第44話 夢のマイ・ルーム(2)


 学校の授業の終了を知らせる鐘が鳴る。


「卒業コンクールの時期に入りました。皆さん、気を引き締めてコンクールに臨みましょう」


 エミーがメモにコンクールの日付を書いた。彼女は学校に入った当初からサボることなく企画されたコンクールには必ず参加しようと、一つも欠けることなくメモし、作品を出していった。その習慣が、今も役に立っている。インテリア・パレットで腕を認められたからと言って、エミーは決してサボることはなかった。むしろ、もっと勉学に力を入れるようになった。


(色彩検定がこの時期だから、この辺りで作成して……)

「ねえ、エミー」


 顔を上げると、今までずっと自分を馬鹿にしてきたクラスメイト達が、期待の眼差しで自分を見ていた。


「この間のコンクールで、有名デザイナーに沢山会ってきたんでしょう?」

「誰か、紹介してもらえる人とか、いないかなーって」

「ほら、私たち……まだ就職先決まってないから……」

「聞いたわよ。あのクレイヴィンさんから褒められたって!」


 ずっと指を差して笑っていたセレーナが、媚びた笑顔で話しかけてくる。


「エミー、連絡先交換したんでしょ? 先生から聞いてるんだから!」

「だから何?」

「紹介……」

「コンクールで作品出せばいいじゃない」


 レジェンドデザイナーと呼ばれているクレイヴィンは、この数年間、エミーの奇抜なデザインをずっと見ていてくれていたのだ。だから名前を知ってくれていたのだ。それだけのこと。


「みんなは私よりも絵上手いんだし、余裕でしょ?」


 エミーが立ち上がり、静かになった教室から出ていく。道中、デザインの本を読みながら歩き、通りすがる人の肩にぶつかるが、謝りながら本を手放そうとはしない。再び本を読みながら歩き、インテリア・パレットの扉を開く。あたしが二階から顔を覗かせ、微笑んだ。


「エミー、お疲れ様!」

「お疲れ」

「ちょっと相談があるんだけど、こっち来れる?」

「はいはい」


 エミーが二階へいくと、あたしが紙を持って待っている。


「ちょっとこれ見て欲しいんだ」

「何?」


 エミーがその紙を見て——あたしの顔を見た。


「どうかな?」

「……下手くそ。貸して」


 任せると、ぐちゃぐちゃな絵が出来上がった。魔力をエミーの手に注ぐと——紙に広がった——家具の絵に、あたしは瞳を輝かせた。


「そう。こういうの……」

「ふん」

「エミー、天才すぎる……!」

「この間こういうデザイン見たのよ。実験よ。実験」

「ありがとう!」

「……明日は店も休みだし、ゆっくり作れば?」


 エミーが鼻で笑った。


「完成したら呼んで。見にいってあげる」

「え? エミー、うちで検定の勉強するんだよね?」

「なんでそういうことになってるの!? 家でやるわよ!」

「え、だから、うちでやるんでしょ?」

「いや、だから、家で」

「うちでしょ?」

「いや、うちだけど」

「うん」

「いや、だから」

「うん。ふふっ」

「いや、間違ってない。間違ってないわよ、間違ってないけどぉ!!」


 ——翌日、あたしとダンが拳を天井に向けた。


「レッツ・錬金!」

「作ってくぞー」

「マリモ、まじでどう思う? あの女」

「ふ!」

「S.J、暴れていいわよ。もう絶対許さないあの女」

「キュウ」

「私は勉強で忙しいのに、なんでここにいなくちゃいけないの? ありえないわよ! ……ちょっと! 私が持ってきたドーナツ! いつになったら食べるのよ! 一人で食べちゃうわよ!!」

「ダン、作業の前に一個食べようか」

「賛成」


 エミーが持ってきてくれたドーナツを食べ、エミーがデザインした家具を作成する準備を始める。鍋に素材を入れ、完成を楽しみに待つ。


「さあ、どうかな?」


 イヴリンの魔力を入れ、蓋をし、取っ手の空洞に魔法陣を書き、手のひらの体温を与えれば、鍋が揺れ、紫の輝きが溢れ出す。ガタガタ震える鍋から、蓋が吹っ飛び、あたしの体が突き飛ばされ、大きなものが二階へ飛んでいく。エミーが悲鳴をあげた。鍋の輝きが消えた。さらにもう一つ作って二階へ飛ばす。エミーが頭を押さえた。


「もう勘弁してよー!」

「行くよ! ダン!」


 ダンとあたしの仮自室に入ると、壁と絨毯が貼り付けられていた。……イヴリンの魔力のお陰だろうか? あたしの気持ちが通じたようだ。


「うん! いい感じ!」

「次は?」

「机!」


 鍋に素材を入れ、魔力を注ぐ。光を飛ばす。家具を作成していく。どんどん部屋に家具が置かれていく。慣れたエミーは気にすることなく勉強した。あたしはひとまず、錬金を止めた。


「ダン! 行ってみよう!」

「おう!」


 再びあたしの部屋へ行ってみると、ダンが目を丸くした。あたしは笑みを浮かべ、頷いた。


「これなら動かせる! 流石イヴの魔力! あたしに優しい!」

「俺、この部屋あんまり好きじゃない……」

「イヴの魔力がある程度整えてくれてる! ほら、ダンも手伝って!」

「不思議な気分だよ。パレットのことは何ともないのに、お前の部屋が苦手なんてさ。椅子どうする?」

「そこに置いて!」

「ランプは?」

「そこ!」

「ベッドはどうすんの?」

「エミーが考えてくれたの!」


 あたしはダンを見つめた。


「分解するよ!」

「これ分解するのかよ。はぁー!」


 この家に引っ越してきた日に作った仮ベッド。とても寝心地の良いベッドだけど、貴女の形はこの部屋に合わないの。だから、合成を使って形を変える。魔法陣を描き、素材を置き、魔力を注ぐ。


「どうか、あのベッドになりますように!」


 手のひらの体温を与えると、魔法陣が光った。分解した素材と追加した素材が重なり、形が歪んでいく。しかしどんどん変形した形は整われていき……輝きが失われると、あたしはダンに振り向いた。


「組み立てるよ! ダン!」

「これ組み立てられるか?」


 さっきと逆の手順で組み立てていくと、ベッドが出来ていく。その形と色に……ダンが顔を苦くさせ、あたしは瞳を輝かせた。


「うわーーー!!」

「……あー、俺、まじで部屋が自分に合わないって感覚、あるんだなって思った。駄目だ。俺ここ苦手」


 あたしはベッドにダイブした。ダンがフラフラと部屋から出ていった。


「ドーナツ食べよ……」

「これこそ理想郷の寝室!」

「いける! 私解けるわ!」


 エミーが最後の問題を解いた。


「「出来た!!」」


 エミーとあたしの声が重なった。



(*'ω'*)



 イヴリンが馬車から下りた。


「明日、7時に迎えに来ます」

「ご苦労」


 イヴリンが家の扉を開けると――あたしとS.Jとマリモが飛びついてきた。


「お帰りなさい! イヴー!」

「ギャアアア!」

「ふ!!」

「S.J、遊びに来てたのか?」


 イヴリンがS.Jを撫で、マリモを撫で、あたしを抱きしめた。


「ただいま。パレイ」

「見せたいものがあるの」

「何のサプライズだ? その前に汚れた手を洗いに行こう」

「そうだ。うふふ! ね、早く!」


 手を洗ったイヴリンを二階へ連れて行く。


「あのね、イヴ」

「ん?」

「出来たの」

「何がだ?」

「あたしの理想郷」


 階段を上がれば、廊下を歩く。


「あたしが、一番落ち着ける部屋」


 扉の前で立ち止まる。イヴリンがあたしの部屋の扉を見た。


「見てみて。イヴ。あたしの理想、全部が入った部屋」

「……失礼する」


 イヴリンが扉を開けた。そして、視界に、あたしの理想の部屋が映った。


 あたしの寝室は至ってシンプルだった。

 グレーのダブルベッドに、グレーの壁と床。そこに紫のラグ。ダブルベッドの向かいの壁には端から端まで紫の木の板が設置され、椅子を置けば机に。棚を置けば本棚に。小物や、イヴリンとの写真が飾られている。


 グレーと紫で彩られた部屋。ほら、誰かを思い出さない? ダンは、この部屋が苦手だって言ってたけど。


「どう? イヴ」

「一つ、いいか?」

「はい、どうぞ」

「わたくしの自惚れかもしれないのだが」

「ええ、どうぞ」

「この部屋を見ていると」

「なんですか?」

「なぜだろう。わたくし自身を思い出す」


 イヴリンがあたしの腰に手を置き、どちらも軽く抱きしめ合って、互いを見つめる。


「これは、自惚れか? それとも、計画的か?」

「どちらだと思う?」

「なぜお前はこんなに可愛いことをする?」

「前から思ってたの。常にイヴに抱きしめられてるみたいな部屋が欲しいって。それは、イヴの大きな写真を壁に貼るとかじゃなくて、そんな単純なものじゃなくて、部屋を見るだけで、すぐにイヴを思い出せるようなものにしたいって。だってね? イヴ、あたし、イヴと喧嘩した時も、やっぱりイヴが恋しかったの。だから、いつ喧嘩して部屋で一人になってもいいように、常にイヴがあたしの側にいるような、そんな空間が、あたし、一番落ち着けるなって」

「パレイ」

「あたしの理想郷。あたしの理想の、マイ・ルーム。……えへへ。読書する部屋は、まだ考えてないんだ。ここでも読書はできるし……もう少し、自分の欲しい部屋が定まってから作ろうかなって」


 イヴリンの手が、あたしの頬を撫でた。その手に触れ、イヴリンを見つめる。


「ちょっと……重い?」

「パレイ、わたくしは今、何を考えてると思う?」

「うーん……。なんだろう……」

「わからないか?」

「だって、あたしが自惚れてるかもしれないもん」

「言ってみろ」

「すごく嬉しい」

「正解」


 イヴリンと唇が重なる。離れると、イヴリンの口紅が、あたしの唇についた気がした。


「パレイ」

「イヴ……」


 もう一度唇が重なる。イヴリンがスーツのジャケットを脱ぎ落とした。あたしから唇を離す。


「ちょ、ま、待って、イヴ……」

「どうした?」

「ここで、するの?」

「いけないか?」

「だ、だって」

「だって?」

「ここで、イヴとそういうことしたら、……ここにいるだけで、そういう気分になっちゃう……」


 イヴリンが固まった。あたしは顔を熱くさせ、俯いた。イヴリンがあたしの耳に近づいた。囁いた。


「濡れた」

「……ん」

「今ので濡れた」

「……え? それ、あの」


 あたしは真っ赤になって、イヴのシャツにしがみついた。


「ぬ、ぬ、ぬ……!」

「これはまずいな。きちんと処理しないと、ムラムラして止まらない」

「む、ムラムラ……♡」

「仕事終わりで疲労が溜まってる。食い散らかしてしまいそうだ」

「ご、ご飯は……?」

「目の前にあるじゃないか」

「お、お腹空いたなら、作ってるよ?」

「そうか。いつも美味しいご飯をありがとう。だが、まずはお前を食べてからな?」

「ふぁっ♡」


 作りたてのダブルベッドに押し倒される。イヴリンを思い出す部屋で、イヴリンと同じ色のベッドで、イヴリン本人に触れられたら、あたし、本当にどうにかなってしまいそう。心臓がもたない。だって、こんなに愛されたの、イヴリンが初めてなんだもの。


 イヴリンがスーツパンツを脱いだ。ああ♡ シャツ一枚のイヴリン、超エロい♡!


「脱がしていいか? 早くお前に触れたい」

「……はい……♡」

「わたくしのシャツは……お前に脱がしてもらおうか」

「っ……い……イヴぅ……♡」


 マリモが何やら楽しそうな部屋に近付こうとしたが、S.Jがそれを止めた。マリモは不思議そうな顔をしたが、S.Jはマリモを誘導し、大人しく一階へ下りていった。


 あたしの部屋から、ハートの残像がぽとりと地面に落ちた。


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