012 昼食

 紙に名前やら出身地やらを書いて、その後に制服の支給を受ける。これが今日の唯一のお仕事(?)だった。

 レネットは既にアルトゥールから制服を受け取っていたため、後者に関しては必要なかった。服がなかったからしょうがない。

 一方のロミルは制服を受け取ると、目をキラキラとさせながらすぐに着替えていた。草むらで隠れてはいたものの、外でズボンを脱ぐのはやめてほしいとレネットは思った。


 それはともかく。正式に見習い騎士になることができた二人は、お昼ご飯を食べることにした。敷地内には食堂がいくつかあって、宿舎の隣には見習い騎士専用のところがある。


「うわ~、美味しそー!」


 食堂に入ると、やはりというか、腹をすかせた見習い騎士たちでいっぱいだった。そしてその目線の先には、美味しそうな料理がずらりと並ぶ。

 大皿にある料理を自らお皿によそい、好きなだけ食べられるというシステムのようだ。

 今日のメニューは……トマト煮だろうか? どろっとした真っ赤なスープに、白い豆やら肉が浮かんでいる。それにくわえて、野菜や、なんだかよくわからない小さい揚げ物があったりする。


 レネットは目を輝かせながら、全部をよそった。全部食べたいから、すべてを少しずつ食べるという作戦に出たというわけだ。お皿にはみっちりと食材が並び、目がチカチカしそうなくらい彩り豊かだ。好き嫌いをしないことが、レネットの小さな自慢だ。


 でも欲をかいたせいか、食べ切れるのか不安なくらいの量になってしまった。レネットは少しだけ後悔し、料理たちをまじまじと見つめた。


「……ちょっと入れすぎたかな」

「レイン、お前はもうちょっと食ったほうがいいぞ」


 だがロミルの皿を見ると、レネットのそれよりも更に多くの食材がよそわれていた。びっくりである。


「僕は大丈夫かな……」

「そうか? そんな細い腕で、よく試験に通ったよな」


 レネットはぎくりと顔をこわばらせた。彼女が試験に通過できたのは、身体強化魔法のおかげ。聖女の力には優れていたのかもしれないが、騎士として実力があったかといわれると首を傾げる。

 実際、身体強化を使わなかったときのレネットの体力は、普通の女の子よりもちょっとだけ上くらいのものだった。とてもアルトゥールと対等に渡り合えるほどではない。


「は、はは」


 レネットはとりあえず乾いた笑顔で乗り切ることにした。

 このことを追求されると、レネットの正体がバレてしまう可能性がある。

 だからこそなるべく何も思われないように、これから始まる訓練には真剣に臨もうと決意するレネットであった。


「でも、もっとたくさん食べないと大きくなれないぞ」

「むっ、失礼な。僕は15歳で、とっくに成人しているよ!」

「……マジかよ。俺と同い年だ」

「まあそれはいいけどさ。――これ、あげるよ」

「勝手にいれんな!」


 そんなやりとりをしつつ、二人は席についた。横長のテーブルの端に、向かい合うように陣取る。

 ごはんはとても美味しそうだ。待ちきれなかったレネットは、ガツガツと貪るように食べ始めた。はじめはその量に慄いていたものの、いざ食べ始めると、そんなのはもはや気にならなかった。


 着の身着のまま追放されたレネットは、あまりお金を持っていなかった。ゆえに、昨日まではそれなりに節約をしながら生活していた。

 食べていたのはパンや果物だけだ。つまり、これが久しぶりのまともな食事。美味しくないわけがない。


(もしかして、貧民街の子なのか……?)


 あまりにも激しいその食べっぷりに、ロミルはそう心の中で思った。正確には違うのだが、レネットの境遇を考えればあながちそれは間違っていない。


 とはいえロミルは、レインが貧民街出身だからといって、決して悪印象をもったわけではなかった。

 エクレールの騎士団に求められるのは、身分や出自ではなく能力。平民であるロミルは、街の道場に通いつめ、たくさんの練習を積み、ようやく試験に合格することが出来たのだ。


 だが貧民街出身の者はそうは行かない。日銭を稼ぐことでいっぱいいっぱいなのだから、練習する暇もお金もないのだ。

 レインがもし貧民街の出ならば、それは相当な努力を経たのだろう。それは並大抵の人間にできることではない。

 もしかしたら、食事も満足に摂れていなかったかもしれない。――そうすると、レインの腕が細い理由も合点が行く。

 

 ……そこまで考えたところで、ロミルは先程の自分の発言が軽率だったと反省した。


「おいしいね、ロミル!」

「あ、ああ……」


 実のところレインの腕が細いのは、本当のところレインの正体が「レネット」というであるからだ。

 さらにレインがこうして試験に受かることができたのは、聖女の力をこっそりと使って戦ったからだ。


 だがそんなことなど、ロミルは知る由もなかった。

 相変わらず嬉しそうに食事をするレインを見て、ロミルは「今度なにか奢ってあげよう……」と心に決めるのであった。

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