第18話 夕食会
それはとある夜のこと。
高級ホテルの中でのこと。
「久しぶりだな。イヴリン。最近はどうだ」
「父から事業を任されており、とても充実した日々を過ごしてます」
クリス王子の従兄弟、アルノルドとイヴリンによる夕食会が開かれていた。二人が再会するのは、実に半年ぶりである。
「お話は聞いております。王位継承権を与えられてから、アルノルド様も大変だそうで」
「まだ可能性の話だが……国を担うかもしれない立場となった以上、出来ることはするつもりだ。お陰で最近は国の端から端まで行くことが日課になっている」
「事件が多発しているようですね。ドラゴンが暴れているとか」
「暴走している原因が掴めず手を焼いている」
「クリス様は?」
「自分の魔力を高めるため、今も内密に調合師を集めている」
「まあ、流石王子様。行動力がおありなのですね」
「君には劣るさ」
「わたくしですか?」
「イヴリン、遠回しな言葉は苦手だ。単刀直入に言おう」
アルノルドがまっすぐ、イヴリンを見つめた。
「パレットのことだ」
イヴリンは――静かに頷いた。
「アルノルド様が、わたくしのような者を呼ぶのには理由があると思ってました」
「卒業パーティーでの話を聞いている。ありもしない……冤罪を……かけられたと」
アルノルドが落ち着きを払いつつも――その瞳には、怒りが見えた。
「君だけが、パレットを守ったと」
「クリス様のお言葉に逆らえる方はいません。運の良いことに……わたくしは、彼から嫌われてました。けれど、パレット様は違います。彼女は婚約破棄を言われるまで……クリス様をとても献身的にサポートしていた」
「あいつはとんだ馬鹿野郎だ」
「アルノルド様、そのようなことを仰ってはいけません」
「君もわかっているはずだ。クリスが王になれるとするならば、それはパレットの力あってこそだ。彼女は実に優秀な研究者であり、調合師であり、合成師であり、錬金術師であり――王妃候補だった」
拳を握り、煮えきれない思いが胸に広がる。
「俺は、卒業パーティーに出席しなかったことを、とても後悔しているんだ。俺がいれば……パレットを守ることが出来た。あのクリスを……殴ることも出来たんだ……!」
イヴリンは静かに食事を続ける。
「イヴリン、卒業パーティー以降……パレットは国を出ていった。誰も行方を知らない。生きているかもわかってない。だが、情報を手に入れた。しばらくの間……君が実家に彼女を匿っていたと」
「はあ」
「知っているなら教えて欲しい。パレットはどこにいるんだ」
「アルノルド様」
「彼女は、元気に過ごしているのか?」
「申し上げます前に、わたくし、一つ気になっていることがございますの。学園生活の中で、貴方とパレット様の噂は有名でした。パレット様はクリス様の婚約者であるにも関わらず、貴方といる場面をよく見かけ、楽しそうに話していた。正直、クリス様よりも貴方と共にいる方が、パレット様は活き活きしていた」
「何が言いたい」
「わたくし、思うんです。クリス様は早いうちからエリに浮気をしてました。ならばアルノルド様、提案されていたのではないですか?」
アルノルドが黙った。
「パレットを譲ろう。そのために傷物にしろ。お前だって彼女が欲しいはずだ。従兄弟同士協力し合おう。そうすれば……」
アルノルドが、拳を握りしめた。
「パレットの不正を理由に、婚約が破棄できる」
――立ち上がったアルノルドが食事をテーブルからなだれ落とした。イヴリンは笑みを浮かべたまま、話を続ける。
「わたくしの推理は、妄想でしょうか? 想像でしょうか?」
「……君の鋭さは劣ってないな。答えよう。……全く同じことを言われた」
「貴方はなんと?」
「断ったさ。……決まってるだろ。そんなの。そんな不正……許されてたまるか。彼女の尊厳を……汚すような行為を、するわけがない」
アルノルドは深く呼吸し、再び椅子に座った。
「すまない。クリスの話は……憤りが止まらなくなる」
「ええ。わたくしもです」
「あいつがするはずの仕事は……全てパレットがやっていた。森の動物達の管理。保護キメラの管理。……ドラゴンの管理。民達から声を聞き、それを国王に報告し、政治に取り入れた。民達の不安を取り除き、自然を監視し、傷ついたキメラ達を癒やし、ドラゴン達に沢山の愛情を与えた。その間、クリスは何をしていた。男遊びにしか興味のないエリと、恋人ごっこ! 呆れて、言葉も出ない! パレットがどれだけ働き、影となり、あいつを支え、愛していたか……!!」
――アルノルドも、イヴリンも、口を閉ざす。クリス王子は――二人にとって、とんでもない重罪を犯したのだ。
「……ドラゴンの暴走は続いている。近づこうとすると、火を吹き、敵意を出してくる。キメラ達は大暴れし、動物達は凶暴化し、森に近づけない。パレットならば……何とか出来る気がするんだ」
イヴリンの指が、微かに動いた。
「パレットを捜している。イヴリン、彼女は、君の実家にいるのか?」
「……お答えしましょう。アルノルド様」
イヴリンがナイフとフォークを置いた。
「確かに半年ほど、パレット様はわたくしの実家にいました。しかし、その後はパレット様が自分の人生を進むと決め……我が実家を出ていきました」
「どこにいる?」
「パレット様は、もう実家にいません。手紙のやり取りすら……ありません」
「……そうか」
「お力になれず申し訳ございません。ですが、一つだけ……」
アルノルドがイヴリンに目を向けた。そこには、真剣な顔つきのイヴリンがいた。
「パレット様は、これからの人生を楽しむと申してました。大変なのは重々承知ですが……彼女を自由にさせてあげては……いかがでしょうか」
「それは……出来ない」
「アルノルド様」
「彼女を愛してるんだ」
イヴリンが目を丸くする。
「俺は王になる。そして……必ずパレットを迎えに行く」
「……」
「クリスのようにはしない。絶対に……彼女を悲しませはしない」
「……そのような決意があったとは……知りもせず……」
イヴリンが頭を下げた。
「失礼を言い、誠に申し訳ございません」
「謝らないでくれ。元はと言えば……俺がもっと早くにパレットの身を案じていれば、こんなことにはならなかった。イヴリン、俺は君にも協力してほしいんだ」
「もちろんでございます。わたくしにできることがあれば、喜んで協力させて頂きます」
イヴリンが立ち上がり、アルノルドの側へ歩み寄り、彼の手をしっかりと握りしめた。
「必ず、パレット様を見つけましょう」
「優秀な君に言われると心強い。ありがとう」
「今夜はもうお疲れでしょう。見送りは結構ですので、お早めにお休みください」
イヴリンがドレスの裾を持ち上げ、一礼する。
「今夜はお招き頂き、ありがとうございます。これにてわたくしは失礼致します」
「こちらこそ、来てくれてありがとう」
「それでは」
イヴリンがフロアから出ようとした時、アルノルドが声をあげた。
「ああ、そうだ。忘れていたよ。イヴリン」
イヴリンがアルノルドに振り返った。
「四つの町がある国の領主が暗殺され、その土地を君が引き継いだと聞いた」
アルノルドは笑みを浮かべる。
「調子はどうかな?」
「順調です」
「そうか。それなら良かった」
イヴリンがフロアから出ていき、騎士が扉を閉めた。直後、アルノルドが後ろについてた騎士に伝える。
「彼女をつけろ。いいか。見失うな」
「御意」
命令通り、騎士がイヴリンの後をつけた。ホテルから出たイヴリンが馬車に乗ろうと外へ出る。騎士はバレないように陰に隠れ、イヴリンの姿を見張った。アルノルド曰く、まだイヴリンがパレットを匿っている可能性が高いとのことだ。これは信頼関係だ。話を聞く限り、彼女は悪い女性ではなさそうだ。
(きっと、アルノルド様と良い関係を築けるはず……)
馬車の音が聞こえ、騎士が壁から顔を覗かせた。馬車の前で立ち止まるイヴリンが見えた――と同時に、後ろから頭を殴られた。
「っ!」
騎士が倒れた。視界には――ハイヒールと、見上げれば、不気味に光る紫の瞳。
騎士は混乱した。イヴリンは馬車の前にいたはずだ。ここで気付いた。
幻覚魔法だ。
「乙女をつけ回すなんて、アルノルド様はマナーがなってませんね」
「……っ……!」
「ああ、大丈夫ですよ。危害は加えませんから」
イヴリンが騎士の頭を掴み、彼の両目に自分の瞳を映した。目玉がぐるぐる回っていく。さあ、どんどん回れ。回って、回りまくれば――次に目を開いた時、彼の記憶は削除されている。
イヴリンは笑顔で馬車に乗った。追手は、誰一人いない。
「厄介な男だ」
イヴリンが呟く。
「何が、卒業パーティーに出席していたらだ。何が、パレットを守ってやれただ」
イヴリンの手に、青筋が立っている。
「何が、愛している、だ」
イヴリンの魔力が、草木を枯らした。
「お前達が、彼女の人生を目茶苦茶にしたくせに」
幼い頃から決められた婚約。
従うしかなかった人形のパレット。
「彼女の努力も、何も、知らないくせに」
彼女が、わたくしを避けていたことはわかっていた。
プライドだけ高い王子に、関わるなと言われたことも察しがついていた。
彼女は王子に従った。
王子を愛していた彼女は、王子の言うこと全てを受け入れていた。
王子の幸せしか考えていなかった。
恋は盲目。
彼女は確かに、王子に恋をしていた。
操り人形の人生だとしても、それを幸福に思っていた。
彼のために研究に励んだ。
その姿に、惹かれた。
どんな研究をしているのかと、声をかけたかった。
眠りそうになる彼女が眠れるように、周りに気づかれない魔法をかけた。
浮気相手と仲良くする王子を見ても、交流だと割り切った、辛そうな彼女を見る度に、気の毒に思った。
何度も思った。
わたくしならば、そんな顔はさせないと。
パレット。
わたくしの姫様。
阿呆な王子のお陰で、
アルノルドが卒業パーティーに出席しなかったお陰で、
運がわたくしの味方をしたお陰で、
わたくしはお前という宝を手に入れた。
二度と離してたまるか。
(金の亡者を暗殺した甲斐があったな。あそこはとてもいい土地だ)
使えない権力者がいた分、崩れてしまった民達の信頼を築くのはとても大変だ。けれど、それは時間の問題だ。
領主の自分には、パレットを失うこと以外、恐れることは無い。
(パレット、早く)
早くお前に会いたい。
(*'ω'*)
唇に優しい感触を感じた。
「……ん……」
あたしは、この感触が唇だと気付くことが出来た。
「……んぁ……」
瞼を上げると、日差しがカーテンの隙間から溢れ、目の前には、美しい女性があたしに唇を押し付けていた。
「……ん……ちゅ……」
「ちゅ……ぷちゅ……」
「ん……ふふっ……んっ……」
抱きつくと、彼女のキスが更に深くなっていく。おかしくなって、笑ってしまう。そしたら、彼女も釣られたように笑い、額同士を重ねてきた。
「……おはよう。イヴ……」
「おはよう。パレイ。……ちゅ」
「んふっ……♡ ……帰るのは、今夜じゃなかったっけ……?」
「この後すぐ出る。……家の近くを通ったから、お前にキスをしに帰ってきてしまった」
「あたしのために帰ってきてくれたの……?」
「お前のためであり、わたくしのためだ」
イヴリンがあたしにキスをしながら、上に乗っかった。ドレスを脱ぎ始める。
「パレイ……」
「あっ……や、じ、時間、ないんじゃ……」
「10分で終わらせる」
「ちょ、まって、イヴ……寝起きだから……感じにくいかも……」
「面白い。試してみるか」
「あ、あっ……そこ……あ、……あぁ……♡」
10分間、あたし達は離れていた時間を埋めるように、お互いを求めあった。
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