014 訓練開始!(1)

 少し日が経ち、雲一つないまっさらな快晴のこの日。

 レネットはいつも以上に浮足立っていた。

 そう――今日は、ついに訓練が始まる日なのだ。朝一番で制服に着替え、目をキラキラさせながら、今か今かと訓練の開始を待ちきれずにいた。


「おはよっ! ロミル!!」

「おう、おはよう。相変わらず元気だな」


 あくまで平静を装うロミルも、その実訓練初日ということもあってかなり興奮しており、顔がニヤけるのを抑えるので必死だった。

 自身よりも小柄な少年相手に少しでも強がりたいという、まさに無駄な努力であった。


「整列!」


 それはそれとして、見習い騎士たちが一箇所に集まったところで、教官からの声が掛かる。これにより、和やかなだった雰囲気が一気に張り詰める。

 緊張と興奮、そんな独特の空気がその場を支配していた。


「教官のアルトゥールだ。お前ら、よろしくな」


 アルトゥールが、整列した我々候補生の前で軽やかに挨拶をする。


 ……レネットは心の中で嬉しいと思った。

 今自分がここにいるのは、彼に拾ってもらったから。レネットは、そうアルトゥールに感謝していたのだ。

 経緯はどうあれ、アルトゥールが試験をしてくれなければチャンスは無かったし、この景色を見ることもできなかっただろう。だからこそ、恩を感じている彼の下で訓練ができることが、とても嬉しかった。


 色んな感情が混ざりあったのか、レネットはにまにまとしていると――隣に立つロミルがレネットに対してコソコソと話しかけた。


「すげーな、アルトゥールさんだぜ!?」


 声を抑えようとはしているが、そのトーンは明らかに興奮を抑えきれていないようだった。そんな彼に対し、レネットはこてりと首を傾げた。


「す、すごいの?」

「おまっ……! アルトゥールさんを知らないのか?」


 ロミルは、信じられないといった様で目を見開いてレネットを睨みつけていた。


「あの人はな――」


 そこまで言いかけたところで、


「おい、そこの二人! 私語は慎め」


 と、アルトゥール直々に注意されてしまった。


(えっと、私……とばっちりだよね……?)


 レネットは心の中でそう思ったが、抗議するのもそれはそれで変だ。「はい!」とだけ大きな声で返事して、その後は口を真一文字に結ぶことにした。

 そしてレネットは、頬をぷっくりと膨らませながらロミルを睨みつけた。


 だがそれでふと横を見ると――ロミルは、叱られたのにも関わらず恍惚とした表情をしていた。なんだこいつ。


「いいか。今日からお前らは、騎士候補生だ。我が国の安寧ため、献身しようという心意気には感謝しよう」


 そんなアルトゥールは、一つ咳払いをして気を取り直すと、真剣な顔に切り替えて見習い騎士たちに語りかける。


「……だが、浮かれるな。

 我々は、お前らを候補生だとは扱わない。正規の騎士と同じように扱う。訓練も同レベルのものを行う。初めのうちはそれなりに大変だろうが、候補生だからといって手加減はしない」


 はじめは優しいトーンだったのが、突然厳しいトーンに切り替わる。その瞬間、ピリリと辺りの空気が引き締まったのが分かった。


「最初から全てできる必要はない。弱音も吐いていい。だが、諦めることだけは許さない」


 アルトゥールは、じっと真っ直ぐな視線だった。

 その瞳の奥底には、なぜだか火が灯っているように見える。その瞳に灯る闘志は、見習い騎士たちにも負けず劣らずだ。不思議とその雰囲気は、見習いたちの間にも伝播していく。怒られたことも忘れ、レネットはそんな彼の言葉に聞き入っていた。

 そしてアルトゥールは、一歩踏み込むと、力強い口調でこう言った。


「――覚悟を決めろ、いいな?」

「「「はい!!!」」」


 見習いたちの、今日一番の声が訓練場に響き渡る。

 かくいうレネットも、恍惚とした様子でアルトゥールの演説に耳を傾けており、既に高まっていた興奮がより高まったように見えた。

 そしてそのレネットの隣にいたロミルも、


「うおおおお! ぜってぇ、騎士になってみせるぞー!!」


 めちゃくちゃ興奮していた。

 なんだこいつ――レネットは再びそう思ったものの、そういう風になる気持ちもすごく分かると、心のなかである種の共感を抱いていた。

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