第35話 サーチ(3)


 工房に戻り、あたしは素材棚を弄りだし、ダンは薬草図鑑を広げた。鍋に薬草を入れていき、魔力を入れたら回復薬の完成。エナジードリンク。目薬。万能薬。漢方薬。様々な薬を作っていると、ふと——ダンが言った。


「パレット」

「ん?」

「俺も作りたい」


 あたしの手が止まった。ダンに振り返ると、彼は薬草図鑑を持って、あたしを見つめていた。


「俺が作れそうなのある?」

「……それじゃあ……」


 あたしは棚から調合薬のレシピ本を取り出し、ページを開いた。


「これにしてみる?」

「解毒剤?」

「毒を持ってるキメラは沢山いる。解毒剤は必要不可欠。材料通りに入れてみて」


 ダンがレシピ本を確認しながら、今まであたしと採ってきた薬草を棚から取りだし、鍋へ入れていく。鍋の蓋についた、取っ手の空洞を見下ろすダンに、専用のペンを渡す。


「図鑑に載ってる魔法陣を描いてごらん」

「これが難しいんだよな」

「見様見真似。やってごらん。間違ってもいいから」


 ダンが空洞にレシピ本に載ってる魔法陣を見様見真似で描いていく。完成したら、鍋に魔力を注ぎ、蓋を閉め、両手を差し出す素振りを見せる。


「両手を、こう」

「こう?」


 ダンが蓋に両手を置き、体温を与えれば、鍋が揺れ、ピンク色の輝きが溢れ出す。ダンが目を見開いた。鍋はとても輝いている。ガタガタ震える鍋から、蓋が吹っ飛び、ダンが尻餅ついた。あたしは完成された薬を見てみた。


「うん。失敗だね」

「……」

「材料は良し。魔法陣の……線かな」


 あたしはおたまですくって調合薬を飲んでみる。……ふむ。これは、


「鎮痛剤だね。……もったいないから貰っていい? 炎症とかにも効きそう」

「魔法陣だけでそんな変わんの?」

「うん。調合薬は基本、材料は似たり寄ったりなんだけど、魔法陣が全部変えちゃうの」

「……」

「ダン、人間っていうのはね、失敗しないと学ばないの。あたしも沢山失敗した」


 ダンにレシピ本を差し出す。


「これあげる。また一緒に作ろう。今日はとりあえず、手伝って貰っていいかな?」

「……いいの?」

「あたし、もう覚えてるもん。薬草図鑑と一緒に見てみて」

「……ありがとう」

「さ、調合の続きをしよう!」


 ダンに手伝ってもらいながら、薬を作っていく。十分な調合薬を作れたら、それをポーチに入れて、そのポーチをベルトにつける。外はまだ明るい。


「行ってくるね」

「俺も行く」

「ダメ。危ないから」

「お前知らねえの? あの森、今、厳重警備体制なんだぜ?」

「え?」

「昨晩森でトラブルがあったとかで。誰が行ったって入れなくなってるって、村で噂されてた」


 ダンが笑みを浮かべた。


「こういう時こそ、俺の出番だろ?」


 ——ダンの言う通り、森では、この土地に来てから見たことがないほど厳重に警備されている様子が遠くからでも確認できた。足音が聞こえて、警備の騎士たちは振り向いた。ダンが立ち止まる。


「あれ? 大人がいっぱい。こんにちはー!」

「こんにちは。君、こんなところで何してるんだ?」

「拳を鍛えに来たんだよ。ここはゴーゴーレンジャーの修行をするにはうってつけなんだ」

「この森はキメラが沢山いて危ないんだぞ。家に帰りなさい」

「えー? ちょっとだけでも駄目なのー? 昨日は誰もいなかったのに、こんなのってないぜ!」


 ダンが騎士の気を引いてるうちに——あたしはそっと森へ侵入した。


(ありがとう。ダン!)


 まっすぐ洞窟へ向かって進んでいく。キメラの気配があっても無視をして、足を動かす。洞窟に辿り着いた。


「っ」


 木の影に隠れる。二人の騎士が洞窟の前で待機している。


「なあ、俺たちはいつまでここで待っていればいいんだ?」

「仕方ないだろ。領主様の命令なのだから」

「けっ! あの領主が来てから体制も訓練も厳しくなって、酒を飲み歩いていた日々が懐かしいぜ」

「そう言うな。厳しいが、一番民のことを考えてくれてるまともな領主だ。前の領主は酷かった。殺されたって、誰も涙を流さなかった」

「そんな領主様が下した命令が、この洞窟調査が終わるまでの待機か?」

「連絡係だ」

「誰も近づかねえさ。森自体立ち入りを禁止しているんだから」

(あの二人、どこかに行ってくれないかな?)

「ん? なんだ?」


 あたしはハッとして、息を潜めた。木々の間から——キメラが現れる。二人を見て、涎を垂らした。


「おい、キメラだ!」

「びびるな。二人ならいけるさ!」


 剣を構えて備えるが、腹を空かせているキメラは二人を食おうと襲いかかってくる。その戦い方は非常に賢い。おそらく、ライオンとチーターのキメラだろう。二人の足を狙い、素早く動き、隙を狙って噛み付いた。


「ぎゃあ! 足が!」

「こいつ!」


 剣で斬られる前に避け、キメラが騎士の腕に噛み付いた。


「うぎゃあ!」

(今だ!)


 あたしは双剣の一つを投げると、キメラの頭に突き刺さった。騎士が悲鳴をあげ、腰を抜かす。あたしは木々から出てきて、剣を抜いた。腕を押さえた男が体を震わせながらあたしを見つめる。


「だ、だ、誰だ!」

「これをどうぞ」


 昨日、洞窟の中で戦ったキメラの骨を入れたお守りを渡す。


「外にいるキメラが近づくことはないと思います。早めに連絡を取って、助けを呼んでください」

「あぁ、ちょ、ちょっと!」


 あたしは男を無視して、洞窟へ入っていった。——いつもより、空気がざわついている気がした。


(人が入ったから中のキメラが反応してるんだ。……早く行かなきゃ)


 あたしは昨日も行った道へ進んでいく。一本道だ。


(キメラの死骸がある。もう何体か倒してるみたいだけど……)


 血痕が激しい。


(どこまで入ったのかな)


 進むごとに、闇が深くなっていく。下に下りるたびに、光がなくなっていく。ジョーイは昔、ここで遊んでいたと言っていた。ということは、昔は明るかったのだろう。宝石が灯りの代わりとなって輝き、キメラなど存在せず、生息する動物は大人しく、子供だけで入っても安全なところだった。


 キメラを放ったのは魔法使いだと言っていた。

 聖域を守るために、キメラを放った。


 ならば、そのキメラは今でも聖域を守っていることだろう。

 誰の侵入も許さず、永遠と命を全うするまで守り続けるのだろう。

 ドラゴンが暴れている。

 キメラが暴れている。


 ここに何かある。


(……ちょっと、まって)


 あたしの呼吸が薄くなる。


(酸素が薄い。……どこかで……瘴気が漏れてるみたい)


 長居はできない。念の為解毒剤を飲みつつ歩くと、足が何かにぶつかった。


(ん?)


 騎士の死体だった。


「っ」


 死体が転がっている。頭が食われ、四肢が食われ、体が切断され、何人もの死体が、倒れている。


(調査に入った騎士団!? 生きてるのは……)


 近くに聞こえた呼吸の音を聞いて、確信した。


(いない)


 あたしは振り返らず、そのまま前に走ることにした。すると、すぐ後ろで岩に喰らいつく音が聞こえた。あたしは全速力で走った。何かが追いかけてくる音が聞こえた。あたしはワープ魔法を使った。——その存在の後方のワープすると、それは壁にぶつかった。あたしは双剣を構えた。影が大きな体を引きずらせ、あたしに振り返った。


 深海魚の頭を持ったムカデのキメラが、威嚇の叫びを上げた。


(ムカデ型か。厄介だな)


 突進してきたキメラを避けるため、右に転がる。キメラが壁に激突し、頭をくらくら揺らした。しかし数ある足には毒があり、近づくにはあれを切る必要がある。


(ムカデ型の足が止まる瞬間がある。それが——)


 あたしは双剣で、足を二本切った。


(頭に衝撃を与えた時!)


 しかし、すぐに動き出すため二本がいいところだ。早急に離れると、思った通り足を思い切り動かしてから体を動かす。もう一度あたしに振り返り、突っ込んできた。あたしはギリギリまで引きつけて、また避ける。


(これを繰り返す!)


 壁にぶつかったキメラが、また頭をくらくら動かす。


(斬る!)


 再び二本斬り、離れる。欲張りは命を落とす。キメラが叫んだ。洞窟中に叫び声が響き渡る。しかし、あたしは怯むことなく繰り返した。避けて、斬って、引きつけて、避けて、斬る。集中力を乱すな。一瞬の隙が命取りだ。足を斬った。


 足のなくなったキメラが動けなくなった。叫ぶ。耳がおかしくなりそうだ。あたしは走り出し、口を大きく広げる深海魚の頭とムカデの胴体を——切断した。


 大量の赤い血が吹き出す。これは体に触れても大丈夫。赤色の血は、大抵大丈夫なのだ。人間に流れている血も赤いから。


 キメラがその場に倒れ、もう動かない。あたしは死体だらけの地面を見て、息を吐く。


(このキメラを斬ろうとして……毒にやられて、動けなくなったところを魚の歯で食われたってところかな。だから言ったんだよ。イヴ。……知識のない騎士だと、手に負えないって)


 あたしは双剣についた血を振り払い、構えたまま歩き出す。


(学生時代、珍しい薬草を求めて、あたしは様々な洞窟や森に足を踏み込んだ。その度に死にかけた。一緒に来てくれた教授がいなきゃ、あたしは薬草を持ち帰ることも出来なかった)


 沢山訓練した。強くなればなるほど、メリットも大きかった。探索ができるし、クリスの身に何かあった時に、守れる妻にもなれる。ドラゴンのキメラと戦った時は、地獄だった。蜘蛛のキメラは、本当に食べられると思った。ああ、鷹のキメラも酷かったな。あれは全治三ヶ月だった。でも、珍しい薬草が手に入れば、素材が手に入れば、調合も、錬金術も、合成術も、すごく研究が進んだ。もっと研究を進めるために、やっぱり出かけた。生物と戦うたびに、関わるたびに、生物の気持ちがだんだん見え始めた。気難しい生物の気持ちを知るために、勉強した。資格を取ったら、もっと生物と関われる機会も増えた。斬って、関わって、近づいて、研究して、調合して、錬金して、合成して——全てはクリスのためだった。


(無理だよ。生物学も勉強してない、特殊な訓練を受けてない騎士が来たって、キメラの戦い方がわかるわけない)


 ——二つの台が置かれている。何か、窪みがある。あたしはふと、ポーチから石を取り出し、そこに置いてみた。はまった。


「……」


 もう一つ、ジョーイから貰った石を置いてみた。——何もなかった壁が、門の形となって開かれた。


「っ」


 石の扉が開かれる。あたしはその先を見つめた。


 そこは聖域であった。

 闇の中に、美しく光り輝く地面が広がる。

 銀色に輝く花が咲いている。


 しかし、同時に感じる。

 ここは瘴気の発生地である。

 毒が充満している。


 あたしは慎重に——ゆっくりと、その中へ入っていった。

 さっきまでざわついていた空気が嘘のように静かであった。

 見回してみる。


 誰もいない。


 だが、——気配を感じる。


(どこだ?)


 あたしは美しい聖域を見回す。


(一体、何が……)


 振り返る。


(誰が……!)






 子供のドラゴンが座っていた。






「……」


 あたしは黙り、ドラゴンを見つめる。ドラゴンはつぶらな瞳で、小首を傾げ、尻尾を揺らす。形がS.Jと似ている。


(キメラ?)


 いいや、ドラゴンだ。


(なんで……こんなところに、子供のドラゴンが……)


 ——闇の中から、呻き声が聞こえた。あたしはぎょっとして、子供のドラゴンから離れた。すると、高い天井から巨大なキメラが——キメラと言えるのか? 見たことのない巨大な生物が地に降り立ち、叫んだ。


(何こいつ!?)


 哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、昆虫類、クモ類、多足類、甲殻類、軟体動物、原生動物——原生生物型だ!


(戦い方がわからない!)


 半透明の体から液体をこぼし、大量の泡を吐く。ドラゴンがはしゃいでいるようにキメラに戯れる。


(一旦、退却……っ)


 考える間もなく、透明な刃があたしに向かって飛び出た。ギリギリで双剣で受け止め、後ろに下がる。しかし止まる時間はない。あたしの足元から刃が突き出る。避けながら聖域の外へ急ぐ。


(やばい、やばい、こいつやばい!)


 地面に着地する。


(早く聖域から出て……)


 ——見下ろす。透明な刃が、あたしの足を貫いていた。


「あ」


 ——一気に棘の刃が、身体中を貫いた。





 棘が地面に埋もれ、——あたしはその場に倒れた。







(……まだ、生きてる……)


 視界が赤い。真っ赤だ。おかしいな。暗いはずなのに、赤く輝いて見える。


(あの生物、何なんだろう。あんなキメラ見たことない。あんな……半透明な……あんな……どう戦っていいかもわからない、あんな……不思議な……キメラ……)


 子供のドラゴンが近づいてきた。あたしを見つめ、きょとんとしている。


(ねえ、君、なんでここにいるの? 君の種族から見て、生まれはカレウィダールだよね? 君に似たドラゴンが、うちに迷い込んできたんだよ)


 子供のドラゴンは純粋な瞳であたしを見つめている。


(S.Jは魔力弾を撃たれて、うちに落ちてきた。……カレウィダールのドラゴンが凶暴化している。なぜ)


 子供のドラゴンはあたしを見つめている。


(子供を奪われた?)


 いや、


(子供がいなくなった)


 キメラが凶暴化している。


(ドラゴンがいて……半透明なキメラが、側にいる)


 聖域――キメラ――瘴気――凶暴化――ドラゴン――森。


(……まさか……)


 半透明なキメラが降ってきた。


(これ全部……)


 あたしの命を喰らうため、キメラが——口を開いた。






 魔力弾が撃たれた。キメラが悲鳴を上げて離れた。大量の魔力弾が撃たれた。ドラゴンが怖がり、キメラと共に闇の中へ消えていく。


「追うな! 長居は無用だ! 各位置につけ! 生存者がいないか捜せ!」

「イヴリン様! 生存者が!」

「っ」


 聞き覚えのある声が聞こえた気がした。だが、意識が朦朧としている。


「どけ!」

「イヴリン様! キメラが!」


 叫び声が聞こえる。あたしは目玉を動かした。——闇の深いところから、薄く、ドラゴンが見える。


「撃て! 怯むな!」

「パレット」


 呼ばれた気がしたけど、返事はできない。


「パレイ……!」


 なんて、聞き心地のいい音だろうか。だが、あたしの目玉は隠れるドラゴンのみを映し、やがて——意識が途絶えた。


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