第2章 流行り病

035 尋問(1)

(どうしよう、どうしよう……!!)


 内心は大焦りのレネット。心臓は再びバクバクと鼓動をはじめ、その音が全身を伝って耳へと響く。背中の冷や汗も止まらない。

 この秘密がバレたら、クビであることは間違いない。積み重ねた今までの生活がパーになるどころか、嘘をついていたことがバレて、さらに芋づる式に国外追放のことが知られてしまうかもしれない。

 レネットは絶体絶命のピンチに陥っていた。


「大方は分かっているわ。だけど、まだ確証を持てずにいるの」


 そんなレネットの願いも虚しく、アシェラは神妙な表情のまま、レネットのもとへとにじり寄った。

 そして至って真面目な表情で、アシェラは両手を突き出した。


「レイン君、ちょっと動かないで」

「えっ」


 アシェラは、レネットの胸を揉んだ。

 ゆっくりと、その存在を確かめるように、両手で揉んだ。


 レネットは女の子だ。世間一般では小さい方だとはいえ、同年代の男の子よりは確実にふっくらとしている。

 もちろん服を着てしまえばバレるほどではないし、今までもそれでどうにかなっていた。布を巻いて下着代わりにすれば気にならない。


 だが……直接まさぐられては話は別だ。そのもちっとした独特の感触が、シャツ越しに伝わってくる。男の子にはあるはずのない、その柔らかさが。


 これは間違いない。

 そう、アシェラは確証を持った。


「あ、あの……やめてくださぃ……」


 ひとしきりぺたぺたと触れたあと、アシェラはレネットの顔を見た。

 汗をダラダラと流し、頬は紅潮している。悲しさと恥ずかしさと困惑とが混ざりあった、もはやよくわからない感情だった。

 そして……それに追い打ちをかけるかのように、妙にくちゃっとはだけたシャツ。相手は一応男の子のはずなのに、色気すら感じさせる。


「……………………これは」


 ここでようやく、アシェラは自分のやったことに気付いた。

 嫌がる見習い騎士を無理やりベッドに座らせ、弱みを握ったのを良いことに、そのおっぱいを揉みしだいた。言葉にするとこうなるが、どう考えてもセクハラである。


「あの……僕は……」

「待ちなさい」


 レネットはひ弱な声を漏らす。

 そこにいつもの快活な見習い騎士”レイン”の姿はなく、一人の恥じらう乙女が佇んでいた。


「あの、ごめんなさい。やりすぎたわ」


 そこで初めて、アシェラは謝罪した。

 流石に罪悪感に苛まれ、確認するためだったとはいえ、その行動をとったことを後悔した。


 だが同時に、確証を得ることもできた。

 この独特の膨らみ、触れた手の感覚が間違いないと言っていた。どう考えても、この見習い騎士は女の子だ。


「レイン君、あなた本当は女の子なのね」

「…………はい」


 レネットはついに認めた。いや、認めざるを得ないといったほうが正しいだろうか。

 もうこれ以上逃げようがなかったし、弁明しようという気力も先程の行為で削がれてしまっていた。

 だからこそレネットは、もう正直にすべてを打ち明けようと思った。


「僕は、――いや私は、ルミナス王国から追われてきたんです。住むところも、食べるものも、食事もなくて……どうしようもない中で出会ったのが、この見習い騎士の生活でした」

「でも何故、男の子の格好を?」

「その試験に絶対受かりたくて……いや、受からないといけなくて、私はこの格好をすることにしたんです。だって騎士は、強くて頼れる存在じゃないといけないから……」


 確かに見習い騎士は、ほぼ全員が男の子だ。なぜならば騎士というのは、肉体を酷使する過酷な仕事であり、体力も体格も比較的優れている男性のほうが向いているからだ。

 だからこそレネットは、試験で先入観を持たれないように、あえて男の子の格好をした。効果があったのかは分からないが、少しでも可能性を上げたいという努力のひとつだったのだ。


「そう……ね?」


 納得しかけたアシェラだったが、少しだけ頭の中で引っかかった。

 いまやレネットは、見習い騎士たちの間で弟のように可愛がられている節がある。その理由は、全員の中で一番弱っちいのに、一番ひたむきに努力をしている誠実さ故だろう。決してそこに強さという要素は含まれていないというか……むしろ、小動物的な可愛がられ方をしているというか……。


 今の結果だけをみたアシェラにとって、異性の格好をする意味があるとは思えない。アシェラにとって、レネットはもはや「か弱い女の子」にしか見えないからだ。


(レイン君は本当は女の子で……いや、一応男の子として生活しているわけで、男の子として接したほうが……でも、知ってしまった以上、これからどういう風に話しかけたら……)


 だが流石にそれを本人に言うのは可哀想だし、別にアシェラはレネットを吊し上げたいわけではない。

 個人的な興味と、また加えて関係する別のことが気になったため、尋ねただけなのだ。


 だがそんな思考を邪魔するかのように、ちらちらとレネットの崩れたシャツが目に入る。隙間からは素肌が見え隠れしていて、自覚はないようだが正直色気を感じる。

 どう接したらいいのか答えが出ていないアシェラにとって、そのことを指摘せずにはいられなかった。


「あの……それより、ちゃんと着てくれないかしら? そのシャツ」

「えっ、あっ、――ご、ごめんなさい!!」


 レネットは慌てて全身を隠した。

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