015 訓練開始!(2)

 一番最初は基礎訓練ということで、スタミナを鍛えるための持久走だった。

 もっと華やかな――例えば剣を使った模擬試合的な訓練を想像していたが、実際はこのような地味なトレーニングが大半を占める。レネットは少し残念だと思うと同時に、もっと頑張らなければと気を引き締めた。


 ――なぜなら、レネットは持久力があまりにも無かったからだ。いやそもそも筋力すらも足りないが、一番の課題は持久力である。


 身体強化魔法を施すと、文字通り肉体が強化され、本来のそれ以上のパワーを発揮することができる。それは、本来必要とするエネルギーを魔力が肩代わりしているようなもので、どれだけ運動してもスタミナを消費することはない。

 ゆえに、あれだけ過酷な魔物討伐を繰り返していても、レネット自身の持久力が鍛えられることはなかったのだ。


 その結果――


「はぁ、はぁ……、しぬ…………」


 見習い騎士たちがグラウンド上をぐるぐると円を描くように走る中、レネットだけはよたよたと歩いていた。吐き気にも近いような湧き上がる苦しみに耐えながら。

 レネットは全力で前へと進んでいるつもりだが、正直言って全く進んでいない。


「あー……大丈夫かい?」


 見かねた真っ白な猫――もとい、エルヴィーラがレネットに小さな声で話しかける。ただレネットは、それに返答する元気すらもない。


「治すかい?」

「いら……ない……っ!」


 その醜態に思わず魔力を溢れさせるエルヴィーラだが、レネットはそれを拒否した。


「それは……だめ!」

「なんでさ。アンタ、本当に死にそうな顔だぞ?」

「自分の力で……走らないと……強くなれない……」

「……そうかい」


 ――ここで苦しみを知ってこそ、立派な騎士になれる。

 疲れを取るのは簡単かもしれないが、それは甘えに他ならない。魔力という外からの力で回復してしまえば、訓練によって得られる恩恵が減ってしまう。レネットははじめからその覚悟で臨んでいたから、治療という選択肢は無かった。


 呆れた表情のエルヴィーラは、ひとつだけため息を吐くと、芝生の上にごろんと寝っ転がった。興味なさそうにそっぽを向いているが、ちらちらとレネットを気にしてはいるようだ。


「おい、大丈夫か?」

「はぁ、はぁ、ロミル……大丈夫」

「全然そうは見えないけど……」


 次いで声を掛けるのはロミルだった。

 彼は、既に指示された距離を走りきっていた。これ以上に走る必要はないのだが、流石のロミルも心配になりレネットに並走していた。

 ……いや、彼だけではない。


「レイン、頑張れ!」

「腕を振るんだ! いいぞ!」


 ロミルと共に走り終えた見習い騎士たちが、次々と声援を投げかける。

 その声を聞いたレネットは、ぎゅっと歯を食いしばり、ラストスパートを掛ける。


「あともう少しだ!」

「がんばれ!!」


 最後の一周。はあはあと息遣いは荒い。

 もはや徒歩以下の速度だが、レネットは諦めなかった。周りからの応援も熱が入り、レネットの耳に温かい言葉が届く。


「はぁ……はぁ……、あと少し……」


 ゴールが目前に迫り、レネットは最後の力を振り絞る。

 そのゴールを示すフラッグの横には、アルトゥールが立っていた。レネットの視界にもその姿が入り、より力が入る。


 ――だが突然、レネットの見る景色がぐらりと揺れた。

 いや違う。レネットの体が傾いたのだ。ふわりとした浮遊感と、頭から血の気が引いていく感覚。


(あっ……これまずい)


 そう思ったときには、もう遅かった。

 スローモーションになる景色に、慌てて駆け寄ろうとするアルトゥール教官や他の見習い騎士たちが映る。


(……無念ね)


 レネットはゴールの目の前で、そのままばたりと倒れた。

 幸い地面は芝生で、倒れても怪我をすることは無かった。

 頬に触れる柔らかい草の感触に気持ちよくなりながら、レネットはその意識を手放した。

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