私の幸せなインテリア・パレット

石狩なべ

第0話 悪夢


 本日を以て、ルルビアンボナトリス公爵の娘、パレット・ルルビアンボナトリスは、婚約者であったクリス王子に婚約破棄を言い渡された。


「貴様がしてきたことはわかっている! 平民でありながら魔力を持って転入してきたエリに嫉妬し、彼女に対して数々の嫌がらせを繰り返していた! 人間として、実に浅ましい行為だ! よって、この時を以ち、貴様との婚約を破棄し、俺の権力により、このカレウィダール王国から追放する!!」


 女の見る目がないバカ男は、とんでもない女性を手放してしまった。だが、それでいいのだ。彼女がどれだけ優秀で、今までの彼の功績は彼女の手助け無しでは手に入れることが出来なかったものなのだが、それを知らずに、猫被りの無能な女を選んでしまった。この国はそのうち滅びるか、新たな後継者が選ばれることになるだろう。


 彼女無しでは、あの男は王にはなれない。王にさせるために、国王がパレットを選び、婚約させたのだから。


「貴様がエリを虐めていた証拠は全て揃っている! 言い訳は通用せん! どれだけの間、エリが辛い思いをしてきたことか……!」


 国王と王妃がいない卒業パーティー会場なのを良いことに、彼は好き勝手彼女を罵倒した。彼女はそれを全て聞き、にやけるエリに目を向けず、ただ、ひたすら、涙をこらえ、胸を張り、背筋を真っ直ぐに伸ばしていた。


 どんなことがあっても折れないその姿は、今まで見てきた中で、一番美しい彼女の姿だった。


「貴様の居場所はここにない! とっとと出ていけ!」


 ここで、エリを慕う男がわざと手を滑らせ、水の入ったグラスをパレットに向けたところで――わたくしが動いた。


 魔力を込めて息を吹き、小さな突風を起こす。グラスの水は頭から男に降りかかり、彼は悲鳴を上げながら、びしょ濡れとなり、腰を抜かした。


「それではお言葉通りに」


 パレットがはっとして、わたくしを見た。


「こんなクソみたいな所、出ていきましょう」

「あれは……!」

「氷に咲く銀の薔薇!」

「イヴリン・ラ・アティカス公爵令嬢!」


 ざわつくガヤを無視し、唖然とするパレットの肩を笑顔で抱き、皆に伝えるように大声を出す。


「今宵、クリス様とパレット様との婚約は解消されました」


 バカ男を睨みつける。


「どうぞ、後悔なさらぬように」


 わたくしの殺気に、クリスがゾッとしたような表情を浮かべ、エリの肩を抱いたまま固まる。エリがわたくしを睨みつけた。普段であれば、小物など相手にしないが、全てのグラスから飲み物を浮かばせ、エリに向けて投げた。


「きゃあ!」

「なっ! エリ!」

「ドレスが濡れちゃった! 酷い!」


 喚くエリと、睨んでくるクリスを最後に鼻で笑ってから、パレットを押し、会場から出ていく。


 誰にも声をかけることなく、無言のまま真っ直ぐ建物から抜け出し、ただ、ひたすら、道を歩く。


(早めに出てしまったから馬車も迎えに来ていない。これは歩いて寮に帰って……)

「……もう、結構です」

(あら)


 パレットがわたくしから離れた。


「一度も話したことのないあたしを……外へと連れて行ってくださり、ありがとうございます。イヴリン様」

「あの男はとんでもないバカです。浮気性で、自惚れ屋。貴女がいないと何もできやしない。今に分かります。王位継承者は変わる。あの男はもう二度と王冠を手に入れられない。貴女は自由の身。鳥籠に閉じこめられず、明るい未来が待っていることでしょう」

「一族の恥です」

「一族? ふふ、そんなもの、捨てればいい。貴女の素晴らしさを理解せず、あのクソ王子に従う大人など、眼中に入れてはいけない」

「お父様の悪口はよしてください! 男手一つであたしを育ててくださった! 王妃になれば……家は絶対に……安定でした……」

「けれど、クリス王子は貴女を捨てた」


 パレットは黙りこみ、拳を握るだけ。


「偽りの事実を口から出す女に惑わされる男なんてろくな奴じゃない」

「……やめて……ください……」

「まさか、クリス様に本気で想いを寄せていたわけでは……」


 ――その時、パレットの目から大粒の涙が落ちていった。

 ――わたくしは、許しがたい事実を知ってしまったと同時に、チャンスを手に入れたのだ。


「……っ」

「……こんなにも想いを寄せてくださる相手がいたのに、手放すなんて、あの男の未来が安易に想像できる」


 わたくしは腕を伸ばし、手袋をする手を彼女に近付かせ――大降りする涙を人差し指に染み込ませた。


「あのクソ男のために泣くなんて、あってはいけません。貴女は、彼よりも素晴らしいお方です」

「……気遣いは……結構です……」

「あら、そんなことも言ってられませんよ。だって貴女は先程、第一王子から国外追放すると宣言され、朝日が登る頃には国から出ていかなくてはいけない」

「……っ」

「ええ、ですから……わたくしがお守りします」


 彼女の手を、両手で掴み、ずっと――一目見た時から――憧れていたパレットを――真っ直ぐ、見つめる。


「もう二度と、貴女にそんな顔はさせない」


 パレットの美しい緑の瞳が――わたくしに向けられた。


 赤色の月が浮かぶ夜の出来事であった。

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