013 【Side.エルヴィーラ】友達になりませんか?
大精霊――精霊の中でも、特に強い力をもつ者を尊んで呼ぶ言葉だ。彼女は、このルミナス王国に古くから住まう上位の精霊で、この地に恵みと癒やしを与え続けてきた存在である。
髪は光の当たる角度によっては青色にも銀色にも見える輝きを持ち、瞳は吸い込まれるような深い翡翠色。その整った顔立ちは、あまりにも人間離れしているせいか、まるで絵画を見ているかのようだ。
神聖なる真っ白な装束を身にまとう彼女の名前は、エルヴィーラ。
本来精霊には「名前」という概念は存在しないが、やがて人々は彼女をそう呼ぶようになり、そしてエルヴィーラ自身もその名前を使うようになったのだ。
「――おや? あんた、凄い魔力だねえ」
そんなエルヴィーラは、ふと、ある聖女に目を留めた。
その聖女というのは、茶髪のちょっとばかし小柄な少女だった。誰よりも活発で、悪く言えば落ち着きの無さそうな印象。聖女の規範から大きくかけ離れた、いわば問題児であった。
だがその実、周囲の聖女よりも段違いの高い魔力を保有していることは、エルヴィーラにも感じ取れた。その証拠に、彼女の周りには精霊たちが自然とふわふわ集まっていた。
「はじめまして精霊様、私はレネットです!」
エルヴィーラが彼女に歩み寄ると、レネットと名乗る聖女は、元気よく挨拶をした。
普通の聖女ならば、大精霊相手にはどう足掻いても仰々しい態度になるものだ。神聖かつ偉大な存在であるのだから、恐れ多いのは当然のことである。
だが、レネットは違う。彼女はエルヴィーラに対して臆することはなく、その節々からは緊張というものが微塵も感じられない。
そんな彼女の姿を見て、エルヴィーラは素直に驚いた。
「はは、レネットか。面白いやつだ、気に入ったぞ」
「えっと……精霊様?」
エルヴィーラは、レネットの頭をぐしゃぐしゃと掴むように撫でた。容姿に見合わず豪快に笑う様に、若干レネットも困惑気味だった。
エルヴィーラは、直感的にレネットが他とは違う人間だと理解した。
その極めて高い精霊との親和性もそうだが、その上精霊に対して全く気後れしない胆力には目を見張る。
レネットは、精霊のことを友達だと理解しており、エルヴィーラと出会ったその瞬間も認識が代わることはなかった。精霊を「神聖なもの」だと考える他の聖女とは、大きく異なる思想だったのだ。
エルヴィーラもかつて幾人かの人間と契約を結んでいたが、このような考えを持つ人物には出会ったことがなかった。まだ若い少女故の柔軟な発想の結果なのだろうが、ここ最近新鮮味に欠けていたエルヴィーラにとって、このような態度を魅力的だと感じた。
「レネット、アタシと契約しないか?」
だからこそ、その提案は早かった。
契約とは、精霊と人間が互いに通じ合うための信頼の証のようなもの。魔力を融通し合ったり、あるいは意思を伝えたり。その繋がりは魂に刻み込まれ、魔力をもとにして維持し続けられる。いわば、精霊と一心同体になるための手段だ。
本来、対等な関係で結ばれる「契約」は安易に行われるものではない。精霊からの信頼を得て、はじめて交わすことができる非常に特別なものだ。
エルヴィーラにとってもこれは例外ではないが、彼女は本能的に「レネットなら大丈夫」だと感じていた。
……それこそが、エルヴィーラが契約を求めた理由だった。
「けーやく……あっ、知ってる! この前、アリシア聖女から教えてもらったヤツね」
「そうだ。アタシと契りを交わして――」
「ごめんなさい!!」
だが返ってきた答えは、深い深いお辞儀だった。
まさか拒否されると思っていなかったエルヴィーラは、戸惑ったようにレネットに歩み寄った。
「どうして? アタシと契約するのがそんなにも嫌なのかい?」
「ううん、そんなことありません。でも、契約は『大切な相手』じゃないと駄目だって……」
「アタシはその『大切な相手』じゃないっての?」
「……私は、精霊様のことよく知らないし」
あろうことか、この聖女は大精霊に向けて「大切な相手ではない」と、契約の提案を一蹴したのだ。
伏し目がちに言うレネットに、エルヴィーラは目を丸くした。
そして少しして、エルヴィーラは堪えきれなくなったように吹き出した。
「あははは、そりゃ確かにそうだね」
大精霊との契約は、聖女ならば誰もが憧れる偉業だ。莫大な魔力をものにすることができ、より高度で特殊な魔法も使用できるようになる。そしてなにより「大精霊に認められた」という箔が付く。
だがこの少女は――レネットは、そんなことには露ほども興味が無いようだった。
「アタシもレネットのことをよく知らないしな」
「そう……ですね、精霊様」
――面白い。こんなヤツ、今まで見たことがないぞ。
自身より何百倍も短い時間しか生きていないのにも関わらず、大精霊相手に正論をぶつけるレネット。そんな彼女と向き合い、エルヴィーラはますます深い興味を抱いていた。
「ますますアンタのことが気に入ったよ」
「ありがとうございます……?」
「なあレネット、アタシが『大切な相手』になるためには、一体どうしたらいい?」
だからこそ、エルヴィーラは尋ねた。
一人の少女にする質問にしては、かなり荷が重いものだったかもしれない。相手は大精霊、普通の人なら萎縮しきってもおかしくないだろう。少しだけ、いじわるをしてみようと思ったのだ。
だがレネットは唸るように少し考えると、やがてその答えを導き出す。
「あの……でしたら、私と友達になりませんか?」
恐る恐る口にするレネット。
緊張するところはそこじゃないだろう、なんて呑気に思いつつ、エルヴィーラは差し出された彼女の右手を握り返した。
「もちろんだ、レネット」
エルヴィーラは感心した。そして、その差し出された手の温かみに、久しぶりに胸が動かされたような気分だった。
契約に縛られない、真に対等な関係。これこそが、今の二人にとって最適な形なのだろう。
『我が名はエルヴィーラ――聖女・レネットの善き友になることを誓おう』
続くようにエルヴィーラは、レネットに向けてゆっくりと言葉を紡いだ。
その古代語で綴られた言葉は、特に契約などを伴わない、単に形式的で無意味なものだった。だがこの言葉に呼応するかのように、レネットとエルヴィーラを包み込むような淡い光が訪れた。
その視界に広がるのは、たくさんの精霊たち。淡い光の正体とは、彼らのことであった。
ひらひら舞う光の粒が溢れる光景は、なんとも幻想的なものであった。
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