第43話 夢のマイ・ルーム(1)


 インテリア・パレットが受けた注文を、順調に捌いていく。作業量が多くなっても、ライアンは文句一つ言わず働いてくれた。エミーは昔のスケッチブックを取り出して、使えるものはないかと探し、さらに色の勉強を始め、自分のデザインをこだわりにこだわり抜いた。ダンは接客をしながら、従業員の顔を見て回った。マリアが困ってたらすぐあたしに相談しに来て、経理を手伝い、エミーが絶望していたらすぐにあたしに報告しにきて、エミーの愚痴を聞き、ライアンの疲れた顔を見たらすぐにあたしに連絡し、ライアンと面談した。


「大工、増やしましょうか?」

「……」

「そうしましょう」

「……助かる」

「誰か知り合いはいませんか? どうせならライアンさんのお知り合いの方に働いてもらいたいのですが」

「……親方に聞いてみる」

「はい。お願いします」


 休憩室を出て行き、廊下ですれ違ったダンと手を叩き合う。


「ありがとう。ダン」

「おう」


 怖いくらい経営は上手くいっている。しかし、最近ライバル店ができた。新しい家具屋にお客さんが取られてしまいそうだが、エミーのデザインを気に入った客はまた訪れる。


「新しいとこができたけど、なんかねー!」

「あたしゃここが好きだよ! れんきんなんとか製品だって言うけど、デザインがいい! 最高だよ!」

「パレットちゃん、この間旅行に行ったんだけどね、その時のお土産」

「あれまー! ありがとうございます!!」

「ところでパレットちゃん、ここって、インテリアコーディネートはやってないの?」


 お客さんの言葉に、あたしはきょとんとした。


「インテリアコーディネート?」

「部屋を作って欲しいの。うちの旦那も私も、本当にセンスがなくて……」

「……家具はありますか?」

「ええ。だけど、最近引っ越して、もう、詰め込んだだけみたいになってて、良かったらお願いできない? お金なら払うわ」


 お客さんがショールームに指を差した。


「ほら、あんなリビング。ああいうのが理想なの」

「……お時間、いつ空いてます?」


 翌日、ダンとエミー、ライアンを始めとする、ベンや彼の下で働く大工たちを連れて、お客さんの家へやってきた。部屋を見ると、特に配置は悪い気はしなかったが、本人たちが納得いってないらしい。


「夫婦どちらも旅行が好きで、特にコテージに泊まるのが好きなの。だから、コテージっぽい家にしようねって、壁もコテージみたいに木造にしたの。でも、大切な家具の配置が全然で、パレットちゃん、どうにかできない?」

「コテージっぽい感じですね」


 エミーを見る。


「どう思う?」

「コテージなのに、家具はホテルみたい」

「家具の形状を変えても問題ないですか?」

「売るか捨てようと思ってたから、好きにしていいわ!」

「じゃあ、変えたらまずいやつは教えてください」

「腕が鳴るわね……」


 最初にあたしとエミーが相談し合って、今設置されている窓やキッチン、家の形を考えて家具のデザインを考えていく。デザインが決まったらあたしの出番だ。変える必要のある家具は錬金術を使って形を変え、ライアン達に調節してもらう。そうして出来上がった家具を配置するのをダンや大工に手伝ってもらい、リビングを作っていく。数時間後、出来上がったリビングに、お客さんが感激した。


「ひゃー! すごい! これこそ頭に描いてたリビングよ! 旦那も喜ぶわ!」

「お会計ですけど、このくらいでどうでしょう?」

「……パレットちゃん」


 お客さんに首を振られた。


「もっと高くした方がいいわよ」

「このくらいがいいかと」

「ダメよ。ゼロが一つ多い方がいい。あのね、安ければいいってもんじゃないの。技術にはそれに見合った対価を払わせなくちゃ」

「ですが……」

「ダメよ。ゼロを一つ付け足して。パレットちゃん、貴女本当にセンスいいわ。でもお人好しだから本当に心配。いい人ばかりじゃないのよ。はい。お代」

「……ありがとうございます」

「プランで作ってみたらどう? もしやってくれるなら、ぜひ寝室もお願いしたいわ!」

「……考えてみます」


 インテリアコーディネートをする場合、とてもライアン一人では間に合わない。今回みたいにベンにお願いすることになるだろう。そうなると人件費が嵩む。しかし、今回くらいの代金を頂くことができれば、余裕で賄える。


「ダン、どう思う?」

「いいと思うぞ」


 きょとんとして見つめると、ダンがあたしに目を向けた。


「お前家具作るより、配置する方が好きだろ。さっきの人、すごくいい提案してたと思う」

「……」

「また、店で考えよう。プラン制にして、安いのと高いので分けたら、さっきの人みたいな客はすげー助かると思うし。そこらへん、ルイの方が詳しいんじゃないか?」

「……確かに」

「けえ! 詳しいことがわかったら嬢ちゃん! 俺に教えな! 契約書を持ってくるぜ!!」

「契約書?」


 ベンが腕を組んだ。


「うちの会社の連中を、派遣するって契約よ! 変な奴を使うよりか、こっちで人件費使ったほうがずっといいくらい、こいつらは信用できるぜ!!」

「確かに一回一回雇うより、契約して、ベンさんのところの大工を使った方がずっと楽……!」

「けえ! 嬢ちゃんのためなら! 俺らはいつだって飛んできてやるぜ!!」


 大工達がライアンの背中を叩いた。


「上手くやってるみたいじゃねえか」

「この先もしっかりな」

「……ありがとうございます」

(ルイに相談しよう。価格設定は、ルイの方が詳しいもん)

「……インテリアコーディネートプランは考えるとして」


 エミーがあたしの横に立った。


「あんたはいつになったら自分の部屋作るわけ?」

「……んー」

「いつまでもあんなベッドしかない殺風景な部屋終わりにしなさい。壁も床もデザインも何もない無地で、ベッド一つ。よく眠れるわね」

「シンプルイズベスト的な?」

「人の部屋は作るのに、自分の部屋は作らないの?」


 エミーがため息を吐いた。


「思いついたらいつでも言って。……机のデザインくらいなら、考えてあげなくもないから」

(……そうだ。最近色々あって忘れてた)


 あたしはまだ、理想のマイ・ルームを作ってない。


(あたしの部屋か)


「けえ! 今日は全員解散だ! 気をつけて帰るんだぞ!!」


 ベンの大きな声が、ルセ・ルート中に響き渡った。



(*'ω'*)



 静かな夜。あたしは掃き出し窓開け、地面に座り、庭と大きな空を眺めながら膝にマリモを乗せて考えていた。


(いつかちゃんと考えて作ろうとは思ってたけど……今はそれどころじゃないってことが多すぎて……後回しになってた)


 深く、息を吐いた。


(どうしようかな……)


「パレイ」


 振り返ると、お揃いのパジャマを着たイヴリンが、デザートが乗った皿をあたしに渡してきた。


「食べるか?」

「……食べる。……ありがとう」

「隣に座ってもいいか?」

「うん。……一緒に食べよう」


 マリモが目を覚ました。欠伸をして、あたしの膝から庭に転がり落ちた。その場で跳ね飛び、遊び出す。


「今日ね、エミーに言われたんだけど……いつ自分の部屋作るのって」

「ああ、それはわたくしも気になっていた」

「そういえば、ずっと後回しにしてたなって」

「お前は人のことばかりだ。自分のことはすぐに後回しにする。覚えてるか? 二人だけの家を用意したって報告した時に、お前が言った言葉」

「……家具はあたしが全部作る。作らせて。あたしの理想郷を作りたい」

「お前が来るまで、あえて何も置かなかった。そしたらどうだ? こんなに素晴らしい家が出来た」


 一部を除いて、この家はあたしの理想郷。


「空き部屋はまだいくつか残ってる。物置にするもいい、客室にするもいい、全部お前が決めていい。けど、その前に自分だけの部屋を用意することは、わたくしも賛成だ」

「揃ってるんだよな。贅沢な調合部屋もあるし。素材を管理する物置もある。昼間は店にいるし……今更自分の部屋って言っても」

「パレイ、これならどうだ? お前の理想の部屋を、わたくしはこの目で見たい」

「……」

「お前がどのような部屋を好み、どんな部屋で一番リラックスできるのか、そんなお前が見たい」


 イヴリンがスプーンでデザートをすくい、あたしの口元に運んだ。


「どうせなら、寝室と読書をする部屋、二つ作ってみたらどうだ?」

「……そんな贅沢なことしちゃっていいの? あたし、もうイヴの部屋に寄り付かなくなっちゃうかもよ?」

「それは大丈夫だ。わたくしが寄りつこう」

「……」

「パレイ、わたくしの考えていることがわかるか?」

「デザート食べないの?」

「正解。ほら、食べなさい」


 あたしはイヴリンのスプーンを咥えた。デザートはとても甘かった。


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