第21話 ロスト・チャイルド(3)

 夕食時に、イヴリンに今日の製薬場でのことを話す。イヴリンは真面目な顔であたしの話を聞いて、驚いていた。


「資料データが四、五年前のものだと?」

「そりゃちゃんとした薬も作れないわけだよね。イヴ、ご実家の土地から薬剤師を派遣してもらえないかな? その人から情報を得れば、きっと変わると思う」

「すぐ手配しよう」

「この土地って本当に面白い。四つも町があって、色んな職人がいるのに、みんな器用貧乏なの。正しくその力を使えば、カレウィダールよりも全然腕の立つ職人がいっぱいいるのに、正しくない方向に行ってるから、いつまで発展しない。学校の情報も新しいものなのか、調べてみた方がいいかも」

「T.Rデジタルはマゴットがいるから心配はないが、古い情報データを回されていたとなれば、外の技術が上に見えるのは当然だ」

「酷い話だよ。まるでここは、カレウィダール王国にとって、都合のいい奴隷国」


 イヴリンが唇を噛んだ。


「近いうちに、領主様に会える機会はある?」

「いつでも会える。すぐに報告しよう」

「ありがとう。イヴ」

「明日からまた忙しくなるな」

「……ごめんね、イヴばかりに責任を押し付けて……」

「何を言う」


 イヴリンがあたしの手を握りしめた。


「お前の情報は重要なものばかりだ。わたくしが出来ないことを、お前がしてくれる。パレイ、いつもありがとう」

「ねえ、訊いてもいい? ……領主様って、信用できる人?」

「この国を良くしようと奮闘している。わたくしが保証しよう」

「そっか。それなら……良かった! じゃあ、イヴが目の敵にされることはないんだよね?」

「それは絶対に無い。むしろ、わたくしが動けば領主も動く。そういう仕事だからな」

「イヴ、この国はとてもいい国だと思う。だって、みんな自分達の暮らしのルールを守りながら、ちゃんと真面目で誠実に働いてる人たちばかり。……たまに、悪い人もいるけど」

「ん?」

「大丈夫。それはまた別の時に話すから」


 あたしもイヴリンの手を握りしめる。


「あたしをこの土地に連れて来てくれてありがとう。イヴ」

「……お前は今幸せか?」

「それは……うん。……そうだね。毎日が楽しくて……やることも多くて……すっごく……充実してて、カレウィダールにいた頃よりも……全然幸せ!」


 顔がほころぶ。


「でもね、一番はイヴが側に居てくれて、愛してるって言ってくれるのが、すごく嬉しいんだ!」

「パレイ……」

「愛の嬉しさを教えてくれたのはイヴ。それと……恋の喜びも教えてくれた」


 握られた手が離れる事は無い。


「愛してるよ。イヴ」

「今回は先に言われてしまったな。……愛してる。パレイ」

「魔力も……毎日瓶に入れてくれてありがとう。あれがないと、何も出来ないからすごく助かってるんだ。いつも……本当にありがとう……」

「魔力を作ってくれる食事を、お前が用意してくれるからな」

「美味しい?」

「ああ、今夜もすごく美味しい」

「そのお肉ね! 今日森にいたキメラのなの! 歯ごたえ抜群だよね!」

「……食材は聞きたくなかったな」

「あれま、ついうっかり!」

「ふふっ」

「ねえ、あたし、他に出来ることあるかな? イヴの役に立つこと。色んな人が喜ぶこと」

「そうだな。お前が笑顔でいてくれたら、わたくしは幸せだ」

「……イヴ……♡」

「……パレイ……♡」


 あたし達が会話をする横で、ドラゴンがキメラの肉を美味しそうに食べていた。



(*'ω'*)



 その晩、国王から命が下された。


「クリスよ。お前には、パリース地方を外れてもらう」

「……父上、何を仰っているのですか?」

「パリース地方だけではない。レヴァホ地方、ロラモム地方、それと、ドルトデッタ地方も外れろ」

「わ、私には王子として責任があります!」

「いいや、外れてもらう。心配することはない。後任として、アルノルドが担当する」

「父上! どういうことですか! アルノルドが……」


 クリスが驚き、責めるように国王を見つめる。


「務まるはずがありません! 私の後任など……!」

「クリス。……今まで私はお前に非常に甘かったことを後悔している。我が息子に跡を継いでもらいたいと思うがあまり、どうしたらお前を王に出来るか考えていた」


 しかし、そこへ奇跡が起きた。お前は希望を手に入れられたのだ。


「ルルビアンボナトリス家は、代々錬金術師、合成士、調合士として名を残してきた。戦地でルルビアンボナトリス家の誰かがいたら、必ず勝利した。そんな一族に、息子ではなく、娘が生まれた。お前と同年代の。私がどれだけ喜んだことか。優秀な血が流れる娘をお前の側に置けば、お前は必ず私を越えてくれると思っていた」


 国王がうなだれた。


「こんなことになって残念だ。クリス」

「……っ、ぱ、パレットは、ただの調合士です! 彼女は薬しか作れない! それに、同級生のエリに酷い嫌がらせを……」

「お前は本当にそれを信じているのか? ならば証拠は? あの小娘が作った、誰が見てもわかる作られた偽りの証拠を、お前は偽物だと見抜くこともできなかったというのか?」

「……っ」

「我が息子ながら……ほとほと呆れる……」


 国王が溜息を吐き、椅子にもたれた。


「お前は第五騎士団に移れ」

「だ、第五騎士団!? 雑用ばかりの団に、この私が入れと!?」

「民にとって必要な仕事を、雑用と言うか。ならば、騎士をやめるか? それとも王族をやめるか?」

「父上、貴方は誤解されている。アルノルドにそそのかされているんです!」

「クリス。これ以上戯言を言うのであれば、お前から王位継承権を奪わなくてはならない」

「そんな……父上!」

「命令だ。お前は第五騎士団に移れ。以上だ」


 それはプライド高いクリスにとって、とんでもない屈辱だった。しかし、王位継承権を奪われるのはもっと嫌だ。クリスは命令に従った。しかし、玉座の間を出るや否や、すぐに発狂し、壁を蹴飛ばした。


「クソ! なんてことだ! アルノルドめ、どんな催眠魔法を使ったというのだ!」


 イライラしたこの気持ちをわかってくれるのは、エリしかいない。そう考えた彼は、エリが暮らす部屋へやってきた。そして扉を開けた途端、メイドに水を被せたエリが見えた。エリがはっとして、すぐ涙目になり、クリスに駆け寄った。


「クリス、あのメイド酷いのよ! 私に似合わないドレスを着せようとしてくるの!」

「解雇だ」

「そんな!」


 メイドが座り込んで懇願する。


「待ってください! 私にはまだ3歳になる息子が……!」

「連れて行け」

「そんな! お考え直しを! 殿下! エリ様!」


 メイド達が命令通り、メイドを連れて行く。たとえ、エリの嫌がらせの対象にされていたからと言ったって、あの王子には話が通じない。メイド達が誰にも聞こえない声で囁いた。


「アルノルド様に事情を説明しましょう。もっと良い雇い先を紹介してくださるわ」

「大丈夫よ。涙を拭いて」

「みんな……ありがとう……! ありがとう……!」

「ああ、パレット様がいてくだされば……神様……」


 二人きりになった部屋のソファーに、クリスが座る。


「アルノルドが父上に何か言ったようだ。さっき、第一騎士団から外された」

(……この男、顔だけで本当に使えないわね)


 本音を隠したエリは、優しい瞳でクリスを見つめる。


「そんな! クリスったら一生懸命頑張ってるのに、可哀想!」

「絶対伸し上がってやるさ。俺には君がついているんだから」


 エリの手の甲に、唇を落とす。


「愛してるよ。エリ」

「私も愛してる。クリス!」

(潮時ね)


 エリが笑みを浮かべながら――胸の内で思う。


(成績が優秀な王子様だったから近づいたけど、パレットがいないと何もできないっておかしくない? どれだけあの女に頼ってたのよ。学校に行ってたくせに、誰でも作れる簡単な調合薬すら作れない。騎士としても大して強くない)


 クリスが今まで優秀で、強かったのは――全て、パレットという有能な後ろ盾があったからこそだ。


(私はパレットみたいな根暗研究者じゃないから、クリスが強化する薬なんて作れないし、強い武器も錬金できない。合成なんて地味なことも絶対無理)


 エリは既に冷めきっていた。


(このままこいつと路頭に迷うのだけは嫌)

「庭を散歩してくるわ。クリスは疲れてるみたい。この部屋で休んでいって?」

「ああ。エリは優しいな。いつもありがとう」

「とんでもない。ゆっくりしていって?」


 部屋から出るや否や、エリは駆け足で廊下を進む。この時間帯にいるはずなのだ。エリはその場所を目指して進んでいけば――部下達と歩いていたアルノルドがいた。


「まあ、アルノルド様!」


 知らない顔をして、可憐な乙女の皮を被り、エリがアルノルドに近づく。


「こんにちは」

「やあ。エリ」

「任務終わり?」

「ああ。陛下に報告して、解散だ」

「それなら、この後一緒にお茶しませんか!?」


 エリが上目遣いでアルノルドを見た。


「それとも、私と二人きりは嫌?」

「エリ、俺とお茶を楽しんでいる時間はないはずだ」


 アルノルドが笑顔を浮かべた。


「君は、クリスを支えてあげないと」

「そうなの。そのことについても、ぜひ相談したかったんです! 私、彼を助けてあげたくて」

「パレットがそうやって俺に相談を持ち掛けた時に、彼女が浮気をしていると噂が流れた。流したのは君だ」


 エリの目が、ビキッ、と引き攣った。


「次に行く土地があるんだ。失礼するよ」


 堂々とした姿で、アルノルドが歩いていく。騎士達の背中を見ながら、エリが鼻で笑った。


「ふん。いいわよ。今に見てなさい。絶対堕としてやるから。私の恋愛魔法を舐めないで」


 呟き、エリがもう一度アルノルドを睨んでから、来た道へ戻っていった。











 葉っぱが風に乗って飛んでいく。


「風よ、教えて」


 美しい少年が訊ねた。


「姉様はどこにいるの?」


 風は遮断される。葉っぱは、地面に落ちた。


「諦めるな。必ず見つけ出すんだ。姉様」


 少年はそこで、気が付いた。


「そうだ。占いをしてみよう」


 少年は失った姉の部屋へ入り、随分使われていない水晶玉を手に持った。自分の魔力を注ぎ込めば、水晶玉の中で魔力が渦巻かれる。


「占いをしよう。魔力よ、姉さんがいる可能性が高い方角を教えてくれ。南か?」


 魔力は反応しない。


「西か? 北か?」


 魔力は反応しない。


「東か?」


 水晶玉が輝いた。


「そうか。東の可能性が高いのか」


 少年は決心した。


「父様は忙しくて動けない。だから僕が行かなければ」


 水晶玉を抱きしめる。


「待ってて。パレット姉様」


 緑色の瞳が輝く。


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