011 見習い騎士仲間
――あの試験から数日が経った今日。
この日は、ついにやってきた入寮日。それはつまり、本格的に見習い騎士としての生活が始まったということだ。
本来は自室に立ち入ることができるのも今日からなのだが、レネットは例外だ。例年、家の無い人が一人か二人くらいはやってくるのだが、そういった者に向けて部屋を事前に与えるという行為が黙認されている。
未来の騎士を野垂れ死にさせないための、特別措置のようなものだ。レネットが試験直後から入寮しているのもこのためだ。
「こ、これが新しい制服……!」
ウールで出来た青っぽい上衣に、くすんだ白のズボン。それが、貸与された見習い騎士の制服だった。レネットはウキウキしながらそれを着用し、くるりとその場で回転してみせた。
「似合っているじゃないか」
「ふふふ、そうでしょう、そうでしょう!」
制服を身にまとうだけで、一気に騎士っぽくなった――とレネットは自分で思う。不思議と表情もキリッとして見える。
エルヴィーラも同調するように、うんうんとベッドの上で頷いていた。
――そんなレネットとエルヴィーラが2人で過ごすこの”物置”。
初めはホコリまみれで汚かったここは、今や物凄く綺麗な部屋になった。
エルヴィーラの助けも借り、魔法を唱えて一気に浄化。溜まっていた埃や汚れを、まとめて綺麗に吹き飛ばす。そんな方法で、わずか数十分程度で掃除を済ませてしまった。
壁紙の汚れや家具の表面についたくすみ――そういったありとあらゆる汚れは、今やもう一切ない。新築だと言われても違和感のないくらいの、清潔感溢れる快適な空間になった。
もう誰も物置なんて言わないだろう(でも、ドアに付いていた看板は外せなかった)
もちろんこれはレネットにのみ成せる凄技だが、「誰にも見られてないしいいや」となにも考えずに行った結果、不自然なくらい綺麗になりすぎてしまい、結局は後悔することになったのはまた別の話。
大精霊の力の凄さを改めて思い知ったレネットだった。
「あっ、そろそろ行かなくちゃ」
そうこうしているうちに時間が迫っていることに気がつく。レネットは思い出したかのようにバタバタと用意をしはじめた。
まだしばらくは、宿舎での生活の準備をするための期間。訓練はまだだが、それなりに忙しない日々となる。既に生活の準備が整っているレネットには、あまり関係のない話だが。
今日は初日ということもあって、正式に見習い騎士になるための手続きがある。とはいえ書類を軽く書いて、それで終了なのだけれど。
だがレネットは、初めて制服を来て外に出られるということもあってか、とても上機嫌であった。
「気をつけるんだよ」
「まだ訓練はないしへーきへーき。じゃあ、行ってくるね!」
エルヴィーラに別れを告げ、鼻歌まじりにドアを勢いよく開く。
……すると、
「――あがッ!!」
廊下にいた一人の少年が、ドンという激しい音とともドアに跳ね飛ばされた。
「だ、大丈夫っ!?」
レネットより身長は少し上、年齢は同じくらいか。赤髪が特徴的なその少年は、その額を真っ赤にさせて尻もちをついていた。
地面に倒れ込むほどだから、それなりの衝撃だ。それほどまでにレネットのワクワクは最高潮だったというわけだ。
そんな彼に慌てて駆け寄ったレネットは、咄嗟に回復魔法を使う。この程度の軽症の治療であれば、精霊に対して言葉を発しなくとも発動できる。
(やば……使っちゃったけど……大丈夫、だよね?)
それからレネットは、自分が聖女ではなく見習い騎士であったことを思い出す。咄嗟に治療してしまうあたり、もはや職業病である。
少し不安になるレネットだったが、治療があまりにも素早かったことにより、この少年は全く気づいていない。元聖女であることがバレたわけではなさそうだ。
「痛ってぇ……何だよ、急に」
「ごめんなさい、ちょっと張り切っちゃって……」
「ったく、気をつけろ――よ……な」
彼はそこまで言ったところで、急に言葉を詰まらせた。そんな彼とレネットはバッチリ目が合う。
「あの、顔が近い……よ」
「あっ、すいませんっ!」
心配そうに少年の顔を覗き込んでいたレネットだったが、あまりにも顔が近すぎたので怒られてしまった。慌てて少年から距離をとるレネット。そんな彼の顔は、なぜだか少し紅潮しているように見えた。
「あ、いや、大丈夫だ。……それより、なんで物置にいたんだ?」
少年はドアの看板に書いてある「物置」の文字を指さしながら、強引に話題を切り替えた。
「ええと、ここが僕の部屋なんです」
「これが……部屋?」
「そうなんです。部屋がもう空いてなかったみたいで、余っていたここが
一通り、物置部屋の説明をするレネット。
だが少し話したところで、集合時間に遅れそうなことを思い出す。
「――あっ、こんなことしている場合じゃない。早く行かないと!」
「そ、そうだな。場所は知ってるか? 俺、まだよく分かってないんだ」
「大丈夫です! さっきのお詫びといってはなんだけど、僕が案内しますよ」
「そいつは助かる」
幸いにもレネットは、他の人よりも早めにここで暮らしているということもあって、ここの地理は多少把握していた。
その集合場所というのは、ここから宿舎を出て真っ直ぐ進んだところの訓練場――レネットが試験を行ったところの、さらに西側のスペースだ。
目的地も分かったところで、レネットが先導しつつ、二人は小走りで宿舎の廊下を抜ける。まだ時間に多少は余裕があるため、ギリギリ遅刻にはならなさそうだ。
その道中、二人はまだ互いの名前すら知らなかったことを思い出し、走りながら自己紹介をすることにした。
「ああ、そういえばまだ名前を言ってなかったな。……俺はロミルだ、よろしくな」
「僕はレインです」
「おい俺達は同じ見習いだろ? その敬語も必要ないぞ」
「分かりまし……分かった! よろしくね、ロミル」
レネットは、にこっと優しく微笑んだ。
特にそこに深い意味はなかったのだが……なぜだかロミルは、やはり頬を少しだけ赤くしていた。
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