第38話 ラスト・チャンス(2)
療養中、あたしが何をしていたと思う? ただベッドで眠っていただけとでも?
「マゴット、録画記録見せて。キメラの分析する」
『さすがママだね! 向上心を止めない! どうぞ!』
「マゴット、アメーバ、プランクトン、検索、情報を教えて」
『了解だよ! ママ!』
マゴットからネットワークに流れているプランクトンの情報を教えてもらいつつ、キメラの動きを観察する。あたしの動きは、突然のキメラに驚いて動きが拙い。そんなつもりはなかったけれど、心の奥底できっと大丈夫だと油断していたのだろう。
もう二度とイヴリンにあんな悲しい顔をさせないためには、この最後の一回で仕留めるしかない。
(気になった箇所があるんだ)
あたしはベルトから魔法銃を取り出し、構えた。そして、キメラの透明な体内で動き回る丸い核を狙った。
(そこだ)
魔法弾を打ち込み、核に命中すると——キメラから大量の水が溢れ出し、痛みもがくように暴れ出した。子供のドラゴンが吐き出される。S.Jが近づき、子供のドラゴンにしつこく鳴くと、キメラが再び子供のドラゴンを体内に呑み込んだ。S.Jが鳴き続ける。
「キュウ! キュー!」
「S.J! 気をつけて!」
キメラが体内から棘を出し、外へと飛ばしてきた。あたしは体を捻らせて避け、S.Jはコロコロ転がって避けた。核はまだ活発に動いている。あたしはもう一度狙いを定めて魔法銃を撃った。
(当たれ!)
外した。舌打ちしてもう一度構えると、キメラが見えない暗闇の天井へと消えた。
(あ、やばい)
壁の方へ逃げると、フロアのど真ん中に体を広げて落ちてきた。その際に体が水のように弾き飛び、バラバラになった。核が独りでに動いている。チャンスだと思い、あたしは双剣に持ち変え、水だらけになった地面を駆け、迷うことなく斬りつけた。だが、斬って初めて感じる。
――硬い!?
核の傷口から、赤い血が飛び出た。ボールのように跳ね跳び、天井へ行くと、元の水の塊姿で戻ってきた。S.Jが弟に近づこうとするが、はね飛んだ水に呑まれて、再びキメラの体内へ戻っていった。S.Jが鳴いた。
「キュー!」
「S.J!」
S.Jを腕に抱えて転がると、その場所にキメラが跳ね跳んできた。すぐ立ち上がり走ると、キメラがその後を跳ね跳んで追いかけてくる。
「天井から降ってくるんじゃなくて、今度はボール作戦だって!」
「ギャアアア!」
「戦い方に種類がある! かなり利口だね! ちょっとやそっとじゃ倒れてくれなさそう!」
振り返ると、キメラが紫色に染まっていく。嫌な予感が頭によぎる。大量の毒がキメラから放出された。
「うわっ!!」
「キューーーー!」
S.Jの体が大きくなっていく。
「キューーーーァアアアア! ギャアアアアア!!」
「S.J! ぬわっ!」
薬の効果が切れ、元の大きさに戻ったS.Jがあたしを咥え、毒を避けるために天井高く飛んでいった。子どものドラゴンは毒の湖を楽しそうに泳いでいる。S.Jが咥えたあたしを振り投げ、背中に乗せた。そして、湖の中で動く核を見下ろす。S.Jが息を吸い込み、さっきあたしがやったように――核に狙いを定めて火を吹いた。炎に包まれた核が暴れ出し、毒の湖はどんどん透明へと戻り、体が一つに戻っていく。
「硬いけど、パターンは見えたかも」
「ギャアアアアア!」
「S.J! 天井に引きつけて!」
S.Jが天井の側まで翼を広げると、キメラが一瞬溜め、大きく飛んできた。S.Jが避けると、キメラが天井にぶつかり、水の塊が粉々に散らばった。核が飛び出す。あたしはS.Jから飛び降り、双剣を構えた。
(重力を利用して)
核に向かって落ちていく。
(斬る!)
双剣と核がぶつかり合う。
(流石キメラの命。重い。硬い。——だけど)
あたしは力を込めた。
(いける!!)
核が地面にぶつかり、双剣の刃の先が少しだけ核に入った。その瞬間、核の様子がおかしくなり、悲鳴をあげるようにブルブルと震え始めた。あたしは迷わずワープ魔法を使い、空中を飛ぶS.Jの背中に戻ると――突然だった。聖域の気温が一気に氷点下に下がり、氷漬けとなったのだ。
「さむっ!」
「ギュウウウ!!」
子供のドラゴンも寒がっているようで、聖域の隅に座り込んで震えている。氷の中で、核が泳いでいた。
「S.J! お願い!」
「ギュウウウウ」
S.Jが吸い込み、聖域を包む量の炎を吹いた。氷が溶け、お湯となり、温泉となり、暑さに耐えられなくなった核が飛んできた。それを見て、あたしは再びS.Jから飛び降り、双剣を構え――核を斬りつけた。今度は真っ赤な血が派手に噴射され、あたしを赤く染めた。
(視界が!)
S.Jが飛んできて、あたしを受け止め、また高く飛んでいく。あたしはS.Jに捕まりながら、目元を擦り、返り血を拭った。
(戦い方をこんなにも変えてくるなんて思わなかった。魔法使いはとんでもないものを生み出してくれた)
血で手が滑りやすくなった。
(毒素を抜くには、あのキメラをどうにかするしかない。大丈夫。やれる気がする)
あたしは目を開けた。
(なんとかできる気がする)
——目の前に、優しそうな笑顔を浮かべる、魔法使いがいた。
「お前の役目は、ここを守ることだ」
魔法使いが、あたしに伝える。
「この聖域こそが、お前の居場所」
優しい手が、あたしを撫でた。
「頼んだぞ」
近づく人間がいれば排除するだけ。
簡単なお仕事だ。
近づく人間がいれば殺すだけ。
簡単な役目だ。
人間が現れた。
二つの手を持っていた。
もう一度あの感覚を思い出したくて、頭を擦り付けてみた。
撃たれた。
刺された。
斬られた。
殺した。
地面に残された手に、自分を擦り付けてみた。
冷たかった。
聖域を一人で守り続けた。
何年も、何年も、何年も。
近づく人間を見つけたら殺した。
キメラが棲みついた。
仲良くなりたくて、近付いたら、みんなおかしくなった。
正気は失われた。
聖域を一人で守る。
今日も一人で守る。
近づく人間、誰も許しはしない。
近づく人間は片付ける。
簡単なお仕事。
近づく人間を殺す。
簡単な使命。
——滝のような水が降った。あたしはハッとした。S.Jが避けた。あたしはS.Jにしがみつき、意識をはっきりとさせた。キメラが大量の水を放ったようだ。今の衝撃で、返り血は落ちた。しかし——血があたしの中に入ったことにより見えたキメラの記憶を見て、あたしは考えを変えざるを得なかった。
「駄目だ」
「グルルル」
「倒せばどうにかなると思ったけど……それだと、カレウィダールのみんなと変わらない。クリスと、やってることは変わらない」
あたしはベルトを見た。中には——調合薬が入っている。
「……S.J、作戦変更」
あたしはしっかりとS.Jを掴んだ。
「動きを止めてほしいんだ。一瞬でいい。できる?」
「ギャアアアアアアア」
「頼んだよ!」
核が壁にぶつかり、跳ねて、向かいの壁にぶつかり、跳ねて、跳ねて、跳ねて、どんどん速さを増していき、S.Jに突っ込んでくる。しかしS.Jは冷静に体を振り回し、尻尾で核を地面へ叩き落とした。しかし、地面に落ちた核が地面にぶつかり、天井に向かってすごい勢いで飛んできた。
「これを待ってた!」
あたしは調合薬を掴んだ。回復薬。
「そーれ!」
天井に向かって飛んできた核を狙って、横から回復薬をぶっかけると——核の速さが急激に弱まった。それ以上高さが行くことなく、落ちていく。
あたしはS.Jから飛び降りた。透明な棘が飛んできた。双剣で振り払う。棘がなくなったキメラには核だけが残された。あたしは調合薬の蓋を開けた。万能薬。
「それ!」
ぶっかけると、核の動きが弱まった。力なく地面に落ちていった。あたしはワープ魔法で先に地面に着地すると、上から核が落ちてきた。動きが鈍い。あたしは調合薬を掴んだ。解毒薬。
「……それ」
ぶっかけた。
——核が溶けた。
核が、悲鳴を上げるようにコロコロ転がりだす。しかしS.Jが火を吹き、核を燃やした。燃える核が転がると、あたしはもう一度解毒薬をかけた。核から焼ける、溶ける音が響いた。核が小さくなっていく。コロコロ転がり、壁にぶつかった。あたしはもう一度解毒薬をかけた。さらにかけた。大量にかけた。あるだけ、沢山、解毒薬をかけた。
「…………………………」
核が、動かなくなった。
「…………………………」
ピクピクと、痙攣している。攻撃してくる気配はない。
「……」
あたしはそっと触れてみた。かなり弱っている。しかし、まだ棘を出そうと、透明な棘を作ってみせたが、鋭い棘ではなく、とても柔らかい棘で終わってしまった。
「ずっと、主の命令通り、ここを守ってきたんだよね」
核から棘がなくなった。もう痙攣することしかできない。
「体が腐って、毒を充満させるまで、君はこの聖域の守り神として、生きてきた」
たった一人で。
「偉かったね」
あたしは、両手で核を撫でた。
「寂しかったね」
核が動きを止めた。だが、呼吸はしているように感じる。まだ生きている。
「まだ毒が体内に残ってるけど……ごめんね。解毒薬、もうないんだ」
核からの殺気が消えている。
「……君、良かったらうち来ない?」
核は何も言わない。口がないのだから、当然だ。
「あたしね、お店をやってるの。お店ってわかる? 人が生きていく上で必要だなって思った物を、対価と交換する場所なんだけど、お客さんがいっぱいいて、もう従業員の手が足りてない状態なの。だから、手伝ってくれる子が欲しいんだ」
溶けた核が、手のひらサイズになってしまった。
「ここは寒いし、暗いし、一人だと広すぎる。お店はここと比べてかなり狭いけど……でも、すごく明るいところなんだ」
あたしは核をもう一度なでた。
「ね、良かったら、手伝いに来てくれないかな?」
核は喋れない。
「ここが心配だって言うなら、いくらだって帰っていいよ。ここは君の家なんだから。あたしが言ってるのは、一日の……数時間程度でいい。お店の手伝いを、してくれたら、助かるなって話」
「……」
「だけど、まずは大前提、君の強烈な毒を抜くために、一回あたしの家に連れて帰りたいの。毒が全部抜けたら、あとは好きにしていい。お店に来てもいいし、棲みついてもいい。ここが心配なら、いつ帰ってもいい」
「……」
「一回、君を連れて帰っていいかな? ……お願い」
あたしは核を撫でた。
「お願い……」
両手を離すと——核が弱々しく、コロコロと転がり——あたしの膝に転がってきた。
「……攻撃、しないでくれるかな?」
「……」
「ありがとう。少しだけ我慢してね」
手のひらサイズの核を、大切に両手で包み込み——あたしは、S.Jに振り返った。
——ライアンが、エミーが、ダンが、拘束されながら、腕を組む領主を見上げた。領主——イヴリンは赤子も凍るような目で、部下たちと共に三人を見下ろしていた。
「インテリア・パレットの諸君。ここは立ち入り禁止だ。説明がなかったか?」
「……」
「うー……何よ、この女……。そんな怖い目で見てこなくてもいいじゃない……!」
「よく見とけ。エミー。このねーちゃん、パレットの恋人だよ」
「は? あんた今なんて言った? ……この領主が、あのポヤポヤ女の恋人だっての!?」
「質問に答えよ。諸君。ここで、何を、している?」
「まあまあ! そう怒りなさんなって! 領主様!」
イヴリンがダンを睨みつけた。しかし、ダンは普段通り、ひょうひょうとした態度で口を動かす。
「文句があるならうちの代表に言ってくれよ。危険な目に遭ったのにも関わらず、これ一回最後にするって聞かなかったのは代表だ。領主様、知ってる? パレットっていう女なんだけど」
「お前」
「これ一回最後って言ったんだ。代表には口をひらけば惚気話が出てくるほどの素晴らしい恋人がいるようでね。その恋人に、二度と悲しい顔をさせないために、これ一回、最後に、気になってるところを分析した上で、改めてそこの危険な洞窟に入って、自分のすべきことをしたいって」
「……」
「俺たちは、代表に命令されて動いたわけじゃない。そんな愚かなことはしない。これ一回最後、代表のために、一肌脱いだって惜しくはないと思って、やっただけだ。義理堅いんだ! この土地の民は! あんたの土地だ! それでも、罰則があるってのかい? ただ、立ち入り禁止の森に入った。それだけじゃねえか!」
「インテリア・パレットの経営を許可したのは誰だと思ってる?」
ダンがイヴリンを睨んだ。
「継続させるのも、解散させるのも、わたくしが権利を握ってることを忘れずに発言するんだな」
「ああ! そっか! パレット、恋人に初期費用出させたとか、そんなこと言ってた!」
弱気な声を出したエミーが——ニヤリとした。
「だったら、その初期費用分、領主様に返しちゃえば問題ないんじゃない? それで赤字になったって、どうにかなるわ。私がデザインした家具に、間違いはないもの! 客はね、バカじゃないの。良いと思ったら、ずっと通い続ける。インテリア・パレットは、素晴らしい店よ。領主様が何を言ったってね!」
「店を終わらせたら、一番悲しむのは嬢ちゃんだ」
ライアンがイヴリンを見た。
「あんた、好きな相手にそんなことするのか?」
「兄さんの言う通りよ! 恋人なら、恋人の味方するはずでしょ! 悪いけどね! パレットからあんたとの惚気話を毎日聞かされてるんだからね! 恥ずかしいことも聞いてるんだからね! 店を終わらせたら、その話、ぜーーーんぶ、町中に言いふらしてやるからね!!!」
「パレットは、聖域にいるキメラの毒についてかなり気にしてた。俺たちを捕まえるよりも、先にやることあるんじゃねえの?」
イヴリンが勢いよく腕を上げた。ダンが、いつ殴られてもいいように、グッと唇を噛み締めた。エミーがぎょっと目を見開いた。ライアンがイヴリンを睨んだ。次の瞬間——イヴリンが部下たちに言い放った。
「解放しろ」
「……領主様、今なんと?」
「解放しろ」
「え? は……」
「早く」
「御意!」
縄が解かれ、三人は自由となる。イヴリンがダンに訊いた。
「パレットは、聖域に向かったんだな?」
「重装備でな」
「わたくしが行く。他はここで待機していろ」
「領主様!」
「いけません! あなたまでもいなくなったら、この土地は今度こそ終わってしま……」
——ライアンが洞窟の方を見た。エミーが眉をひそめ、ライアンの背中に隠れた。ダンが振り返った。騎士たちが顔を上げた。イヴリンがはっとして——洞窟の前にいたダンの体を、自分ごと押し倒した。
「おわ!」
ダンが悲鳴を上げた直後、洞窟の中から巨大なドラゴンが飛び出し、騎士たちが悲鳴を上げて後ずさった。
「うわあ! ドラゴンだ!」
「氷よ、我の名の下に……」
「黙れ!」
イヴリンが怒鳴ると、騎士たちが止まった。ドラゴンの後ろから小さなドラゴンが飛んできて、ダンが起き上がる。ドラゴンが地面に降りると——びしょ濡れのあたしが、両手で小さなものを包ませ、地面に下りた。
「イヴ!」
「パレイ!」
お互いにお互いへ走り、あたしはイヴリンの体へ突っ込み、そんなあたしをイヴリンが抱きしめた。
「この阿呆! 二度と……関わらないと言ったのに……!」
「ごめんなさい。イヴ。心配かけて……!」
「怪我はないか?」
イヴリンがあたしの体や顔を見回した。
「生きてるのか?」
「あたしよりも、この子が……」
両手に包み込んだキメラを見せると、イヴリンが目を見開いた。
「早く調合薬をかけてあげないと、この子が……!」
——S.Jが大きく鳴いた。あたしが振り返ると、S.Jがあたしに背中を向けた。イヴリンに振り向くと——背中を押された。
「早く行け」
「イヴ……」
「説教は後だ。早く行け。魔力なら家に置いてある」
「っ、ありがとう。イヴ。……愛してる……!」
急いでS.Jに乗ると、S.Jがすぐに翼を広げて飛んでいった。弟のドラゴンがS.Jを追いかける。
「諦めちゃ駄目だよ!」
あたしは小さくなった核を励まし続ける。
「うちの手伝いしてもらうんだから! 絶対死んだら駄目だよ!」
S.Jが真っ直ぐ、あたしの家に向かって飛んでいく。涙が、空へ消えていった——。
玉座の間で、アルノルドが跪く。
「国王陛下、そして、クリス殿下、ご機嫌麗しゅう」
「待っていたぞ。アルノルド」
国王が——その横を見た。
「よく戻った。パレット」
あたしは下げていた頭を、上に上げた。
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