第30話 アカウンティング・リクルートメント(1)


 さわやかな日曜日。人々はこの日に仕事を休んでいる人がとても多い。家族の時間を過ごそうと遊びに行ったり、買い物に出かける人もかなり多い。


 あたしは扉を掴んだ。振り返る。そこにはダンと、エミーと――遠くに、ライアン。あたしは笑みを浮かべて頷き、ゆっくりと――ドアを開けた。


「開店しまーす!」


 ――並んでいたお客様が入ってくる。


「いらっしゃいませー!」


 行列が崩れていく。建物の中はあっという間に人だらけになった。


「現在一時間待ちー!」

「よお、ダン!」

「おー! 来てくれたのか! 悪いな! 今時間かかっててさ!」

「まあ! 素敵なテーブル!」

「以前のようにぼったくりじゃないだろうな?」

「不安であれば、家具のリメイクから初めてはどうでしょう? ご説明しますよ」

「マスター! 来てくれたの!?」

「餞別です」

「マスター! ありがとう!」

「すみません。このランプを一つ」

「はい」

「リメイクしたいんだけど」

「こちらへどうぞ!」

「デザインした家具を作ってくださるって聞いて」

「少々お待ちを!」

「すみませーん! 二時間待ちでーす!」

「いらっしゃいませ! あの、えっとですねー!」


 ――ダンが看板を閉店にひっくり返すと、その場で倒れた。あたしも、エミーも、階段に座り込んでいる。


「死ぬかと思った……」

「初日は大盛況だったね……」

「明日、俺いないけど大丈夫か?」

「大丈夫だよ!」


 あたしは拳を握りしめた。


「ダンもエミーも学校優先! 大丈夫! ライアンさんもいるから!」

「接客は苦手だ」

「頷いていれば大丈夫です! 任せて! 今日は初日だったからいっぱい来たけど、明日はこうはいかないかもでしょ? 一ヶ月の家賃をちゃんと払えるくらい売り上げ伸ばさないといけないんだから、休んでられないよ!」


 あたしはレジカウンターの椅子に腰かけた。


「みんなもう帰っていいよ。あとはあたしがやっておくから!」

「大丈夫かよ……」

「大丈夫! 任せて!」


 ――深夜、店の電話機で連絡する。


「ああ、イヴ。……ごめんね、片付けが終わらなくて……今日はお店に泊まろうと思うんだ……」

『迎えに行くぞ』

「ううん! まだ終わってないことがいっぱいあるの! だから……明日は帰れるから!」

『……無理はするな』

「うん。……声が聞けて良かった。じゃあね」


 受話器を置き、深呼吸。売り上げの計算や、注文の仕分け、やらないといけないことは沢山ある。


「よし!」


 翌日――平日だというのに、初日よりも並んでいた。


「いらっしゃいませー!」


 嬉しい悲鳴だ。これは嬉しい悲鳴なのだ。


「ありがとうございますー!」

「嬢ちゃん、訊きたいことがあるんだが……」

「ライアンさん! 大丈夫です! 担当変わります!」

「あっ、おい!」


 お昼を過ぎた頃、ダンとエミーが来てくれた。


「昨日より……」

「混んでない……?」

「あ、ダン! エミー! 手伝ってもらっていい!?」


 今までこの町は家具屋がないに等しかった。それが解決したのだ。喜ばしいことだ。だがその分――正直、求めている人の量を舐めていた。営業に出かけた時はそうでもなかったが、店が建ったとなれば、みんな、足を揃えてやって来た。それも、近所であるなら尚更。質のいい家具であるなら尚更。自分の家の家具がリメイク、強化もしてくれるなら、尚更。


(やばいぞ……。これはやばいぞ……)


 余裕のない自分がいることが理解できた。


「今まででこんなことがあったかな……。大丈夫。パレット。学園時代も様々な修羅場を乗り越えてきた。いや、これはドラゴンの卵の捜索時以来の修羅場かも……」

「すみませーん」

「はいはい、ただいまー!」


 注文は増えていく。しかし素材を取りに行く暇が無い。どんどん無くなっていき、発注をかけ、おっと、病院から頼まれてる薬の調合も忘れてはいけない。


(目が……回る……!)


 ふらりと体が揺れると、小さな手に背中を支えられた。


「姉様! お気を確かに!」

「はっ! その声は……ルイ!?」


 振り返ると、瞳を輝かせたルイが立っていた。


「大盛況ですね! 姉様!」

「ルイ! 手伝ってほしいの! どうか助けて!」

「初日の様子は部下から伺ってます! 任せてください! 僕の方から、派遣スタッフを手配しました!」


 馬車から三人のスタッフが飛び出し、慣れた手つきで注文を聞き、レジを打ち、行列の案内をする。手の空いたエミーとダンはそれぞれ自分にしか出来ない仕事を始める。ライアンはリメイクで歪んだ家具の調節をようやく始めた。


「しばらく派遣スタッフを寄こします。それと素材です!」

「ああ! ルイ! どうもありがとう!」

「姉様と僕の店ですからね! お任せを!」

「よし! ……錬金術開始!」

「やぁ! ダン君! 元気かい!?」

「ふげっ!!」


 なんとこれが――一週間続いた。もちろん、あたしは帰ることができなかった。やらなければいけない締めの作業があるのだ。これはエミーじゃなくて、ライアンでもなくて、ダンはもちろん、あたしがやるしかないのだ。


(ああ……一週間経ったのか……。怒涛だったな……)


 だいぶ落ち着いてきたが、客足が減ってはいけない。これから安定して持続させなければ。


(お店って大変だな……)


 ――店のドアが叩かれた。


(あれ? 看板閉店にしてるよね? ……エミーか……ライアンさんかな?)


 またドアが叩かれ、あたしは立ち上がる。


「はいはーい」


 あたしはドアを開けた。


「どなたですかー?」

「どなただろうな?」


 ――スーツ姿のイヴリンが、笑みを浮かべ、目の前に立っていた。あたしは目を見開き――涙を浮かべ――一週間ぶりに会うイヴリンを、強く抱きしめた。


「……イヴ……」

「夕食は食べたか?」

「……まだ」

「それは良かった。美味そうなパンがあったから買ってきた。……中に入れてくれないか? お前の店を見せてくれ」

「……うん!」


 イヴリンの手を握りしめる。


「来て!」


 イヴリンの手を引っ張り、店内へ案内する。理想のリビング、ダイニング、キッチン。庭。ペットの小屋。シャワールームにトイレ。二階へ上がって寝室、書斎、子ども部屋、屋根裏部屋もいかが?


 イヴリンが窓を開けた。風が店の中に入ってくる。空気が新しくなる。あたしに振り返った。


「寝てるか?」

「あんまり。……嬉しいことに、注文が殺到してるの。大量にあって……一人だと、正直間に合わなくて……どうしようかなって、考えてる」

「売上は?」

「今のところ余裕で黒字かな。でもいつ下がるか……」

「制限をかけろ。お前一人では無理だ」

「……」

「パレット。……高級な料理店は一日に入れる客を制限する。客一人一人と向き合いたいからだ。この一週間、4つの街が並ぶ国では、この店の話題で持ちきりだ。今までも大工にオーダーメードすれば家具は作ってもらえたが、この店の家具はそれよりも質が良い。錬金術で作ったところで、歪みも大工がきちんと調節して渡してくれる。しかも使い心地も良い。素晴らしい店だ。ただ……いつも店が混んでいて、スタッフ全員が忙しそうで、声をかけにくい」


 イヴリンがあたしの前に立つ。


「注文が殺到しているから予約制にすると、チラシを配れ。それなら注文を捌きながら、一人一人に向き合える」

「客足が……途絶えることが怖い」

「スタッフにも、客にも、自分にも大切にしない店は潰れていく。パレット、わたくしの意見を受け入れないのなら、家賃関係なく、お前だけこの楽しいイベントから外させるぞ」

「イヴ……」

「店を続けたいなら受け入れろ。すぐに実行しろ」


 イヴリンが――優しくあたしを抱きしめた。


「残念ながら……ここは、ルセ・ルートに希望を持たせる最高の店だ。そう簡単に潰れはしない」

「……んっ……」

「注文を受けたのだろう? ……最高の家具を作って、届けろ。そのためにも客を制限しなくてはいけない。わかったか?」

「……明日、すぐチラシ作る……」

「新聞の記事に書くよう領主に伝えておこう」

「……あのね、イヴ。……領主様が……調合の鍋とか、錬金術の作業台とか、合成術の台をプレゼントしてくれたの」

「ほう」

「……イヴが言ったの?」

「さあ? どうだろうな?」


 クスッと笑ったイヴリンがあたしの腰を押し、一緒に売り物のベッドに座った。ああ、……側に、イヴリンがいる。


「……イヴ、あたしの考えてることわかる?」

「なんだろうな? ……一週間顔を見ていなかったせいで、わからなくなってるかもしれない。だが、それでもいいのなら、わたくしはこう答えよう。愛しいイヴリン、キスをして?」

「……どうしてイヴには伝わっちゃうんだろう。あたし、そんなにわかりやすい女?」

「ならば、パレット。わたくしの考えてることがわかるか?」

「……なんだろう? 一週間お店のことでいっぱいだったから、勘が鈍ってるかも。でも……それでもいいなら……あのね、……パレット、抱きしめて、キスをして?」


 イヴリンと唇が重なり合った。一週間ぶりの唇は……とても愛おしく……柔らかかった。イヴリンがあたしの頭をなで――肩を伝い――腰を撫で――押し倒した。ここで慌ててストップをかける。


「っ、ちょ、イヴ! 駄目!」

「チッ」

「商品の上では……流石に……」


 イヴリンがあたしを睨んだ。


「チラシ、作って……明日すぐ配るから……」

「明日店は休みだな?」

「うん。流石に……月曜日は休もうってなった。その間にチラシ作って、すぐ配るよ。ダン達にも伝えておく」

「それなら」


 イヴリンがあたしの腕を掴み、引っ張った。


「ルイに連絡しておく。あいつなら早く手配出来るだろう。お前はもう何もするな」

「や、でも、まだやることが……!」

「明日だ」

「チラシ!」

「ルイにやってもらう」

「手紙の処理!」

「ルイにやってもらう」

「書類の整理!」

「派遣スタッフにやらせろ」

「錬金術!」


 イヴリンが壁を殴った。


「今すぐこの店を物理的に潰しても良いんだぞ。いいか? 今すぐだ」

「……」

「来い」


 店のドアを閉じてから、無理矢理馬車に乗せられる。


「食べなさい」


 イヴリンにパンを食べさせられる。


「風呂に入りなさい」


 家に帰って、お風呂に入らされる。上がったら、髪を乾かしてもらう。


「さあ」


 イヴリンのベッドに、横になる。


「寝なさい」


 イヴリンを見る。本当に寝て良いのか見つめる。イヴリンがあたしの体を優しく撫で始めた。それを感じて、ああ、眠って良いんだと思ったら――あたしは、あっという間に寝てしまった。





「……くそ。悪い方向で予感が当たってしまったか……」


 イヴリンが舌打ちし――愛しい姫を撫で続ける。


 この町にはろくな家具屋がなかったから、ひょっとするとこうなるのではと思っていた。だが、ひょっとすると、みんな家具などには興味がなく、店に入らない可能性もある。そちらの方が都合が良い。早く店を閉じることになれば、パレットを安全にこの家に隠すことが出来る。そう思っていたのに――まさかパレットが、この一ヶ月、愛想良く営業に出かけていたと、誰が予想していた。


「疲れただろ。……ゆっくり休みなさい」


 額にキスをし――イヴリンはそっと、ベッドから離れた。


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