第37話 ラスト・チャンス(1)


 体が完全に治るまで、イヴリンに雇われた家政婦が家のことをやってくれた。その間、あたしは部屋でひたすら療養し、大人しくしていた。


「ただいま。パレイ」

「お帰りなさい。イヴ」


 夜になれば、イヴがあたしの面倒を見てくれた。あたしは大人しく身を任せた。


「ありがとう。イヴ」

「なぜ感謝されるのかわからないな。恋人として、当たり前のことをしているだけだ」

「イヴったら、もう♡」


 眠りについてから一週間後、本当に傷という傷が再生されて元に戻り、元通り体が動くまで回復した。ストレッチをしてみて、筋トレをしてみる。


(うん。多少鈍ってるけど……いつでも行ける)


 朝食を作って、出かけるイヴリンを見送る。


「行ってらっしゃい。イヴ♡」

「パレイ」


 抱きしめられて、いっぱい彼女からのキスを受ける。


「療養後なのだから、絶対無理はするな。いいな?」

「わかってるよ。あたしがイヴの言うこと聞かないと思ってるの?」


 イヴリンが黙ったので、あたしはムッとした。


「ちょっと」

「そろそろ行かなくては」

「心配させるようなことはしない」


 イヴリンがあたしを見つめた。


「二度と、貴女にあんな顔はさせたくない。イヴリン様」

「……」

「……お仕事行かないの?」

「もう一度キスをしておこう」

「やーん♡ イヴぅ〜♡」


 イヴリンを見送ってからしばらくして、あたしはスクーターで貸本屋に向かう。店の中では、ジョーイがタバコをふかせていた。


「ジョーイさん」

「おお、嬢ちゃん。……ダンから聞いたぞ。体はどうだ?」

「ええ。もうすっかり」

「大変だったようだな」

「とんでもないキメラがいまして、……ジョーイさんに聞きたいことが」

「まさか、また行くんじゃないだろうな?」


 椅子に座るあたしに、ジョーイが目を吊り上げた。


「今、あの洞窟内で問題が起きていると領主の耳に入ったようだ。見たことのない兵がこの地に派遣され、森の周りをうろついている。あんたの出る幕はない」

「キメラを召喚した魔法使いって、どこにいます? 会いたいのですが」

「無駄だ。もう死んでる」

「死んでる?」

「寿命でな。ルセ・ルートに建てた家で亡くなった。家族こそいなかったが、村の人みんなに囲まれ、感謝されながら安らかに逝った」

「ということは……キメラを作り出した本人はもういない。誰もあのキメラを止める主はいない」

「領主がいる。もう気にするな」

「そうです。領主はあくまで指示をする役目なんです。領主本人が戦うわけじゃない。より多くの死人が出ます」

「……」

「プランクトンの本ありますか? 何か……情報さえあれば……」


 あたしが腰を上げると——リュックの中がざわついた。


「ん?」

「キュー!」

「ぬわっ!?」


 ジョーイが悲鳴をあげた。あたしは落ち着いてリュックを下ろすと——S.Jが頭を出していた。


「あれ、S.J」

「キュー!」

「家に置いてきたはず……まさかついてきたの?」

「ギャアア!」

「この悪戯坊や! お留守番してないとダメでしょ!」


 ジョーイが唖然としながら、あたしに訊いてきた。


「ドラゴンじゃないか! じょ、嬢ちゃん、どこで拾ったんだ?」

「庭に落ちてきまして」

「キュウー」

「大丈夫なのか? ドラゴンは人を襲うと聞いてるぞ」

「ちゃんと接していれば、犬より大人しくて利口です。ね、S.J」


 S.Jに笑みを浮かべると——ふと、思った。


「この子がいれば、何とかなるかも……」

「お、おい、嬢ちゃん?」

「ジョーイさん! あたし、行きます!」

「嬢ちゃん!!」


 スクーターに乗り、振り返ると、そこには呆れた顔のジョーイが立っていた。


「西側に……森の中に入れる裏口がある。わかりにくいから、警備が甘いはずだ」

「……」

「死ぬなよ」

「……ありがとうございます!」


 あたしはスクーターを走らせ、インテリア・パレットへ急いだ。扉には『休業します』との貼り紙が貼られており、無視してドアを開けると——ライアンと、エミーと、ダンが待っていた。三人を見たS.Jがキュウ! と鳴いた。


「……みんな、なんでいるの?」

「ダンが言ったのよ。手伝って欲しいって」

「ダンが……何を?」

「パレット」


 ダンがあたしのベルトに指を差した。


「剣、抜け」

「どうして?」

「切れ味をよくするためでぇ!」


 聞き覚えのある声に驚いて工房を覗くと、ライアンの元上司、棟梁のベンが仲間を引き連れて工房で待機していた。


「ベンさん!」

「けぇ! わけは聞いたぜ! なんかとんでもねえ化け物に挑むんだってな! 男も女も勝負の時は本気でやんねえといけねえ! 今日は鍛冶屋の仲間を連れてきた! 嬢ちゃんのその剣、切れ味良くしてやっから! こっちに渡しな!!」


 ベンとその仲間たちがあたしの双剣を奪い、火の側で鋼を溶かして叩きまくる。


「うおおおおお! 本気出しやがれってんだぁあああ!!」

「切れ味良くしてやんぜぇええええ!!」

「素材はルイがすぐに手配してくれた。棚に入ってる」

「ダン……」

「悪いけど、マリアは呼んでないんだ。……巻き込むわけにはいかないから」


 ダンが腕を組んだ。


「最後の一回だからな。……これくらいはして、損はないだろ」

「……すごく助かる。ありがとう」

「キュウ!」

「わ! S.J! なんだ、お前も来たのか?」

「連れて行こうと思うんだ」


 S.Jを抱き抱えたダンがあたしを見た。


「ドラゴンが側にいるなら、S.Jの言葉もわかるかも。戦わなくて済むかもしれない」

「キメラって話通じるの?」

「それはわからない。でもかなり利口だと思うよ。あのキメラ」

「念には念を。さ、調合していこうぜ!」

「うん! ……エミー、S.Jお願い!」

「バウっ!」

「ひい! なんで私がドラゴン係なのよ! 私はデザイナーなのに!」


 剣を叩いてもらってる間、あたしはダンに手伝ってもらいながら調合を進めていく。回復薬、解毒剤、万能薬、ある分だけ作っていく。しばらくして——鍛治職人が汗を拭った。


「今年一最高のものができたぜ……」

「嬢ちゃーん! 出来たぜ、このやろー!」


 完成された双剣を見て、あたしは愕然とした。とんでもなく——切れ味が良さそうだ。


「やっぱ錬金より本物だよねぇ……。これが職人の力かぁ……」

「けぇ! お代はサービスだってんだ!」

「なぜ故に!? ベンさん! そんなことばかりしてたら、倒産しますよ!?」

「安心しな! ライアンの奢りだってんだぁ!」


 あたしとダンとエミーがライアンを見た。ライアンが坊主になった頭を掻いて、一言言った。


「ボーナスは倍だ」

「感謝します! ライアンさん!」

「キュー!」

「ひゃあ! こいつ、火を吹いた!」

「準備は整った!」


 ダンがドアを開けた。


「行くんだろ! パレット!」

「……もちろん。タイミングは今しかない」

「よし、来た! 行くぞ!」


 あたしのスクーターにダンが一緒に乗り、すぐ側ではバイクを飛ばすライアンと後ろに乗るエミーが森の前までついてきた。ちょっと待った。


「なんでみんなついてくるの!?」

「流石に森の中までは行かねえよ」

「この辺、外から来た兵が見張ってるっていうじゃない。私の色仕掛けで何とかしてあげるから、その隙に潜り込みなさい」

「無理するな」

「お前に色仕掛けはできねえ」

「ダン! 兄さん! なんてこと言うの!? 思っても女の子にはそういうこと言っちゃいけないのよ!? だから二人ともモテないのよ! この、ダメンズが!!」

(本当は止めるべきなんだろうけど……ごめん、三人とも。……すごく心強い)


 ジョーイから聞いてる通り、森の警備が以前よりも厳しくなっていた。遠回りして西側に回ってみると、ジョーイに言われた、わかりづらい裏口が確かにあった。しかし、その手前に見張りがいる。


 あたしが考えていると、エミーがあたしの肩を掴んだ。


「任せなさい」

「エミー」

「兄さん、ちょっと」


 エミーがライアンに耳打ちし、ライアンが頷いた。


「お前にしては上出来だ」

「行くわよ」

「「せーの……!」」


 ライアンとエミーが店から持ってきた木の板を持ち、同時にふり投げた。見張っていた二人の騎士にぶつかり、振り返る。


「いて!」

「なんだ!?」

「兄さん!」


 ライアンとエミーが立ち上がり、左右に分かれて走り出した。


「何だ、お前達!」

「待てー!」


 各々を追いかけていき、見張りがいなくなる。ダンが辺りを見渡し、頷いた。あたしは裏口から森へと侵入し、ダンも後ろからついてきた。だからあたしは声をひそめて言った。


「ダン、ここまででいいよ!」

「俺だってここまででいいなら行ってねえって!」

「大丈夫だよ!」

「馬鹿。見ろ!」


 ダンに指を差されて気づく。——洞窟の前で見張っていた騎士達が敬礼した先に、イヴリンがいた。


「「お疲れ様です!」」

「ご苦労」


 洞窟の中から数名騎士が戻ってくる。


「中はどうだ」

「治療班の応援を」

「状況の説明を」

「洞窟は塞いだ方がいいでしょう。あのキメラに勝てる者はいません」

「魔法騎士はどうした」

「重症です」

「……魔法でも駄目だったか」

「とんでもない強さです。今まで会ったことがない類のキメラで……」


 騎士とイヴリンが歩き出す。……あの騎士は見たことがある。いつもイヴリンを馬車で迎えにきていた騎士だ。


「イヴリン様、これは私の提案なのですが、一度パレット様にあのキメラの分析をお願いしてみてはいかがでしょう? あの方から送られたデータはかなり貴重なものでした。もう一度データをまとめてもらえば、分析出来るかもしれません」

「洞窟を塞ぐか。もしくは聖域を塞ぐか」

「塞いだところで瘴気が放たれている以上、問題は解決しません。いずれ、人にも影響が出てきます。今断ち切らなければ……」

「わたくしまでも……パレットを利用しろと言うのか? クリスと同様に」

「イヴリン様、お気持ちはわかりますが……この国を守る方法を最優先に考えるべきです。……領主として」


 ——硬直したあたしを、ダンが横目で見た。


「駄目だ。パレットには頼らない」

「領主様!」

「怪我人を運び出せ。全員出たら、わたくしが直接行く」

「おやめください! 貴女がいなくなったら、誰がこの国を守るのですか! 応援が来る前に、一度皆で作戦を立て直しますから!」


 重症者が洞窟から運び出され——見張りだけが残され——イヴリン達がその場から離れていった。——ダンがあたしを見つめた。あたしは——無の表情で魔法道具を起動させた。


「マゴット」

『はい、ママ……』

「どういうこと?」

『知ってたもんかと……』

「聞いてないけど」

『ここはそもそも、イヴリン様が引き継いだ土地なんだよ! ママ! 前の領主があまりにも酷かったもんだから暗殺されて、イヴリン様がその責任を全て担う領主となったんだ!』

「帰ったら家族会議」

『オーマイガー』

「じゃあ……今までの領主の配慮って、全部あのねーちゃんがしてたこと?」

「おかしいと思ったんだよ。あたしが錬金も調合も合成もできること知ってたから。イヴリンが他人にあたしのこと話すとは思えなかったし……領主本人だったら、話が全部まとまる」

「怒ってる?」

「怒ってるし、何より……」


 ——あたしの瞳に、ハートが浮かぶ。


「惚れ直しちゃった……♡」

「こいつもう駄目だ」

「あたしに領主であること隠してるイヴ……何それ、すっごくかっこいい……♡ こんなの惚れるなっていう方が無理じゃん♡」

「頼むから惚気は帰ってからしてくれ。タイミング的に、そろそろ行くぞ」

「え? そろそろって?」

「パレット」


 振り向くと、ダンがあたしをまっすぐ見つめて伝える。


「お前とはまだやりたいことが沢山あるんだ。調合とか、魔法陣の描き方とか、店のこととか」

「ダン?」

「絶対戻ってこいよ」


 ダンがあたしからゆっくりと離れた。


「S.J、……そいつ、頼むぞ」

「ダン、何して……」

「うわーーーーー!! キメラだーーーーー!」


 ダンの叫び声に、見張りの騎士がハッとした。


「ひゃーーー! 助けてー!」

「待ってろ! 今助けるからな!」


 ダンの走っていく方向へ騎士も走っていく。——今しかない。あたしは迷わず走り出し——ダンのくれた、最後の一回をきちんと活用した。岩の間に隠れるが——重症者を運んだのか、中にはもう誰もいないようだった。野生のキメラの気配すらない。いるのは、二体だけ。


(ドラゴンと、プランクトン型キメラ……)

「キュウ!」

「……行こうか。S.J」


 立ち上がり、一週間前に進んだ道を歩いていく。奥に行くにつれ、どんどん闇が深くなる。闇の中で宝石が光る。瘴気が濃くなっていく。あたしは歩く。S.Jが静かに呼吸する。硬い門が閉じられていた。すでに石は設置されている。あたしは自分の手で門を開いた。


 聖域は、とても静かである。


 広い、ただ広い空間が存在している。


 瘴気が蠢く。


 あたしはリュックからS.Jを出した。S.Jが鳴いた。キュウ!

 すると闇の奥から鳴き声が聞こえた。キュウ!


 S.Jが駆け出した。闇の中から、子供のドラゴンが寄ってきた。


「キュウ!」

「キュー!」


 二体が近づき合い、腕を伸ばすと——S.Jが素早くその場から下がった。子供のドラゴンがきょとんとすると——上から降ってきたキメラが、子供のドラゴンを体内に飲み込み、丸い体が鋭い棘を、S.Jとあたしに向かって見せてきたのである。

 子供のドラゴンは、キメラの体内で楽しそうに泳いでいる。

 S.Jが威嚇の声を上げた。

 キメラは脅すように体を震わせている。


「最後の一回」


 あたしはベルトに手を置いた。


「いざ、尋常に勝負」


 瘴気を放つキメラが、聖域の侵入者に襲いかかった。


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