第19話 ロスト・チャイルド(1)


 ダンがじっとあたしを見た。

 あたしは歌いながらパンケーキを作る。

 ラジオからはマゴットの陽気なトークが聞こえる。


『この後もまだまだ続くマゴット・ラジオショー! チャンネルはそのまま!』

「パ、パ、パンケーキ♪ 美味しい美味しいパンケーキ♪」

「ずいぶんとご機嫌だな」

「え!? いつもと変わらないよ!?」


 あたしの瞳は輝いている。


「ほぉら、ダン少年。ミルクが余ってしまった。いかがかね? 身長を伸ばせば、君も女の子にモテモテさ」

「気持ち悪ぃ。女なんか興味ねえよ。俺はサッカーボールの方が好きだ」

「またまたそんなこと言ってぇー!」

「何考えてるんだよ。お前が機嫌良い時ってろくなことないんだよな」

「えー!? 聞きたいのー!?」


 あたしは皿に乗せたパンケーキをテーブルに置き、綺麗にダンの正面席に座った。


「どこから話そうかな。そう。あれは……今朝のこと。魔法使いさんが颯爽と現れて……あたしに恋という魔法をかけてしまったの……♡」

「んだよ。惚気かよ。いただきます」

「あたしは恋の奴隷♡ お陰で魔法使いさんにベタ惚れで、彼女がいないと駄目な体になってしまった♡」

「またわけのわかんないこと言ってる」

「ダン少年、君も大人になればわかるよ。これが……恋なのか……ってね……♡」

「そう。俺はまだ子供だからわからないことだらけだ。でもこれだけはわかる。今のお前みたいにはなりたくない」

「なんだよー! 意地悪言わないでよー!」


 空から降ってきた。


「あ、水やりに行こうかな。ダン、そこで食べてて」

「お前植物好きだな。俺にはわかんねぇ」

「自然ってストレス解消にもなるんだよ。また一つ大人に」


 ――大きな音を立てて、何かが庭に落ちた。


「なった……ね……」


 ダンが顔を歪め、ガタガタと震えている。あたしはゆっくりと振り返り――大惨事の庭を見た。窓は緑の壁で割れ、その壁は生きているように動いている。外に何かがいるようだ。


「ダン、そこにいて!」

「ぱ、パレット!」


 あたしは両剣を握り、迷わずキッチンの裏口ドアから庭へ出た。そして確認すれば――ドラゴンが血だらけで家の庭に埋もれていた。


「あれまあ! 大変!」


 あたしはすぐさま駆け寄り、ドラゴンの頭に触れた。


「あんた、一体どうしたの! 誰にこんな酷い事されたの!」

「……」

「ちょっと待ってて。いい? 動いちゃ駄目だからね」


 そう伝え、急いで調合部屋へ走る。棚からあたしの作った薬を大量に腕に抱え、また外へ飛び出す。ダンがそっとドアから覗いてきた。ドラゴンを見て、唖然とする。


(傷口はどこだ? 頭じゃなくて、体の可能性が……一度小さくさせた方がいいかも)


 あたしは持ってきた調合薬から小さくなる薬を選び、ドラゴンの頭に塗った。するとドラゴンはどんどん小さくなっていき、また更に薬を追加すると、ダンの両手で抱えられる程度の大きさとなった。あたしはドラゴンを抱え、家の中へ運んでいく。


「お、おい、パレット! それ、ドラゴン!?」

「ダン! 動物病院は!?」

「ルセ・ルートに良いのがある! 畜生! わかったよ! 案内するからついてきな!」


 丁度いいサイズの鞄にドラゴンを入れ、胸に抱え、ダンと共にルセ・ルートまで走る。ダンが案内してくれた動物病院は、血だらけのあたしと鞄を見て、すぐに中へ通してくれた。医者に鞄の中身を見せると……彼はとても驚愕した。しかし、冷静にあたし達に伝えた。


「診てみましょう」

「お願いします!」


 レントゲンを取り、ドラゴンの様子を見る。この子は既に虫の息だ。医者がレントゲン写真を見て、指を差した。


「やはり、お腹の中に何か埋まってますね」

「これは……」


 あたしの口から嫌な単語が出た。


「魔力弾……」

「魔力弾。これがそうなんですね」

「魔力弾?」


 ダンが首を傾げた。


「何それ」

「魔法で固められた銃弾みたいなもの」

「えぐ! そんなの埋め込まれてんの!? ってことは……撃たれたってこと!?」

(そういえば……最近ドラゴンが暴れてるって……テレビで……)


 クリスが騎士団を連れて、何かをしたのかもしれない。


(可哀想に……)


 あたしは医者に顔を向けた。


「先生、なんとか出来ませんか?」

「私も魔力弾は初めてです。ですが……やれるだけはやってみましょう」

「あの、あたし、魔法について少々知識があります。手術をご一緒しても?」

「そうですね。それではお願いします」

「ダン」


 ダンが頷く準備をした。


「ダンも一緒に見て」

「ちょっと待って。びっくりした。待合室で待つよう言われると思った。お前、本気で言ってる?」

「ダンには絶対必要なことだから」


 もう一度医者に体を向け、頭を下げる。


「よろしくお願いします」

「すぐに取り掛かりましょう」

「一つだけ。魔力弾は体の中で透明になります。これをお渡ししておきます」


 鞄に入れておいた調合薬を差し出すと、医者が驚いた顔をした。


「現出薬。一体どこでこんなものを!」

「話は後でいくらでもします! 今はこの子を!」

「ああ、そうでした。大丈夫ですよ。必ず助けます」


 ドラゴンが手術台に乗り、ライトが向けられる。医者がドラゴンへ麻酔を打ち、穴の空いた腹部に現出薬を入れた。透明になった弾が現れたのを見て、医者の手が俊敏に動き出す。ピンセットで弾を持ち上げ、ステンレスのバットに入れた。その一つだけではない。中から三つも弾が出てきた。医者は糸で腹部を縫い付け、息を吐いた。


「これで終わりです」

「ああ、先生! ありがとうございました!」

「出血が酷いので、輸血しましょう。トカゲの血ならドラゴンに入れても大丈夫なはずです。それが終わったら帰って大丈夫ですよ」

「ありがとうございます!」


 ――ダンに振り返ると、青い顔でドラゴンを見ていた。今にも吐きそうという顔だ。しかし、ダンはその場から離れず、取り出された弾が入ったバットに目を向けていた。あたしは最後にこの魔力弾に溶解薬を注いだ。すると不気味に光っていた輝きが失われ、ただの鉛玉となった。


「これで大丈夫。ダン、待合室で待ってよっか」

「……あいつ、もう平気なの?」

「うん。もう大丈夫」


 手術室を出て、帽子を取る。


「それとも帰る?」

「……いや、俺ここにいる」

「時間かかると思うよ」

「待ってる」

「そっか。……そう言ってくれて良かった」


 あたしとダンはドラゴンの輸血を待つ間、病院にある本を読むことにした。そこに恐竜図鑑があり、ダンは迷わずそれを手に取った。あのドラゴンに近い恐竜を捜し、あたしに指を差す。


「あのドラゴン、こいつと同じ種類?」

「そうだね。ご先祖様だと思う」

「これからアレに進化したのか?」

「長い年月をかけてね」

「へぇー……」


 次にダンは薬図鑑を手に取り、フラスコの絵を指差し、あたしに顔を向けた。


「これ、お前がいつも作ってるやつか?」

「……ああ、そうそう。回復薬ね」

「これは?」

「作れるよ。この図鑑に載ってるものは全部作れる」

「お前の持ってるレシピにあるの?」

「あるけど、作り方はもう頭に入ってるから、見なくても平気」

「学校で習ったの?」

「そうだよ。いっぱい作ったの。今ではアレンジも出来るんだから」

「アレンジして、失敗しないの?」

「沢山失敗して、アレンジ出来るようになったの」

「お前の元婚約者に作れって言われたの?」

「言われたけど……どちらかと言えば、あたしが自分で彼のために作りたいと思って開発してたのが大きいかな。図鑑に載ってるものは、みんな作れる。だったら、世界で唯一無二のものを作れたら、彼がとても喜んでくれるんじゃないかと思って」

「そいつ、そんなお前を捨てたの?」

「ダン、これはあたしの意見ね。女は恋愛において、片思いをしている間が一番わくわくするの。相手を振り向かせる肯定が楽しくて。じゃあ男は? 失ってから燃えるの。それがいかに大切だったかを身に染みて理解するから。そういう人が多い気がする。……あくまで、あたしの経験上ね」

「あー、……いや、でも……わかる気がする」

「ダンは彼女が出来たら大切にしてあげるんだよ? 好きな人って、本当に宝物なんだから」

「……まあ、……うん。……そうする」


 ダンが少し照れたように、ページをめくった。

 そこからしばらくして、ようやく看護師から「輸血が終わった」と伝えられたので、ドラゴンを受け取りに集中治療室へ向かった。

 カルテを眺める医者があたし達に伝える。


「本来であれば入院ですが、彼をここに泊めてしまうと他の動物達に影響してしまいます。今夜はお家で安静に休ませてください」

「わかりました」

「パレットさん。……こちらへはいつから?」

「最近引っ越して来たんです。学校で調合と合成と錬金術の資格を取得し……色々あって、こちらで生活を」

「そうでしたか。調合の資格を……」


 医者があたしに訊いてきた。


「薬局で……働く気はありませんか?」

「え?」

「ここは田舎です。人手も薬も数が限られている。仕入れすら困難な状況です。この町には優秀な調合師がいないのです。作らせても、結局外から購入した方が効果がある」

(レシピを間違えてるんじゃないかな。基本的にレシピ通りに作っていたら、ちゃんとしたものになるはずなのに)

「よろしければ……いかがですか?」


 ダンが困った顔のあたしを見た。


「嬉しいお話ですが……一緒に住んでいる方が、外で働くのを良しとしていないんです」

「ああ……そうですか……」

「ですが、考えがあります。こういうのはどうでしょう。……月契約で、欲しい薬を注文してください。そうすれば、作って届けます」

「ふむ。……ちなみに金額は?」

「今注文額はどのくらいですか?」

「大体……月にかかるのが、5万ワドルと言ったところでしょうか」

「あら……。……であれば、月1万ワドルで全部お受けします」

「え!?」


 医者が目を丸くし、首を振った。


「そ、そんなことは……!」

「仕入れている薬はどちらから?」

「カレウィダールです」

(だと思った)


 あそこは優秀な薬剤師が沢山いる。魔法の国だもの。


(だけど、税でそこまで取るのはいかがなものですか? クリス様)


 あたしは笑みを浮かべ、医者に伝える。


「その代わり、余ったお金で、薬では無理なことに使ってください。機材を整えたり、人手を増やしたり。ですが、あたしも手抜きはしません。沢山の動物を救うこの病院を応援します」

「ああ、なんとお礼を申し上げたらいいのか……!」


 医者があたしと握手を交わす。


「もし薬に不備があったらお伝えください。何があっても1万ワドル以上の支払いは求めません」

「ありがとうございます。それではまずは一ヶ月の契約で」

「ええ。もちろんです。信頼関係がきちんと築けるまでは、そうしましょう!」


 あたしと医者が話している間、ダンはドラゴンを見つめ、頭や体をなでていた。

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