんが頑張ってる間、あたし達も頑張ろう!」

「なにする気?」

「営業!」


 あたしはエミーの腕を掴み、営業に走り出した。



(*'ω'*)



 ライアンが一人で淡々と作業していく。二人でする作業も、一人で何とかこなしてみせる。鉄筋を組み立て、基礎を作っていく。時計はない。関係ない。彼には時間のみが残された。ライアンはただ、黙々と作業していく。疲れたと思っても、自分一人しかいないのだから、動かないと作業は進まない。

 あの女の顔を想像するだけで、その女の隣にエミーがいることがわかっているからこそ、ぞくっとして、足が動き出す。暗くなれば、ランプを照らして作業した。目を覚ますと、水と朝食が置かれていた。ライアンは廃人のように作業した。


 重たい鉄筋を運ぶ。ふらついた。足が土に滑る。


「うおっ!」


 鉄筋が放り投げられた。地面に倒れたライアンが、ゆっくりと起き上がった。口の中に入った土を、ぺっ、と飛ばすと――上から声をかけられた。


「情けねえ姿だな。ライアン」


 ライアンが一瞬、はっとし、しかし、振り向くことなく、また作業を始めた。


「お前、退院したってのに、うちに謝罪に来ることも出来ねえのか」

「……解雇になったのに、あんたの会社に謝罪に行けってか」

「お前を何年面倒見てきたと思ってる。筋くらい通せ」

「迷惑かけてねぇだろ!」


 ライアンが振り返る先に、大将がしゃがみ、上から自分を見下ろしていた。


「ナンパした女の男にボコボコにされただけだ」

「そういう時は普通、しょうもねえことしてすみませんでしたって、頭を下げに来るんだよ」

「普通ってなんだよ! 俺は普通じゃねえ! 普通になれないんだよ! 親でもねえくせに、偉そうな顔しやがって! 何しに来やがった!」

「情けねえ姿を見に来たんだよ」

「邪魔するなら出ていけ! 俺の現場だ!」


 ライアンがふらつきながら、再び鉄筋を運んでいく。それを見て、大将が首を振った。


「ったく、俺も甘い男だ」


 大将が穴へ飛び込んだ。ふらつくライアンから、鉄筋を奪い取る。


「おら、寄こせ」

「んだよ!」

「座ってろ。馬鹿野郎」


 ライアンを突き飛ばし、鉄筋を組み立てていく。ライアンが起き上がり大将を睨むが、疲れた足が立つことは出来なくなっていた。しばらく座りこみ、大将の作業を眺める。


「……お前、カイルには謝ったのか」

「……」

「あんな良い父親いねぇぞ。浮気して逃げた女房への恨みを無理矢理忘れて、お前達のために遅くまで働いて」

「……」

「はぁー。疲れた。ったく、腹空いたな!」


 大将がライアンの隣に座った。


「ライアン、これからどうするんだ」

「……さあな」

「不貞腐れるな。お前はまだ若い。いくらでもやり直せる」

「……」

「この地下室が出来上がるまでに考えろ」


 扉が開いた。


「話なら、いくらでも聞いてやる」

「大将!」

「飯持ってきました!」

「よお! ライアン! お前金貸しの女に手出したんだって? 馬鹿だな!」


 ライアンが目を見開いた。次々と現れる大工仲間が下りてきて、ライアンに袋を差し出した。


「エミーちゃんが夕食だってよ! 食っとけ!」

「……」

「大将、どんな感じっすか!」

「土はしっかりしてる。このまま埋めていけばどうにかなりそうだ!」


 大将が怒鳴った。


「とっとと仕上げっぞ! クオリティ重視でな!」

「「うす!」」

「ライアン、お前もそれ食ったら手伝えよ!」

「ったく、優しい俺達に感謝しろよ」


 ライアンが眉を下げた。ランプの光を頼りに、仲間達が作業を進める。エミーの作った夕食を食べてから、ライアンも作業に戻った。気絶したように眠っていたと思えば、朝日が昇り、数人仲間達が穴から出ていった。残ったメンバーで作業を進め、また昼になり、仲間が数名戻ってきて、また夜になり、仲間と共に作業を進めていく。その間、トイレに行く以外、ライアンが穴から出ることはなかった。必死に鉄筋を組み立て続けた。鉄筋が終わる頃には、タイミングよく溶けたコンクリートが置かれていた。壁と地面を作っていく。作業が進む。ヒゲが伸びる。それでも、ライアンは無我夢中で作業を進めた。


 一ヶ月後、――素晴らしい地下室が出来上がった。大将が頷く。


「これだけの作りなら、領主様も文句ねえだろ」


 大将と大工たちが振り返る。その先にいるライアンは、黙って地下室を見つめていた。


「ライアン、もう一度訊くぞ」


 大将が腕を組んだ。


「お前、この先どうするんだ」

「……わかんねっす。……やりたいこともねえし……生き甲斐もねえ。……何もねぇ……」


 ライアンが拳を握りしめる。


「何もねぇから……俺に出来ることを……探します……」

「……そうか」


 大将が俯くライアンの頭を掴んだ。


「頑張れよ」

「……大将!」


 俯いたまま、ライアンが叫んだ。


「すいません!」


 地下室にライアンの声が響く。


「しょうもねえことして……すいませんでした!! ずっと……面倒見てきてくれたのに!」


 大工仲間達が、ライアンの肩を叩いた。


「すいませんっした!!!」


 地面に、ライアンの悔し涙が落ちていく。


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