第31話 アカウンティング・リクルートメント(2)
目を覚ましたのは、なんと13時だった。遅起きなんて久しぶり。あたしは伸びをしてから寝室を出ていくと、テーブルに置かれた紙を見つけた。
「ん、何これ? ……はっ!?」
――店の前で、ダンが腕を組み、エミーが睨み、ライアンが腰に手を当てていた。あたしはスクーターで店の前にやってくると、三人があたしに振り返った。
「あれ、みんな!」
「パレット! 丁度良かったぜ!」
「最悪よ! 何なのよ! これ!」
エミーが店の前に貼られた紙をもう一度睨んだ。
【インテリア・パレットで働く諸君】
近頃、店の前に行列が出来、大変迷惑しているとクレームが入っている。よって、店に入れる客数を制限して営業するよう命令する。
これに従わなければ営業停止を余儀なく行うものとする。
領主
「何が領主よ!!! ふざけやがって!!」
エミーが鉛筆を取り出した。
「似顔絵書いてやる!!」
「俺も!!」
「でも……領主様の意見も一理あるなって思ってるんだ」
ダンとエミーがあたしに振り向いた。あたしはライアンさんを見上げる。
「ライアンさんも、思いませんか? このままだと、ちゃんとした品を渡せないって」
「注文だけ取って、いつまでも渡せないっていうのもクレームに繋がる。俺も……金を貰う以上は中途半端なものを作る気はない。あんたの判断は正しいと、俺は思うがね」
「一旦注文をストップして、今あるものから順番に捌いていかないと、前の家具屋と同じ、口だけのお店になっちゃう。とりあえず、明日からお店はまた開くけど……予約制にしよう。で、注文を片付けるまでは、リメイクのみ」
「デザインは?」
「もちろん、エミーは引き続きデザインを考えて欲しい。ダンは予約客の接客。あたしは注文の家具を作って、ライアンさんに渡していく。配達業者はルイが手配してくれてるから、そこに頼めば持っていってもらえる。ひとまず、そういう形にしよう。その方がいい」
「……ま! パレットがそう言うなら、文句ないぜ!」
ダンが鉛筆をエミーに返した。
「俺も疲れて勉強どころじゃなかったんだ。一週間の間だけで、注文の量もえぐかったし、客も予想以上に多すぎた。ここいらで落ち着くのも手だろうさ」
「……確かに、この盛況は予想外だったわ。みんなてんてこ舞いで、自分達の仕事ができてなかった」
エミーがあたしを見た。
「パレット、経理を雇ったら? あんたも出来るみたいだけど……家具を作ったり、配置するのはあんたにしか出来ないのよ」
「そっか! 雇う手があったか!!」
あたしは目を輝かせ、エミーを見つめた。
「誰かいい人知らない!?」
「知らない」
あたしは目を輝かせ、ライアンを見つめた。
「誰かいい人知りませんか!?」
「知らん」
あたしは目を輝かせ、ダンを見つめた。
「絶対知ってるよね! 誰かいない!? 誰でもいいから! もうほんと、誰でもいい!!」
「……いることはいるけど……」
「会いに行こう!!」
「いや、あのさ、いいんだけど、うーん……」
「?」
「だから、そいつが……」
――マリアが突然訪問してきたダンを見て、ほっぺを赤くさせた。
「ダン! ど……どうしたの? 急に……」
「マリア、あー、実は……店の手伝いってしてもらえないか? 経理なんだけど……」
「経理……」
マリアがあたしを見上げた。
「お店、すっごく人気らしいね! 近所の人達が、注文してきたって自慢してたの!」
「お陰で手が足りてないの。経理を頼める人を捜してるんだけど……」
「マリアは数字に強いだろ? 無理なのか?」
「ダン……。ごめんね。経理ってすごく難しいの。今の私では無理だよ……」
「……そっか。だよな。ごめん」
「ううん! でも、ちょっと待ってて!」
マリアが廊下を駆けていく。
「ママ! ちょっと来て!」
家の奥から――お腹を膨らませたマリアの母親が、マリアに連れられてやってきた。ダンを見て、あたしを見て、笑顔で首を傾げた。
「あら、こんにちは。ダンの……お姉さんかしら?」
「初めまして! 最近街の外れに引っ越してきました。パレットです!」
「あ! ひょっとして家具屋の!」
マリアの母親が笑みを浮かべ、あたしに手を差し出した。
「娘からよく聞いてるの。学校の机をリメイクして、とても素晴らしい机にしたって。私はエマ」
「お会いできて嬉しいです」
握手を交わすと、マリアが横から話しだした。
「ママ、パレットが経理を捜してるんだって。人手が足りないみたいで……」
「あら、そうなの?」
「ええ。一時的かもしれませんが、思った以上に大盛況で……お客さんの数を制限するんです。注文をとにかく捌かないといけなくて、その間、経理を担当してくれる人がいないか、マリアに相談していたんです」
「前の会社で経理をやっていたの。ただ、妊娠したから……丁度先月辞めたところで」
「あの……無理にとは言いません……! お金もきちんと払いますので……宜しければ、手伝って頂けないでしょうか……? もし! 体調が悪ければ、無理に店まで来いとは言いません!」
「……聞いたわ。ダンも働いてるそうね」
エマがダンに笑みを浮かべる。
「お店はどう?」
「大盛況。だけど、品が良くなくちゃ、評価は下がる一方だ。おばさん、パレットの作るものってすげえんだ。だから、出来るならそっちに集中させたいんだよ。おばさんも見たらわかるさ!」
「……そうね、じゃあ……」
エマがもう一度あたしを見た。
「一つ、お願いを聞いてくれないかしら?」
「お願い?」
「椅子を直してほしいの」
家の奥に案内されると、エマが倉庫のシャッターを開けた。倉庫の中に、埃の被った揺り椅子が置かれていた。
「マリアが長い事使っていたんだけど、足が壊れちゃって、それに、クッションも凹んで硬くて。いつか修理してもらおうと思ってて残しておいたんだけど……」
エマがあたしに首を傾げた。
「どうかしら? 直せる?」
「出来ます。ただ……」
あたしはダンとマリアを見て――身を屈めて、二人に言った。
「ちょっと難しい大人の話をするから、二人とも遊んでてくれない?」
「わかったわ。ダン、私の部屋で遊ぼう!」
マリアが笑顔で走り出すが――振り返って、動かないダンに眉をひそめた。
「ダン? どうしたの?」
「ダン、照れずに行っておいで」
「はあ!? て、照れてねーし! お前一人で大丈夫かなって、心配してたんだよ!」
「大丈夫だから行っておいで」
「ダン、私の部屋、やだ……?」
「っ」
マリアの顔を見たダンが、目をそらしながら、ゆっくりと歩き出した。
「な、何回遊びに来てると思ってるんだよ! 別に嫌とかじゃなくて! パレットがアホアホだから! 心配だっただけだし! 俺が必要ないなら、別に? マリアと待ってるだけだし!」
「大丈夫だから行っておいで」
「うるせーな! 後悔したって知らねーぞ!」
嬉しそうなマリアと照れが全く隠しきれてないダンが二階へ行く音を聞いて――再びエマに振り返る。
「あの、女の子ですか? 男の子ですか?」
「……ふふっ。気を使わせちゃったわね」
「マリアの様子を見てると、知らない気がして」
「正解よ。まだ言ってないの。……男の子よ」
「聞いてよかった。なら、デザインは落ち着いた色の方が良いですね」
「ああ、そうそう。色も変えてくれるって、近所の方が言ってたわ」
「クッションも、赤ちゃんが安心できるような柔らかいものに出来ますよ。確かに……凹んでますね。すごく使いこんだように見えます」
「マリアが大好きだったのよ。この椅子で寝かせれば、ずっと穏やかな顔をしてた。これから生まれてくる子にも、ぜひ使ってもらいたくて」
エマが椅子を撫で、優しい笑みを浮かべた。
「これを直してくれたら、ぜひお店の手伝いをさせていただくわ。どうかしら?」
「今日中にやります。気に入らなければ、手伝いを断ってくれても構いません」
「それを言うってことは、自信があるってことかしら?」
「あります」
エミーのデザインの家具を売るために、ライアンがやりがいを見つけるために、ダンの支えを裏切らないために、
「最高の揺り椅子を作ります」
「頼めるかしら」
「この揺り椅子、お借りしますね。よっこい……しょ……うわっ!」
「まあまあ、駄目よ。女の子が持てるものじゃないわ。……カートがあるから、これに乗せて持っていって。今日中じゃなくても大丈夫よ。ゆっくりでいいから」
「あ……ありがとうございます! ……ダン! 行くよー!」
声を掛けると、ダンが飛び出すように階段から下りてきた。顔が真っ赤だ。……ははーん?
「とうとう大人の階段を登ってしまったのかい? 少年」
「はぁ!? 意味わかんねーし! とっとと行くぞ!」
「一緒にカート押してくれたら嬉しいんだけどなぁ」
真っ赤な顔のマリアが窓から覗くと、その先ではカートを押すあたしとダンがいた。押しながら、ダンが口を開く。
「で? 大人の話は済んだわけ?」
「ひとまずこの椅子を修理しないことには話は始まらない。ダン、経理が増えたら、エミーが好きに家具のデザインを考えれて、あたしも家具が作れて、ライアンさんに仕事が渡せる。みんなが幸せになれる」
「俺は変わらず接客か?」
「ダンって口上手いんだもん。それとも、作るほうがいい?」
「……いや、喋ってるほうが好き。それに、みんな顔知ってる人達ばかりだから、気楽でいいし」
「本当にいつも助かってるよ。ダン。お給料は弾ませるから」
「当たり前だ。給料が入り次第、ゴーゴーレンジャーのベルトを買って、父ちゃんと母ちゃんにマッサージ機買ってやるんだ! へへ! 二人とも泣いて喜ぶぜ!」
「……頑張らないとね」
揺り椅子を店まで持っていき、工房に運ぶ。これは素材を組み合わせて合成すればいい類だ。あたしは素材棚を見てみた。しかし、まあなかなかマイナーな素材だから、……今度ルイに発注をかけておこう。
「ダン、これから森に行くけど、手伝ってくれる?」
「学校が振替休日で良かったな。籠は家か?」
「家にある!」
「だったらS.Jも連れて行こうぜ! 運動不足は体に悪いって、ローラ先生も言ってたからさ!」
そう言うダンの言葉の通り、S.Jも連れて森へ入る。あたしは花がある方へ入っていくと、やはり貴重なこの素材も、簡単に見つけることが出来た。
「コトンの花! 本当にこの森はすごいなぁ!」
「コトン?」
前にあげた本を、ダンがめくった。S.Jも一緒に覗き込む。
「柔らかい綿素材……。へえ。オムツとかに使われてるんだ。これ」
「外ではなかなか手に入らないんだよ。育て方が難しくてすぐ枯れちゃうの。でも、この森のコトンは自然と咲いてる。必要な分だけ持っていこう。自然に咲いてるものは大切にしなくちゃ」
「了解。……あ、パレット、ポリの花あるぞ。持ってくか?」
「ポリの花は持ってこう! もうそれはいい! 大量に咲いてるからそれは摘んでいこう! 森様! 自然様! ありがとうございます! 感謝して持っていきます!」
「染料の花もあるな。摘んでいくか」
「きゅー」
「こら、S.J。食べちゃ駄目だって。自然を大切にしないと、パレットが口うるさくなるからさ」
キメラの鳴き声が聞こえるが、今日は大人しいようだ。襲いかかってこない。S.Jがいるからだろうか。ドラゴンの恐ろしさは、本能的にみんなわかっている。
(ダンを連れて行く時は、S.Jがいたら安心かも……)
「こんなもんかな。パレットー! どうだー!?」
「完璧! 戻ろう!」
籠いっぱいに沢山の素材を詰め込んで、あたし達は森を出ていった。
――ふと、S.Jが振り返った。周辺を見渡す。しかし――何も発見できなかったので、大人しくダンの頭に乗り、外の空気を楽しんだ。
森の奥には、あの洞窟が残されている。
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