第17話 ガーデン・オブ・ホープ(2)
必要な物! 木材! レンガを作るための石材! アーチを作るための鉄!
家に帰り、籠を持って外に出ると、丁度ダンが家に向かって歩いているところが見えた。
「おー。パレット。これから……」
「ナイスタイミング! はい、これ持って!」
ダンに籠を押し付ける。
「森に行くよ!」
「その恰好見たらわかるよ」
「木材と石材と鉄が必要なの」
「つまり?」
「あの洞窟に向かおう!」
「またミミズを見ることになるのかな……」
嫌そうな顔はするものの、ダンはしぶしぶ籠を持ち、あたしの横についた。
(*'ω'*)
地面に落ちている木の枝を拾いまくる。あたしは洞窟を覗き込んだ。今日はとても静かだ。
「ダン。離れないでね」
ダンがあたしの側に寄り、あたしはランプの火をつけた。ゆっくりと中へ進んでいく。奥はかなり深そうだ。
「ここ、昔は人が出入りしてたんだっけ?」
「獣が来る前の話な。校長先生がそう言ってた」
「それにしてはかなりの量の石が埋まってるね」
必要ない物は取らず、鉄鉱石だけを籠に入れていく。
「奥には何があるんだろ?」
「やめとこうぜ。帰れなくなったら母ちゃんが泣くよ」
「うん。だけど……」
あたしは気になっていた。この洞窟には、ちゃんとした道があるのだ。そして、――食べ捨てられた動物の骨が落ちている。
(何か住んでる気がする。キメラか……動物か……それとも……)
「素材はこの辺でいいか?」
ダンが訊いてくる。この奥には行かずとも、素材は十分だ。
「そうだね。そろそろ戻ろうか」
「ふーう。今日は獣が出なかったな。いつもこうであってほしいぜ」
ダンが笑顔で洞窟から出ていく。
「で? 今日は何作るんだ? またあのでけえ魔法使いの使う部屋?」
(あ)
「ん?」
ダンが振り向いた。右から走ってくる音が聞こえてくる。ダンが目を見開いた。ヤマネコの形をしたキメラが大きな口を開け、ダンに飛び込んできた。
ダンが息を止めた。キメラの口が近づく。あたしが間に入った。刃でキメラの口から斬りつけた。血が吹き出た。ダンが腰を抜かした。口から斬られたキメラが痙攣し、暴れ、あたしの剣から離れた。その場でくるんと回ると、傷口が再生した。ダンが悲鳴を上げた。
「ひいいいいいい!」
(即自然治癒。鹿の再生能力があるのかも。ヤマネコと鹿のキメラかな?)
ヤマネコが唸り、飛び込んでくる。
(一気に斬る)
地面を蹴り、飛び込んでくるキメラに右手に持つ剣で斬り込む。再生する前に、左手に持つ剣で斬り込む。だが再生する。心臓はどこだ。体を斬る。再生する。頭を斬る。再生する。ならばとあたしがキメラの足を斬った。途端に、キメラが大量に出血した。悲鳴を上げ、――そのまま動かなくなった。
(足だったか。この手のタイプは心臓が移動するからな)
そのまま剣でキメラの体を切断する。
(よし、今夜のご飯ゲット)
「やべえ……。悪夢に出てきそう……」
振り返ると、ダンがえずき、吐きそうになっていた。
「お前さ……なんでそんなに平気なわけ……?」
「ヤマネコのキメラなんてドラゴン系に比べたら可愛い方だよ」
「あ、もういい。後で話そう。俺ちょっと無理……おええええ!」
我慢しきれず、ダンが嘔吐した。
(*'ω'*)
集めた材料を調合室に置き、あたしは手を叩いた。
「レッツ・錬金!」
「お前元気だな……。あんなもの見たのに……」
「ダン、体調悪いならソファーに座ってれば?」
「見たいからここにいる……」
「物好きだね。少年」
あたしは木材を大木材にまとめ、石をレンガにし、準備をしていく。そして、エミーのデザインしたアイテムが描かれた紙を手に持つ。
「くひひひ! 作っちゃうよぉ……! 最高の庭を作っちゃうよぉ……!」
「今のお前、あのでかい魔法使いよりも、魔法使いみたいな顔してるぞ」
ドンドン!
「ん? おい、パレット、ドアが叩かれてるぞ」
「くひひひひ!」
「ああ、全然聞いてねぇや」
あたしが魔法陣を描いてる間に、ダンが玄関へ移動し、ドアを開けた。するとそこにはむっすりした顔のエミーが立っていた。
「うげっ」
「うわ! ちょっと! なんであんたがここにいるわけ!?」
「それはこっちのセリフだよ。何しに来たんだよ。エミー」
「脳みそお花畑女に渡すものがあってわざわざ来てやったの! あの女いる!?」
「庭の道具作ってる」
「あいつ一人で大丈夫なの!? 変なことになったら困るから、私が監視してやるわ! ほら! わかったらさっさと中に入れなさい!」
「邪魔してやんなよ。集中してるからさ」
ダンとエミーが家の中へ入り、調合部屋にやってきた。
「邪魔するわよ!」
「パレット、なんかエミーが来ちゃった」
「よしきた! これ!」
「「え?」」
描けた魔法陣の上に手のひらを乗せると、鍋から紫の光が現れ、部屋中が輝き始めた。ぶるぶる震える鍋から――デカいものが飛び出した。エミーとダンが悲鳴を上げて尻餅をつくと、デカいものは庭へと飛んでいき、地面に立った。あたしは急いで庭へ走っていくと――お洒落で立派な鉄のアーチが、庭への入口となって立っていた。
「こういうこと!」
あたしはアーチを抱きしめる。
「素敵! これこそ理想のガーデンアーチ!!」
「また私のデザインしたものが……作られてる……!!」
「え、あれお前がデザインしたの?」
「昼にあの女と会ったのよ。ちょっと! いつまでそのアーチに抱きついてるつもり!?」
「え!? エミーの声が聞こえる! なぜ!?」
あたしが振り返ると、裏口ドアからダンとエミーが覗き込んでいた。
「あれ? エミー、いつからいたの?」
「あんたが喫茶店に置いてったお金が多すぎたから、わざわざ返しに来てやったのよ! 感謝してちょうだい!」
「は!? 何それ! お前らいつの間にそんな仲良くなってんの!?」
「あれ? あたし……丁度で置いていかなかったっけ?」
裏口ドアへ戻ると、エミーからお金を押し付けられる。
「ほら!」
「わざわざありがとう」
「お金は大事になさい! ま!? パンケーキを食べたいってことなら? また一緒に行ってやってもいいけど!?」
「え? 本当に? エミーさえ良ければまた一緒に行こうよ。デザインの相談とかしたいんだ」
「はぁ! 仕方ないわね! スケジュールを押さえておくわ!」
「大して忙しくないくせに……」
エミーがダンにゲンコツをくらわせた。
「いてぇ! 何すんだよ!」
「ガキのくせに生意気なのよ!」
(あはは。二人とも仲良しだなぁ。良いことだぁー)
あたしは調合部屋に戻り、もう一度素材を入れていく。
「さあ! どんどん作っていくよ!」
雑誌で見たプランターボックス、ハンギングバスケット、枕木通路、レンガの囲い。魔力があたしのイメージに反応し、絵の通りの場所へ設置してくれる。エミーとダンが唖然とした。雑草だらけの庭が、きちんとした庭に変わっていた。そこへ、小さなスコップと種を持ったあたしが現れた。
「一人じゃ終わらない。ダン、種植え手伝ってくれない?」
「種植えならできるぜ! 学校でトマトを育ててるからさ!」
「心強いよ! ……それで……」
あたしは目をキラキラさせて、エミーに振り返る。
「エミー……」
「わかった。手伝うからそんな目で私を見ないでちょうだい」
「あん! ありがとう! エミー!」
「うぎゃあ! やめろ! ひっつくな! 私はレズなんかに興味ないのよー!」
こうして二人に種植えをお願いしてる間に、あたしは鉢を用意したり、肥料を用意したりと、庭造りに取り組んだ。日が落ちる頃には――エミーとダンがソファーでくたびれていた。
「とんだ重労働だわ……」
「全くだ……」
(ああ、なんて素敵な庭なの……!)
あたしは目を輝かせた。だって、夕日の光りに当てられた、理想のマイ・ガーデンが目の前にあるのだから!
(これはイヴリンに見せたら……きっとイヴリンも感動する!)
「ああいう庭ってさ、なんか小人の置物あったりするよな。俺、あの小人怖いから置かないでほしいんだけど」
「だったら小動物にすればいいわ。ウサギとか」
「エミーにしては良いこと言うじゃねえか」
「何言ってんの? 私は元々センスがいいのよ」
ぷるるる!
「「電話が鳴ってるぞ!」わよ!」
「はいはいはーい!」
あたしは急いで電話機の方へ走り、受話器を手に取る。
「はい、こちら町外れのお家」
『呼吸が乱れてる。家で何をしてたんだ?』
「……ふふっ、すっごいことしてた。人が想像出来ないようなこと」
『誰と浮気した?』
「あたしには貴女だけだよ。氷に咲く銀の薔薇様」
電話口からクスクス笑う声が聞こえる。聞くだけで、くすぐったくなってしまう。
「電話なんて珍しい。どうしたの? イヴ」
『仕事が缶詰状態でな。……申し訳ないが、今夜は遅くなりそうだ』
「泊まっていけば? 移動時間もかかるでしょ」
『お前の顔が見たい』
「だーめ。今夜はそっち泊まって。この家は逃げたりしないんだから」
『……』
「お仕事が落ち着いたら帰っておいで。待ってるから」
『……ああ。お前がそう言うなら……』
イヴリンの優しい声が耳に囁いてくる。
『愛してる。パレイ』
「あたしも愛してる。イヴ。もう、心から大好き」
『わたくしが今考えていること、当てられるか?』
「うーん。……家に帰りたい?」
『お前を抱きしめたい』
「ちょ……も……もー! なんでそういうこと言うのー♡!? 職場でしょー♡! 恥ずかしいこと言わないのー♡!」
――エミーとダンが、チラッと、廊下を覗き込んだ。
「え……それじゃあ……あたしが今考えてること、わかる……?」
『キスしてほしい』
「きゃー♡! なんでわかるのー♡!? さては魔法使ったなー♡!? もー♡ イヴのバカバカバカー♡♡!」
『わたくしも早く家に帰って……お前を抱きしめて……キスをして……』
「キスをして……?」
『……その先をわたくしに言わせるのか? このすけべ』
「えーー♡♡ イヴから言ったくせにー♡♡ もー! そういうところが可愛いんだからぁー♡♡!!」
「……なんだ。イチャついてるだけか」
ダンがため息を吐き、ソファーに戻ろうと振り返ると……鬼の形相をしたエミーに、ぎょっとする。
「うぎゃ!?」
「何よ……仲良さそうにしちゃってさ……あんな幸せそうな顔で電話口でイチャイチャしちゃってさ……!」
「あいつ、恋人と電話してるだけだって。んな顔すんなよ」
「電話相手は女だってのに……あの幸せそうな顔見てると……ムカつく……! 自分は勝ち組ですってか……!? ムカつく……!!」
「え、お前なんでそのこと知ってんの?」
『明日の夜には必ず帰る。悪いが、留守番を頼む』
「任せて。家はあたしが守ってみせるから。それと……帰ってきたら、びっくりするものがあると思って」
『また何を作ったんだ?』
「内緒」
『楽しみにしている』
「それじゃ……お仕事頑張ってね」
受話器に囁く。
「愛してる」
『ああ。……愛してる。パレイ』
「ふふっ! ……それじゃあね」
受話器を電話機に戻す。ああ、今夜は一人か。マゴットのラジオでも聞きながら、読書を楽しむことにしよう。
(はあ、明日からお庭に水やりするの楽しみだなぁー! ……ん?)
リビングに戻ると、鬼の形相をしたエミーと、呆れた顔のダンが待っていた。あたしは目を点にさせて、首を傾げる。
「エミー、ソファーの足に小指でもぶつけた? よしよし、痛かったね」
「ぶつけてないわよ! 頭を撫でるな! 私に触るな! 幸せそうな顔しやがって! ムカつく!!」
「え! 幸せそうな顔してた!? も、もー……あたしってば! 悪い子なんだから!」
「うぉおおおお! この女! テヘペロしながら頭コツンしやがった! うぉああああ! 余裕ぶっこいたその顔! ぶん殴ってやるぅうううう!!」
「ストップ! ストップ! ストーーップ!」
ダンがエミーの腰に掴まり、必死に押さえこむ。
「ここは押さえておく! その間に、逃げろ! パレット!」
「あはは。二人とも仲良しだねぇ」
「この女ー!!」
「やめろエミー!!」
「相方がね、今夜お仕事で帰れなくなったんだって。良かったら二人とも、ご飯食べていかない?」
「仕方ねぇな! 母ちゃんに言うから電話貸して!」
「はあ!!?? 私がお前の手料理を食べると思ってんの!!?? 舐めないでくれる!!??」
――エミーが山盛りの唐揚げが乗った皿を、テーブルに置いた。あたしとダンがよだれを垂らした。
「美味しそうーー!!」
「すげー!!」
「サラダもどうぞ」
「「ご馳走すぎる!!」」
あたしとダンが手を合わせた。
「「いただきまーす!」」
「召し上がれ」
「ぱくっ! ……えっ!? 何これ! 噛んだ瞬間、肉汁が出てきて、中の肉が、舌の上で溶けちゃう!」
「母ちゃんの料理と同じくらいうめぇ!」
「ふん! 男家族が多い女を舐めないことね!」
「そっか。エミー、お兄さんが大工なんだっけ?」
「パレット、あいつだよ。お前のことナンパしてた大工」
「え?」
「はぁ!?」
エミーが怒った顔でダンを見た。
「兄さん、そんなことしてたの!?」
「お前、それでパレットを知ったんじゃねえのかよ?」
「兄さんが言ってたのは、この女が兄さんに色目使ってきたって……」
エミーがため息を吐き、唐揚げを食べた。
「あのクソ男。本当にしょうもない」
「ダン、そんな人いたっけ?」
「ジョーイじいちゃんの店直した時にいたじゃん。お前のことじろじろ見てた」
「……いたっけ?」
「お前なー」
「えへへ。多分……あたしにとってはどうでもいい人だったんだろうね」
男の人でしょ?
「うーん。ひょっとすると、あたしの中で……ちょっとトラウマになってるのかな。男の人と関わるの」
ダンが黙った。少し……驚いた顔をさせてしまった。あたしは、しまった、と思い、すぐに明るい顔を見せた。
「あはは! 冗談だよ! もう終わった話! ね! ほら、ダン。唐揚げ食べな?」
――突然、エミーが唐揚げを、あたしの皿に入れた。さらに、野菜をドッサリ、置いた。あたしとダンがぽかんとしてエミーを見る。
「……エミー?」
「兄さんに言っておくわ。恋人を持つ女に手を出さないようにって」
エミーの鋭い瞳がダンに向けられる。
「あんた、学校で余計なこと言うんじゃないわよ。同性同士が付き合うっていうことに、偏見を持ってる人だっているんだから、ここだけの話にしておきなさい」
「……別に、エミーに言われなくたって、誰にも言ってねぇし」
「あら、そう。意外と利口で安心したわ」
「意外とは余計だよ」
「……何見てんのよ」
自分を見てたあたしに、エミーが鋭い瞳を向けた。
「温かいうちに食べないと、許さないわよ。パレット」
「……うん! 食べる!」
正面にはエミーがいて、隣にはダンがいる。
友達と共に食べる夕食は、とても美味しかった。
(*'ω'*)
イヴリンが笑顔を浮かべる。
「夕食に誘って頂きありがとうございます」
紫色の瞳が開かれる。
「お久しぶりです。……アルノルド様」
――クリス王子の従兄弟、アルノルドが、イヴリンに笑みを浮かべた。
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