第33話 サーチ(1)
「ドラゴンの凶暴化が日々進んでおります」
「保護キメラも」
「原因を調べてますが……未だに明確な理由が言えません……」
国王は頭を抱えた。こういう時、事情を解決するのはいつもパレット・ルルビアンボナトリスだった。
彼女は若くして、特殊生物管理資格を取得していた。資格だけではなく、どのように命あるものに接していいかをわかっていた。色んな教授が、研究者が、挑んだが、彼女の右に並ぶ者はいなかった。
彼女が王妃となれば、国は絶対安泰だった。それを、クリスが台無しにした。
「アルノルド……頼むぞ……」
国王は、目の前に跪くアルノルドを見つめる。
「パレットを……早急に見つけてくれ……」
「必ずや」
アルノルドの目が、鋭くなった。
「また来てくれよなー!」
ダンがお客様を見送り、看板をひっくり返した。閉店。
「ふわぁー! 疲れたー!」
「お疲れ様。ダン。今日は帰っていいよ」
「おう! また明日な!」
「ダン」
マリアがひょこっと出てきた。
「一緒に帰ろっ」
「え? あ、……ああ! 別にいいけど!?」
「それじゃあ、先に失礼するわね」
エマとマリアとダンが店から出ていく。あたしは引き続き工房で家具を作っていると、エミーがドアをノックしてきた。振り返ると——サンドウィッチを持っていた。
「作ったんだけど」
「えー! いいのー!? エミー!」
「やめろ! 抱きつくな! 落とすでしょ!」
「ライアンさんには?」
「もう渡してる。食べながら一人で仕事したいんだって」
「コーヒー淹れよう!」
「賛成」
工房の椅子に座って、エミーとサンドウィッチを頬張る。エミーが注文書を眺めながらコーヒーを飲んだ。
「だいぶ片付いたわね」
「でもさー? 調べてみたら、実は別メーカーが出してる家具のコピーみたいなもの作りそうになったりしててさ、そういうのはダメって言ってあるのに」
「よくもわからないクレームもあったわね」
「お店って大変だね」
「田舎だもの。いい人ばかりじゃないわ」
「エミー、学校はどう? 行けてる?」
「大丈夫よ。予約制になってからちゃんと行けてる。……店やってから自覚したけど、必要なことがちゃんと学べてるって実感した。先生に質問する内容も変わったし、意外とこんなの聞いてもどうしようもないって思った授業に限って……必要だったりした」
「エミー、楽しそうだね」
「日々、進化してることがわかるの! ああ、天才が努力をするととんでもない神が生まれるって聞いたことあるけど、まさにその状況! 私は神になるのよ!」
「エミーのデザイン、評判いいよ。理想通りって、お客様も言ってた」
「でしょうね! ……あんたには伝えておくわ。前に、小さなデザインのコンクールがあって、学校に内緒で出してみたの。そしたら、私の作品を見たデザイン協会の人が——あんたみたいに魔力をぶっかけたらしくて……ちゃんと私の作品を見てくれた人が、いたらしいの。……すごく有名な人でね、その人が……最近、わざわざ学校に来て、私のデザインには特徴があって、個性的だって評価したの」
「へえ……!」
「そしたらどう? 先生も、クラスメイトも、こぞって掌返しを始めた。私の作品を散々馬鹿にしてたくせに……次のコンクールに出さないのかって、声をかけ始めた。……その人に、店をやってることを伝えておいた。予約して、来てくださるって」
「名前教えて。歓迎しなきゃ」
「歓迎の前に、私の作品を魔力なしで見れる人はいないわけ? あんたと同じ発想を持ってる人がいて、びっくりしたわよ」
「ふふっ、実はね、そんなに珍しいことじゃないの。実はちゃんと描けてるんだけど、表に出せなくて、魔力でちゃんと思考を整えたら見れるって人。画家とか、デザイナーに多いんだ」
「ふーん」
「お店どう? 続けられそう?」
「正直、楽しいけど、一人じゃ足りないわ。いずれレパートリーがなくなる。デザイナーも、大工も、いつか増やすべきよ。錬金術師もね」
「やっぱり……エミーもそう思う? 人が多くなれば手間も省ける。効率良く店が回るようになる。ダンもまだ学生だし、そっち優先にして欲しいから、やっぱり考えないと……」
——その時、建物が大きく揺れた。エミーがぎょっとし、あたしは辺りを見回す。
「地震だわ!」
「揺れてるね」
「なんでそんなに冷静なのよ!」
「考えてるんだよ。だって……ここ地下なのに揺れてる」
——揺れが収まった。エミーが唖然とする中、あたしは立ち上がった。
「何かおかしいな」
「ちょっと、怖いこと言わないでよ」
「今日先帰るね」
「え」
「閉じ締めだけお願い」
「パレット!」
荷物を持って階段を駆け上がると、ライアンが窓から外を見ていた。あたしに振り返ってきたと同時に、あたしが伝える。
「先に失礼します」
「気をつけろ」
「え?」
「ドラゴンが飛んでた」
「……」
あたしはライアンの横に行き、窓を見た。ライアンが指をさす。
「さっき、森に向かって飛んでった。それから揺れが起きた」
「みんな見てました?」
「さあな。だがあんだけ堂々と飛んでたんだ。目撃者は多いと思うぞ」
「森ですね。ありがとうございます」
あたしは早々に店を飛び出し、スクーターを走らせた。
(……空が暗い)
今夜は曇りのようだ。厚い雲しか見えない。
(……ドラゴンか)
家を横切り、森へ辿り着く。スクーターを置いて、森の中へ入っていく。しかし、妙に静かであった。
(夜だからかな? いつも以上に静かで……動物達が怯えて隠れてる気がする)
リュックから魔法道具を取り出し、囁く。
「マゴット。聞こえる? 仕事中にごめんね。お願いがあるの。しばらくの間、ライトを照らしてくれないかな? 今暗いところにいて、困ってるんだ」
すると、魔法道具がパッと光り出し、空中に飛び、踊り始めた。
「ありがとう。マゴット」
マゴットの電力が入った魔法道具が辺りを照らす。あたしは足元に気をつけながら進んでいくと、——やはり、あの洞窟に辿り着いた。
「……」
辺りを見回す。ここには誰もいない。
「マゴット、イヴに森にいるって連絡してくれる?」
魔道具から音が出た。
「ありがとう」
あたしは魔法道具の光を頼りに、一歩一歩、洞窟の中へと入っていった。しばらく暗い一本道が続いている。光に反応した宝石が、美しく輝き始めた。分かれ道がある。あたしは耳をすまし——右に進んだ。
(洞窟……に見えるけど……なんか違う気がする……)
階段がある。あたしはそれを下っていく。もっと暗くなった気がした。
(階段があるってことは……昔、人が入ってたってこと)
大量の宝石。キメラの気配。
(ここ、いつからあるんだろう?)
貸本屋のジョーイさんなら、何か知ってるかもしれない。
「……ん?」
石で作られた台に何か祀られている。
(……これは何?)
触れようと手を伸ばすと——呼吸が聞こえた。
「っ」
横に飛び込むと、台が何かに破壊された。振り返ると、魔法道具が光を当ててくれた。骨のみとなった恐竜の形をしたキメラが、台を噛み、飲み込むと、腹の中にほのかに光る何かが入っていった。キメラがあたしに振り返り、恐竜の鳴き声を上げた。
(ダンがいなくて良かった)
あたしは双剣をベルトから取り出し、構えた。キメラの足が動き出し、あたしに向かって口を開いて突進してきた。あたしが避けると、キメラの頭が壁にぶつかった。洞窟が揺れ、天井から砂が降ってくる。あたしは一先ず下がると、キメラが再び振り返り、あたしに向かって突進してきた。
(このキメラならいけそう)
あたしはギリギリまで引きつけ、再び横に飛び込んで避けると、キメラが壁にぶつかった。
(この隙を突いて)
あたしは地面を蹴り、ワープ魔法を使ってキメラの上に移動した。
(首を)
双剣を振る。
(斬る!)
——骨のヒビが割れた。キメラが叫んだ。あたしは急いでキメラから降り、地面に着地した。
(硬いけど、あと一発でいけそう!)
キメラが叫び、首を回し、壁にぶつかった。あたしは避ける。キメラは怒ったように走り出し、壁にぶつかり、突進し、天井の砂を降らせた。視界が狭くなる。大丈夫。冷静に。これ以上のキメラとの戦闘も経験したことがある。落ち着け。大丈夫。キメラが突進してきた。
——今だ!
ワープ魔法を使った。キメラが壁にぶつかり、その場に倒れた。上に移動したあたしが、剣を突き立てた。
(ここだ!)
刃がその場所を突くと、骨が砕けた。
一気に、キメラの体が崩れていく。頭から、胴体から、足まで、全てが粉々に砕け——地面に骨のカケラだけが残った。
(……これは村の人だと無理かも。ダンが死亡者がいたって言ってたの、こういうことか)
魔道具が動き出した。何かと思ってその様子を見ていると、魔道具が光を当てた。その先に——見たことのない石が、不思議な輝きを放って置かれていた。
(祀られてたものこれか。なんだろう。見たことない)
石を拾い、眺めてみる。すると、石から輝きがなくなり、ただの綺麗な石となった。
(……イヴ、何か知ってるかな)
『ママ!』
「ん、マゴット?」
魔道具があたしの目の前に飛んできた。
「わーお、今どこにいるの!?」
「安心して。そろそろ出るよ。……時間も遅いし、昼の方がいいかも」
「イヴリン様がカンカンに怒ってる! 早めに帰ったほうが賢明かも!」
「だと思った。でも……連絡しない方が怒るんだよね」
魔道具に石を向ける。
「マゴット、これ調べられる?」
「なんだい!? その石! 見たことないね!」
「ネットワークにあるデータから情報を探し出してくれない?」
「任せてよ! ママ!」
「わかったら連絡ちょうだい。……はあ。とりあえず帰りますか」
静かな森から抜けると、森の前に馬車が止まっていた。御者が降り、扉を開けた。腕を組んだイヴリンがあたしを見ずに待っている。
(イヴ、洞窟のこと、何か知ってるかな)
馬車に近づきながら、声をかける。
「イヴー」
「わたくしは怒っている」
「この石、何か知ってる?」
手を差し出すと、腕を掴まれて引っ張られた。御者が扉を閉め、そそくさと馬を走らせ始めた。
馬車の中で、不機嫌なイヴリンのスーツをつまむ。
「イヴぅ」
「キメラは基本夜行性だ。夜に本来の力が発揮される。知ってるだろう」
「さっきドラゴンが通ったんだって。でも森にはいなかった。だとしたら……洞窟に入った可能性があったから」
「二度と入るな」
「あの洞窟知ってる?」
「一週間店以外の立ち寄りを禁止する」
「イヴぅ」
「わかった。洞窟の調査だな。言っておくからお前は関わるな」
「無理だよ」
馬車が揺れる。
「あの洞窟、魔法使いか、専門の人が入らないと本当に危ないよ」
「……」
「この石わかる?」
「パレット」
——氷の瞳が、あたしを睨む。
「何度も言わすな。関わるな」
「でもっ」
イヴリンの手が伸びたのを、あたしは避ける。イヴリンが睨む。あたしはむう! っと頬を膨らませて、イヴリンを見つめる。
「危険だよ。あそこ」
「優秀な騎士を遣わす」
「この村にいるの?」
「以前ならば、金に目がくらんだ者どもばかりだったが、領主が変わってから総入れ替えしたそうだ。現に……そのお陰でお前の存在は誰にも知られてない。ルイとマゴット以外は」
「あたしが危ないって言ってるのは、奥に何かいる気がするの。キメラが凶暴化してるのも、ドラゴン達が……異常に暴れてるのも、ひょっとすると、あそこが原因……」
イヴリンが指を鳴らした。同時に、あたしの口に氷の猿ぐつわがくくりつけられた。
「んっ!」
「店をしばらく休ませてもいいんだぞ」
「んー! んー!!」
「そうだな。ダンもエミーもいるし、あの大工の男もいる。頑張ってる従業員の努力を無駄にしてはいけないな? 最近、経理も雇ったらしいし……休日を取ってしまったがために、黒字が赤字になるかもしれない。そうなると家賃が払えなくなり……さて、わたくしはどんな条件の元で、初期費用を出したのだったかな?」
「んー!」
「卑怯者? 違うな。この地の役員として言ってる。一庶民のお前が関わるな」
「……んんん」
「……『嫌い』?」
あたしはぷい! と顔をそらした。イヴリンがイラついたように舌打ちし、窓にもたれた。
「調査結果は教えてやる」
「……んーん」
「どうなっても知らない? パレイ、この土地の騎士もなかなかの強者ばかりだ。わたくしを信じろ」
「んん!」
「今夜は一人で寝る? はっ! 勝手にしろ!」
「んーん!」
「待て。それは話が違うではないか」
「んー!」
「わかった。ではこうしよう。今夜はわたくしもお前が着るパジャマとは違うパジャマを着ることにする」
「んんー!!」
「なぜそういうことになる!? 食事はいかなる時も共に取ると約束したではないか!」
「ん!」
「ああ! そうか! ならば勝手にするがいい!」
「んっっ!」
馬車の中が険悪な空気となり、馬車から降りてもそれは続き、――帰宅後、あたしは部屋で食事し、イヴリンはリビングで過ごし、互いに顔を合わせないようにした。
(イヴのバーカ! あほんだら!! わからず屋!)
ベッドしかない仮自室に行き、息を吐く。
(忙しくて手を付けてなかったけど……やっぱりこういう時のためにも自分の部屋は作るべきだな)
日頃の疲れが忘れられる極上の理想の部屋。あたしがリラックスできる自由な部屋。
(ベッドの側に本棚が欲しい。そしたら寝ながら本が読める。机も欲しい。灯りも。冬が来たら暖炉がないと寒くなる。高級感は求めない。コンパクトでいい。本があって、いつでも読み書きができる、そんな部屋)
色は――。
(イヴリンを……思い出せる色……)
――気がつくと、朝が来るまで熟睡していた。
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