第29話 マイ・ワークショップ(3)
地下室が出来た二階建ての建物。まずは下からやっていくことにする。
あたしの理想の工房を作るためには、錬金術と合成をするための作業台。調合のための鍋が必要となる。
「リメイクするとなると、鍋じゃ入り切らない。作業台を作らないと」
「うちで使ってない鍋あるけど持ってくる?」
「いや、調合をやるってなったら、結局鍋蓋に魔法陣が書けるやつの方が効率いいんだよね。これは自分で作ろう。お金が貯まったら、良いやつ買えばいいし」
「お届け物でーす!」
あたしとダンが顔を見合わせ、店の外に出た。そこには、調合専用鍋と、錬金術用台、合成術作業台と、他棚家具などが荷車から出てきた。配達員があたしに手紙を差し出した。
「お手紙です」
開いてみると、このように書かれていた。
――親愛なる店長殿。
新しい家具屋開店を心から喜んでいます。
どうか町の住人達に、笑顔と喜びをお与えください。
これはほんの餞別です。
お好きにお使いください。
領主
「領主!!」
ダンが運ばれていく家具達を見て、目を飛びださせた。
「おい、パレット、とんでもねえよ! 領主から直々に送られてくるなんて! こりゃ、すげえことになるぜ!」
「……なんで調合とか出来る事知ってるんだろう……」
「細かいことは置いといてさ!」
ダンがあたしの背中を叩いた。
「家具の配置、決めようぜ!」
「そうだった!」
あたしとダンが再び工房へ戻り、部屋を見回す。換気扇と階段の位置を確認して、顎を撫でる。
「キッチンっぽくしたいね」
「は? 普通にお前の家にある部屋っぽい感じでいいんじゃねえの?」
「まあ、見ててよ。ダン。……すいません! 鍋はそちらで! 台は向こう側!」
あたしは工房を四パーツに分けた。錬金術を行う場所には後ろに棚を置き、前はL字型作業台を設置。ダンがすぐに家具について書類が入ったファイルやレシピ帳を入れ始める。その横のエリアに移ろう。円型合成台を設置。リメイク品はここになりそうだから、工具箱が置ける棚を後から作ろう。正面のエリアに移ろう。設置した鍋を囲むように、素材を置くための棚が壁にびっしり設置される。素材倉庫は店の裏の倉庫も一緒に使うつもりだ。素材があって困ることはないもの。
「こんなもんじゃないかな!」
「本当に工房になっちまった」
「上行くよ!」
「焦るなって。まだファイルを全部しまえてないんだよ」
一階に移るところで、エミーがサンドウィッチが入ったバスケットを持ってやってきた。
「どうせ食べてないんだろうと思って、作ってあげたわ。感謝して」
「エミー!」
「ちょ! 馬鹿! 抱き着いてくるんじゃないわよ! サンドウィッチが潰れたらどうするのよ!」
「ダンー! 休憩ー!」
三人で休憩した後、一階に物を置いていく。この一ヶ月間、考えてきた配置だ。
まず店に入ったら、客は驚くだろう。だってどこにでもありそうな部屋が視界に広がるのだから。まずは玄関。通る廊下には台や電話機が置かれ、それら全てに値札のタグが貼られている。ドアを開ければお洒落なリビング、ダイニング、キッチン、書斎、好きなお部屋をどうぞ。スタッフ以外立ち入り禁止。ああ、ここは駄目なの。休憩室だったり、エミーの作業部屋だったりするから、覗いちゃ駄目。
二階にもご興味がある? では二階へ案内しよう。
二階と言ったら自分の部屋。寝室。子供部屋。屋根裏部屋。理想のお部屋、見てみたくないですか? カタログはある。合成して壊れた家具を治すことも出来る。自分でデザインした家具が欲しいのなら、錬金術でやりましょう。色を変えたい? 調合薬でいくらでも。
ここは最高の家具屋。ついつい家に帰りたくなってしまう道具が沢山揃った理想郷。
「おい、看板作るから店の名前教えろ」
「ん?」
「え?」
ダンが瞬きした。エミーがきょとんとした。あたしは首を傾げた。
「……ひょっとして、考えてない?」
「忘れてた!」
「自分の店の名前考えてない奴なんているの!? いたわ! ここに!」
「前のお店の名前じゃ駄目?」
「駄目に決まってんだろ」
「あんたね、自分の店なんだから、自分で考えなさいよ」
「えー」
あたしは眉をひそめ、腕を組み、少しの間考えて、答えた。
「家具屋さん」
「駄目だ、こいつ」
「いいわ。天才の私が最高の名前を考えてあげる。スーパーネコネコにゃんにゃんエレクトロハイパートルネード……」
「長い長い長い。言いづらいしわかりづらい。パレットの家具屋なんだから、インテリア・パレットでいいだろ」
「つまんな」
「ダン、センスがないって言われない?」
「てめえらに言われたかねえよ!!」
ダンが木の板とナイフを持ってきた。
「とにかく! それで作るからな! 文句言わせねえぞ!」
「シンプルすぎない?」
「もっと華がある感じが良いと思うんだ!」
「うるせえ! 黙ってろ! 集中できねえだろ!」
ダンが穴を掘った。【インテリア・パレット】
横からエミーが指を差す。
「看板の形がシンプルすぎるわ。ちょっと待ってて」
エミーが絵を描いてきた。
「こういう形にしたらどう!?」
「んだよ。それ。雲かよ」
「はあ? あんた何言ってんの? その目は節穴?」
「てめえの絵が下手くそなんだよ!」
「馬鹿じゃないの!? これに関してはちゃんと描けてるじゃない!」
「エミー、両手」
魔力をかけてあげると、歪んだ絵の形がはっきりとわかった。玉子型で、あえて外側を出たり凹ませたりと歪にすることによって、お洒落に見える。やはり彼女のデザインは天才だ。ダンが絵の通りに木の板を削っていく。
「こんな感じ?」
「下手くそが」
「うるせえな」
「大丈夫。上出来だよ。ダン」
看板を入り口のドアにかける。それを三人で確認する。
「……うん。上出来」
後ろに下がり、同じ建物でも、見違えるように変わった理想郷を見上げる。
「上出来だよ」
既に日は暮れ、星空が浮かぶ空の下。
あたしも、ダンも、エミーも、疲れているはずなのに、瞳はなぜか輝いていた。
この日、ルセ・ルートに唯一の家具屋、インテリア・パレットが誕生した。
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