第22話 インテリア・ショップ(1)
その日、安心安全平和なルセ・ルートの一部の場所で、騒ぎが起きた。
というのも、あのぼったくり家具屋だ。
老婆が椅子を持ち、ショーウインドウに投げつけた。
「この、ぼったくり!」
「ひぇぇ!」
「ふざけんじゃないよ! 孫のプレゼントで買ったベッドが、乗った瞬間に壊れるなんて、孫が大怪我したらどうしてくれたんだい!」
店の店主が老婆に殴られまくる。
「この! この! この!」
「痛い! すみません! 許してください!」
その老婆は最近ルセ・ルートに引っ越して来たばかりの老婆であった。人が良く、誰にでも笑顔を向けていた老婆だったが、昔はプロレスの選手だった。既に引退したが、最近生まれた孫のために、少し値が張ったベビーベッドをこの店で購入したのだ。
しかし、乗せた瞬間に壊れ、近所の人が、その店の家具は全て低クオリティの、素人が作っているものを高値で売っていると、聞かされ、筋の通らないことが大嫌いなお婆さんの本能が目覚めてしまったというわけだ。
「いいぞ! 婆さん! もっとやっちまえ!」
「俺もその店主に騙されたんだ!」
「よくも嫌がらせしてくれたな!」
「よくも騙してくれたな!」
「ひいい! 許して! 許してー!」
鬱憤が溜まっていた被害者たちが、老婆に続いて店主に襲い掛かった。警察が来たって構いやしない。みんな、殺す寸前まで、この店の主を殴りつけた。
みんな、家族がいて、逮捕されるのが嫌だったから、この店のことを黙っていた。しかし、赤ん坊に被害が及ぶとなれば話は別だ。今まで遅かったくらいだが、領主が変わってから、この店のことは既に調査していた。早くとも遅くとも、いつか主はこういう目に遭っていたことだろう。そして、そこでようやく調査結果が出た。数多くのぼったくり被害が出ていたこと、詐欺罪、怪我人が多くいたことから、傷害罪として主は逮捕された。
報告された領主からの計らいで、老婆含め、住民たちはお咎めなく、無事に家族の元へ戻っていったという。
「というわけで、この店、もぬけの殻になった」
「あれまあ」
家具が残ったままの店を見て、あたしはぽかんとした。
「領主様って、意外と良い人なのかもね。誰もお咎めなかったなんて」
「元々逮捕される噂があったらしくて、この家具屋もここ最近大人しかったんだ。でも、流石にベビーベッドは駄目だよな」
「これ、中入れる?」
「いいんじゃない? どうせ誰も来ないだろうし」
あたしは店の中に入ってみた。素人が作った家具は店内と倉庫に残されている。それを見て、考える。
(合成すればそれなりの家具にはなりそうだけどな。これをみんな処分しちゃうのは勿体ない)
「どうせ近いうちに空っぽになって、新しい店が始まるよ。ゲームショップが良いな。そしたら、学校の皆と遊びに来るんだ!」
「誰かが家具屋をやればいいんじゃないの?」
ダンが肩をすくませた。
「いないんじゃない?」
「でも、前はいたんでしょ? 大工さんとかどうかな? 家具をあっという間に作ってくれるよ?」
「あのさぁ、大工にも色々種類があって、そりゃオーダーメード専門の大工もいるけど、みんな店をやりたがらない。わかる? 個人営業のままの方が儲かるし、建物代もかからない」
「んー」
「前はともかく、この店の元主のせいで、多くの家具屋が挫折して、町から出ていった。今はもういないよ」
「でも、じゃあ……ルセ・ルートに、もう家具屋は絶対に存在してないってこと?」
「オーダーメード専門大工がいる」
「引っ越して来た人、みんな困っちゃうよ。いい街なのに、家具屋がないなんて」
「じゃあお前がやれば?」
――あたしとダンの目が合った。ダンが、急に引き攣った笑いを出す。
「いや、はは、冗談だって」
「家具屋……」
「パレット、悪かったよ。さ、買い物に戻ろう。あのドラゴンがお腹空かせて待ってるかもしれないし……」
「いいことひらめいた!」
あたしはダンの手を掴み、外へと飛びだした。ダンが引きずられながら叫ぶ。
「おい! どこに行くんだよ!」
「デザイン学校ってどこにあるの!? エミーが必要なの!」
「そこを右ー!」
あたしは言われた通り、右へ曲がった。その頃一方――エミーは自信満々に、紙を握りしめていた。
「さあ、エミー、デザインテーマ、ベビーチェアを発表して」
「はい。先生。私が描いたデザインを紹介します」
エミーは胸を張って、デザイン画を見せた。
「こちらです!!」
一時間後、エミーは掲示板に張り出された成績表を見て、苦い顔をした。
最下位、エミー、0点。もっと頑張りましょう。
「ねえ、エミーが成績表見てる」
「どんな気持ちで見てるのかしら」
「ていうか、よくあの画力でデザイン学校入ろうと思ったわよね」
通りすがりの女子生徒達の声に、エミーが唇を尖らせた。
「絵が下手なら練習すればいいのに、その努力もしてないの?」
「やる気ないんじゃない?」
「私達はエミーみたいにならないように気をつけましょー」
「「あははは!」」
(……仕方ないじゃない。頭の中のデザインが、外に出てきてくれないのよ……)
教室に戻れば、成績優秀者が輝いている。
「セレーナ! 今回も1位だったね!」
「ねえ! どうしたらあんなデザイン思い付くの?」
「好きなものを極めたくて描き続けたら、自然と? みたいな?」
「「かっこいいー!」」
(私だって描いてるのに……)
何枚写し絵を描いたことだろう。何度写真の絵をなぞったことだろう。それでも、エミーは描けないのだ。ただ――頭の中には、きちんとあるのだ。ベビーチェア。色も、形も、模様も、イメージがあるのだ。きちんと頭では描かれているのだ。それを形にしようとすると――歪になってしまう。
(なんで私……いつもこうなのよ……)
エミーがスケッチブックを握りしめる。
(今回は結構上手く描けたと思ったんだけどな……)
「あ! ごめん!」
「っ!」
後ろからぶつけられ、エミーがその場に膝を付けた。スケッチブックが開かれたまま地面を滑り、セレーナを囲む女子生徒達の前までやってきた。それを見て――全員が爆笑した。
「ちょっと! 何この絵!」
「きつすぎー!」
「エミー、やばすぎ!」
こうなることをわかっていたように、ぶつかってきた女子生徒も笑っている。エミーが拳を握りしめ、唇を噛む。
「ていうか、なんでここにいるの?」
「デザイン考える気ある?」
「さっきの発表も酷すぎたし」
「エミーってさ、デザイン考えるよりも、作る方に行けば?」
「そうだよ。これだけ絵が下手なら、仕事なんか来るわけないじゃん!」
女子生徒が爆笑する中、セレーナも吹き出し、笑い始めた。教室が笑いで包まれる。
「この絵とか奇抜すぎ!」
「画伯! 画伯!」
「子供よりも下手くそ!」
「もうやめたら?」
笑顔のセレーナが、エミーに言った。
「エミーみたいな子がいたら、こっちまでモチベーション下がるんだよね」
エミーが――震える唇を――強く噛みしめると――緑の目が覗いてきた。
「見つけたぁー!」
「うぎゃっ!?」
驚いたエミーが後ろに下がり、教室にいた女子生徒がみんなぎょっとした。あたしは床に座るエミーに目線を合わせるために、一緒にその場に座った。
「エミー! 捜してたの! 今ちょっと暇!?」
「あ、あんた、ここどこだと思ってんの!?」
エミーが顔を上げ、同情の目で見てくるダンを見た。
「ちょっと! ダン! どういうこと!?」
「知らねーよ。こいつ急にエミーが必要って言い出して……」
「ねえ! エミー! あのね!」
あたしは目を輝かせて、エミーに言った。
「お店やらない!?」
「……は? 何? 店?」
「家具屋!」
「は?」
「生活用品!」
「ちょ、何……」
「ベッド、クローゼット、棚、化粧台、キッチン台、ソファー、椅子、机、エトセトラ!」
あたしはエミーの手を両手を握りしめた。
「エミーのデザインなら、ルセ・ルートだけじゃない! 世界に通用する! エミーがやってくれるなら、店をやったって繁盛するし、あたしもエミーのデザインする家具が欲しい! みんなハッピー! あたしもハッピー!」
「ちょ、まじ、何言ってんの? とうとうイかれたの? あんた!」
そこでエミーがはっとして――あたしを優しく抱きしめてきた。
「恋人に逃げられたのね……」
「はえ?」
「何よ。そういうことなら素直に言ってくれていいのよ……。わかった。学校が終わり次第、クッキーでも買って、話聞きに行くか……」
「お店やろう!?」
「だぁ! うるさい! 黙れってんのよ! この人参色頭! エメラルドみたいな綺麗な瞳でキラキラ人を見てきやがって! 何よ! 何がお店よ! しないわよ! そんなの!」
「え!?」
「なんで断れると思ってなかったって顔してるの!? 断るわよ! 私、そんなことしてる場合じゃないの! デザインの勉強をしなきゃいけない立場なんだから!」
「その子の絵、見たことあるの?」
あたしとダンが振り返る先に、エミーの絵が描かれたスケッチブックを持つ女子生徒が、おかしそうにあたし達を見ていた。
「この絵見て、家具屋をやろうって誘うなんて、面白い」
躊躇なく双剣を掴んだあたしの腕を、エミーが掴んだ。
「パレット、……いいから……」
「同じデザイン学校に通う仲間を笑うのはどうして?」
「パレット!」
「どうして?」
止めてくるエミーを無視して、あたしは立ち上がる。
「それだけ笑うなら、よっぽどすごい画が描けるんだろうね」
「やめてってば。パレット!」
「あんた何言ってるの?」
「セレーナは、この学校で一位の成績を持つのよ!」
「エミーなんかよりも、ずっと画だって上手いんだから!」
「貴女の作品はどこにあるの?」
「いいわ」
セレーナが立ち上がった。
「ついてきて。見せてあげる」
連れてきてもらったのは教室の掲示板に貼られたデザイン画。ダンが目を輝かせた。
「こいつは……すげえ。本物みたい……」
「ほら見たことか!」
「セレーナはすごいんだから!」
「エミーのなんか、ただの落書きじゃない!」
――あたしは女子生徒達を睨んだ。睨まれた女子生徒が一瞬で黙る。次にあたしはセレーナに顔を向けた。セレーナは自信の笑みを浮かべている。だからあたしは言った。
「これは五年前に発表された花模様でしょ?」
――その場にいた全員が、きょとんとした。
「デザイナーは一般学生だったタレス・ワットマン。テーブルクロスのデザインとして発表された。とてもマイナーなデザインだから流行にこそならなかったけど、知ってる人は知ってるデザイン。多分、五年前の……デザインのコンクール雑誌とかに乗ってるんじゃないかな? もう廃盤で手に入らないやつ」
――あたしは固まるセレーナを見つめた。
「写真トレースを自分で考えたデザインって言うとか、ダサいことしてないで、エミーみたいにオリジナルで勝負したら?」
「……な、何言ってるの?」
顔を引き攣らせたセレーナがあたしに食って掛かる。
「そんなの知らないし、これは私が考えたデザインよ! 人が考えるものなんだから、被ったりもするでしょ!」
「おい! パレット! 良いもの手に入れたぜ!」
ダンが陽気な笑顔を浮かべ、セレーナの鞄を持って教室から出てきた。途端に、セレーナの顔色が変わる。
「ちょっと、人の鞄を勝手に持たないでくれる!?」
「うわ!」
ダンが持つ鞄を、セレーナが掴んだ。
「ちょっと離してよ!」
「なんでそんなに焦ってるんだよ!」
「べ、別に焦ってないったら!」
「俺、エミーのこと好きじゃないけど! 同じ学校に通う仲間を笑う奴らはもっと好きじゃない! この鞄に何があるんだよ!」
「何もないってば!」
振りほどかれ、ダンが手を離してしまった。しかし、コントロールしきれなくなった手から、鞄が滑り、中のものが地面に広がった。それは――大量の資料だった。
「え!?」
「何これ!」
雑誌に載っているデザイン、新聞の端に載っているデザイン、誰も見ないであろう古い雑誌の端に載っていたデザイン。それを写し絵したセレーナのスケッチブック。
「ちょっと、セレーナ、これはどういうこと!?」
「い、いや……これは……」
「なんで雑誌に載ってるデザインが、セレーナのスケッチブックにあるの!?」
「人のデザインを盗んでたの!?」
「最低!」
「違う! 偶然! 偶然なの! 私が考えたデザインが偶然雑誌に載ってて……」
女子生徒の一人がセレーナから離れた。
「本当に……偶然なの……」
女子生徒達が、一斉にセレーナから離れた。
「違う……トレースじゃない……違う、本当に……私が考えたデザインで……」
「じゃあ、テーマを与えるね?」
あたしはセレーナの顔を覗き込んだ。
「女の子のベビーカーのデザイン、考えて?」
「は?」
「はいどうぞ」
スケッチブックと鉛筆を彼女に差し出す。
「はい、エミーも考えて」
「……何でもいいの?」
「女の子が乗る奴なら何でも」
「わかった」
エミーが鉛筆でさらさらと描いた。セレーナが首を振る。
「ベビーカーのデザインなんて、短時間で思いつけるわけないでしょ!? あんた、デザインをなんだと思ってるの!?」
「簡単なやつだけど」
エミーがスケッチブックを差し出した。その絵は、やはり歪だ。だからあたしはベルトから魔力を出し、エミーの手に注いだ。エミーの手から魔力が垂れていき、歪な絵のインクがにじむ。そして――見たことがない、とても可愛い女の子用のベビーカーが、スケッチブックに広がった。
「え!?」
「何そのベビーカー!」
「そんなの、見たことない!」
エミーが不安げな目であたしを見た。あたしは笑みを浮かべ――セレーナにも同じように魔力を注いだ。しかし、セレーナのスケッチブックには、何も映し出されなかった。
「トレースする暇があるなら、自分で考えたら? それでもデザイナー? こういうズル、みんなのモチベーションが下がるって思わないの?」
「……っ!」
セレーナが悔しそうにスケッチブックを投げ捨て、逃げるように廊下を走り出した。女子生徒達は唖然と固まってエミーを見て、あたしは立ち上がり、エミーに笑みを浮かべた。
「ね、エミー、今日は早退してさ、一旦お店に行こう? それで、一緒に計画を練るの!」
「……私、行けない」
「エミー?」
「絵が……下手なの。何枚描いても……紙に描けない。頭には、細かいイメージがちゃんとあるのに、魔力がないと形にならないなんて……」
エミーが俯いた。
「デザイナー失格よ」
「ねえ、エミー……、あたしもね? 魔力がないと、錬金術も、合成術も、調合も出来ないの」
エミーの両手を優しく握る。
「一緒だね」
エミーが――あたしに目を向けた。
「でも、あたしはエミーがいないと家具屋は成立しないと思ってるの。ね、今日だけで良いの。一緒に来てくれない? ここで勉強するのもいいけど……ここにいたって、デザインの仕事は来ないよ?」
「……はーあ。なんか……怠くなってきた!」
エミーがあたしから手をほどき、教室に戻っていった。
「このまま勉強を続けても、いい結果が生まれない気がするわ!」
エミーが鞄を持って、教室から出た。
「誰か、このエミー様が早退したって先生に言ってくれる?」
「エミー!」
「黙って! 抱き着かないで! あんたのためじゃないから! なんか急に怠くなったからよ! ふん!!」
「全く、素直じゃねえな。だからお前彼氏できないんだよ」
余裕ぶるダンの尻に、エミーの足技がかけられ、ダンが悲痛な悲鳴を上げた。
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